第59話 迫る戦い
「カルサ様。遂にクラウド様が動かれたそうです」
「……そうか。遂にこの時が来たか。遅かれ早かれ、いつかはこういう日が来るとは思っていたが、早すぎるな……クラウドくんはまだ九歳だというのに……」
「それもこれもクラウド様は聡明であるからでしょう。あの方は家族の事を最も大事になさっていますから、あの『トイレ』も妹君の為に作られたそうですから」
「そうだったな…………クラウドくんとティナは順調か?」
「はい。恐らくですが、スロリ馬車一号もティナ様の為かと。更に『トイレ』を真っ先にここに持ってきた事がその証拠だと思います」
「ふむ。ティナはどうしている?」
「今にもスロリ町に飛んでいきそうな勢いでございます」
「…………分かった。こちらも準備しておかねばならないな」
カルサ・フォン・バルバロッサ辺境伯は、愛する娘の旦那に相応しいと思っているクラウドの為に、更に寄り子のベルン家の為にも、立ち上がる。
そこに丁度窓から小さく、ノックの音が聞こえる。
アルフレットは速やかに窓際に行き、外にいる者の顔を見ると、ベランダに繋がっている大きな窓を開けた。
すると、黒い装束を見に纏い、顔を布で隠した男が入って来て、辺境伯の前で跪いた。
「カインか。この時間に珍しいな」
「はっ、辺境伯様にどうしても急いで耳に入れたい情報がございまして」
「……まさか」
「はっ、ガロデアンテ家が動きました。狙いはティナ様だと思っていたのですが、どうやら違うようでして」
「……ん? ティナじゃない? では何が狙いなんだ」
「はっ、どうやら辺境伯様の所にある新しい魔道具が狙いのようです」
「っ!? 『トイレ』か! あやつめ…………このままではいかん。ベルン家とシムルグ家の戦いが始まるこの時に…………アルフレット! 可能な限り、兵を集めろ!」
「はっ!」
「カイン。お前は出来るだけ情報をこまめに報告しろ。それとベルン家には災害級魔物がいる。決して殺気を持ってベルン家には近づくな。お前でも喰われるぞ」
「はっ! かしこまりました」
カインが静かにその場から消える。
アルフレットは辺境伯から離れ、大急ぎで兵団長の所に駆け付けた。
辺境伯は小さな溜息を吐いて、ベルン家があるスロリ町の方向の空を向いた。
「いつの世も力ある者は妬まれる…………しかし、必ず仲間がいる。その事を忘れずにな。クラウドくん。君は――――――――なってはいけない」
悲しい表情の辺境伯の言葉は、聞こえないはずのクラウドを祈るかようだった。
◇
「ほら、飯だ」
「め、飯! こ、これだけ!? これだけじゃ全然足りないぞ!!」
「いらないなら下げるが?」
「わ、分かった! も、貰う!」
「合言葉は、クラウド様に忠誠を誓います――だ」
「なっ!? お、俺様が忠誠を誓う訳ないだろうー!」
「そう。明日は良い返事を待っている」
一茶碗分の料理を持ってきた警備隊が、そのまま茶碗を持って帰って行った。
「ま、待て!!! め、飯を!!!!」
クラウドも知らない地下牢には、シムルグ子爵家のべリアンの声が虚しく響き渡った。
幾ら叫んでも誰一人こない事にべリアンは次第に心が死んでいくかのようだった。
◇
僕がシムルグ子爵家のバカ息子を捕らえてから十日が過ぎようとしていた。
警備隊によると、バカ息子は最近すっかり人が変わったように従順になり始めているという。
決して非人道的なやり方はしないように――と伝えているので、拷問にあうなんて事は絶対ないはず。
それで改心させられるんだから、うちの警備隊は優秀なのかも知れない。
「クラウド様!」
空からロクに乗って視察を終えたエルドが帰ってきた。
「お帰り、エルドくん」
「はっ、現状の報告でございます。ようやく集まった敵軍が、遂に南下し始めました」
「そっか……遂に来るか。たったあれくらいの金貨で戦いに挑むなんてね。シムルグ子爵家ならではのプライドかな?」
――この時のクラウドは金貨百枚がとんでもない額である事を知らない。
「兵は約二百といった所でしょう」
「へぇ? 意外と多いんだね?」
「はい、恐らくは全兵力かなと」
この世界での兵力について、執事のゼイルに聞いた所、子爵家でも100人でかなり多い方らしい。
男爵家となれば30人ほど、子爵家は70人が平均だそうだ。
その上となる伯爵ともなれば、150人規模で、更にその上となる辺境伯は国を代表する貴族であり、兵力を国から援助される事もあって、1000を超えるそうだ。
王国軍でも3000を超えないらしい。
僕が想像していたよりも、ずっと
どうやら、才能持ちが強いこの世界で、戦いの才能持ちを保有している事が既に難しいとのこと。
うちは男爵家なのに、勇者と賢者と剣聖と魔物使いが僕込みで二人…………意外と強いのかも知れないね。
「クラウド様。初陣はぜひこのエルドに」
「ん? エルドくん。人を斬れるの?」
「はっ、クラウド様の敵は、もはや人としては見れません。全て敵です。この剣に誓って、全員の首を取ってきます」
「いやいやいや! 君、まだ九歳だよ!? そんな物騒な考えはしないでね? 僕は平和的に終わらせたいんだよ」
「……平和的……ですか? クラウド様が?」
なんか、ものすごく疑いの目で僕を見るエルド。
「こほん。戦いたくないから、金貨
「…………もはや脅迫の金額なのに……」
「ん? エルドくん、今、なんか言った?」
「いえ! クラウド様がそうだと仰るならそうなのでしょう! それはともかく、相手は武装して来ます。戦いになるのは間違いないでしょう。同じ王国所属とはいえ、違う辺境伯様の領です。戦争と考えていいでしょう」
「う~ん、それが良く分からないのよね……同じ王国なのにね。まぁそれはいっか。こちらに被害は出したくないし、エルドくんにはまだ手を汚して欲しくもないし、ここは一つ、強い子に任せちゃおうかな」
「くっ…………悔しい…………もっと精進します!」
「いやいや、エルドくんは十分頑張ってくれてるし、分かっているよ。理由は僕達がまだ九歳って事くらいだよ。だから無理はしないでね?」
「はっ」
エルドくんも諦めてくれて、出来るだけ人的被害は出したくないので、従魔達に相談する事にした。
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