第58話 宣戦布告

 一台の馬車がものすごい速度でスロリ町に向かって走って来た。


 既に上空で補足していたロクから、すぐに連絡が入った。


「お父さん、大きな鳥と杖を咥えている紋章で間違いないですね?」


「あ、ああ……しかしだな、クラウドや…………本当にやるのか?」


「はい。やります」


「しかしだな……」


「貴方」


「え、エマ……君からも……」


「いえ、いい加減に腹を括ってくださいな! 幼いクーくんが領地の為に立ち上がろうとしているんです! 父である貴方がうなだれてどうするのです!」


「ひ、ひぃ!」


 お母さんから喝を入れられたお父さんが立ち上がった。


「ロク、ウル達へ! あの馬車が町に速度を減らさずに入って来たら――――敵と見なしてその場で対応して! 人は決して殺さないように!」


 念話で【りょうかい!】と聞こえる。


 まだオドオドしているお父さんに、少し震えているお母さんが手を握ってあげていた。


 お母さんも元々貴族ではない。


 だからこそ、貴族と敵対する事に怖さを感じているんだろう。


 正直言えば……僕だって戦いたくはない。


 でも、まさか……あいつらがうちからお金を搾取していたなんて…………許せない。


 ゼイルから、貴族同士の戦いが起きた場合、同じ派閥であれば基本的には寄り親が審判になるらしい。


 違う派閥の場合、寄り親同士の戦いにも繋がる為、位の低い貴族であればあるほど、搾取に耐えるケースが多いそうだ。



 因みに、今回の件がまさにこのケースだ。


 バルバロッサ辺境伯を寄り親として、東側にベルン領が存在する。


 そのバルバロッサ辺境伯領より、はるか西に王都があるのだが、王都近くに隣国との境界線があったりする。


 今回相手となるのは、同じ辺境伯であり、バルバロッサ辺境伯と昔から仲が悪いと言われているガロデアンテ辺境伯が王国の北側を支配している。


 ガロデアンテ辺境伯は、王国の最北端を支配している辺境伯で、辺境伯の中でも最も凶悪な辺境伯として有名だそうだ。


 その一派であるシムルグ子爵家。


 シムルグ子爵家はガロデアンテ辺境伯の寄り子である。


 ガロデアンテ辺境伯の支配地域の中で最も東側、つまり、僕達ベルン領とは隣同士なのだ。


 ただ隣同士と言っても、隣町のアングルス町が一番近い町であり、アングルス町はバルバロッサ辺境伯の寄り子の男爵の領地だ。


 なので、道は繋がっていたとしても、わざわざそちらに行く事は、まずない。


 しかし、あいつらはわざわざうちにちょっかいを出しに来るのだ。


 彼らのやり口は一つ。お金を貸して欲しいというのだ。


 元々貧乏だったうちが貸した金を、今でも返さないで定期的に借りに来るそうだ。


 僕が生まれてから九年。


 まさか、あいつらが来る度に僕は出掛けていて気付かなかったなんて…………こんな事になっているなんて、想像だにしなかった。


 お母さんは、子供に心配を掛けたくなかった。と言っていた。



 僕は決めた事が一つだけある。


 弟と妹を……お父さんをお母さんを家族を守りたい。


 家族の為なら、僕は修羅にでもなるつもりだ。




 屋敷のテラスから町の入口を睨んだ。


 逐一ロクから報告が入ってくる。


 やはり…………馬車は速度を落とす事なく町に侵入しようとした。


 いつもの事らしくて、分かっていたけど、他家の町にあんな危ない真似をするなんて、許せない!


 馬車が入った瞬間。


 空中にいたロクが咆哮し、馬車を引いていた馬がその場で暴れ、引かれていた馬車はそのままの勢いで転がった。


 轢かれそうな馬達には何の罪もないので、ロクがあっという間に助け出した。


 転がった馬車の所為で、道の石に傷つく。


 シムルグ子爵家……許すまじ!



 暫くして、ボロボロになって転がっていた馬車の扉が開く。


 中からは髪がボサボサになったふくよかな男がよじ登って、転げ落ちた。


「くあぁ! し、死ぬかと思ったじゃないか!」


 ん……思っていたよりずっと若い……息子とかかな?


「その男を逮捕しろ!」


 僕の号令に、最近アレンとエルドから剣術を教わっている警備隊が男を取り押さえた。


「や、やめろ! 俺を誰だと思ってるんだ!」


「それはおいおい聞くから黙ってろ! 我が家の町に無断で侵入した罰当たりめ!」


「だ、誰か――――ぎゃあああ!」


 警備隊は容赦なく、男をロープでぐる巻きにして連行していった。



「ロク! この手紙をシムルグ子爵家に!」


【りょうかい~!】


 手紙を預かったロクがシムルグ子爵家のお膝元『メンゲル街』に向かって飛び上がった。


「さて…………どう出るやら……」


 あの手紙を読んだ子爵の怒る顔が安易に想像出来た。




 ◇




「ほぉ…………あの熊の所にそんな凄いモノが?」


「はっ、どうやら『トイレ』というモノだそうです」


「ふむ……我よりも先に良い魔道具を使うとは、けしからん奴め…………今度こそ、わしの方が凄いという所を見せつけてやろう」


「はっ、全てはガロデアンテ様の仰せのままに」




 ◇




 シムルグ子爵家の長男べリアンがスロリ町に捕まったその日。


 クラウドの従魔であるロック鳥ことロクにより、事前に準備されていた手紙がシムルグ子爵家に届いた。


 ロクの突如たる出現にシムルグ子爵家を守っていた警備隊全員、その場で気絶した。


 何が起きているのか理解出来ないメイドの一人にロクは手紙を渡す。


 中身を読んだメイドは血相を変えて、シムルグ子爵に手紙を渡した。


 手紙を読んだシムルグ子爵が怒り出すのは、至極当然な事であった。



「ベルン家長男クラウドより、シムルグ子爵へ。貴殿のバカ息子が我が町に無断で侵入した為、馬車ごと止めさせて貰いました。その際、我が町の道に大きな傷が残りましたので、貴殿のバカ息子を返して欲しくば、今まで借りた金と道の補修工事代金として金貨百枚を揃えて持って来てください。交渉の余地はありません」



 その日、シムルグ子爵家にはシムルグ子爵の激怒した叫び声が木霊した。

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