第57話 辺境伯家の騙し

「ベリアン様。例の町の調べが終わりました」


「ほぅ、それでどうだったのだ!?」


「はい、あんな田舎の町なのに、凄い技術力がありました。『トイレ』といって、排泄物を流す専属魔道具が町の真ん中にあるくらいです」


「それは本当なのか!? あの馬車だけでなくか!?」


「ええ、しかもあの馬車が複数台あるそうです」


「何!? 一台でなく、数台!?」


「ええ、三台もあるみたいです」


「ほぉぉ!! ゼノラ! 今すぐにその町に行くぞ!」


「ははっ、べリアン様の仰せのままに」


 べリアンに優雅に頭を下げるゼノラと呼ばれた執事の格好をした人の口は、片方がつり上がっていた。




 ◇




 その日は珍しくティナ令嬢が馬車に乗って、スロリ町にやって来た。勿論、スロリ馬車一号で。


「ティちゃん、いらっしゃい!」


「サッちゃん! 久しぶり!」


 意外にも降りたティナ令嬢は僕より先にサリーちゃんに向かう。


 漸く、二人も仲良くなって兄として、とても嬉しい!


「クラウド様! お父様からの契約金を渡しに来たよ」


「ティナ様、いらっしゃいませ、わざわざ来てくれなくても、こちらから向かいますのに」


「駄目っ! こちらが買ったんだから支払いに来るのが当たり前だから」


「分かりました。あ、それと紹介します。こちらが執事となってくれたゼイルとサリーの執事のレインです」


「あら、ごきげんよう」


 ゼイルとレインが深く頭を下げた。


 ティナ令嬢も大貴族なだけあって、慣れた仕草で挨拶する。


 そういえば、今日はアルフレットさんは来ていないのか。


「ではゼイルには護衛さん達を案内してね、僕はティナ様と契約を終わらせるよ」


「はっ」


 護衛達を休ませ、僕はティナ令嬢とサリーを連れて屋敷に向かった。


 貴賓室に案内した。


 レインが手際よく、お茶を用意する。


 メイドさん達よりも手際がいい。


 ティナ令嬢のメイドさんが宝箱をテーブルの上に置いた。


 ……。


 ……。


 ……。


「宝箱? あれ? 金貨三に宝箱?」


 ちょっとポカーンとしていると、


「クラウド様、契約金は渡しましわよ?」


「え? ええ、ありがとうございます」


「ふふっ、これで契約成立ね!」


 そう話すティナ令嬢が持っていた丸まっている羊皮紙から小さく光が溢れた。


 それは契約を結ばれた証だ。


 前回サインを書いただけだと、契約は確定しないのだ。


 本来なら、この場でサインをするはずだけど、何故あの場でサインだったのだろうか?


 それが不思議な感じで思っていると、


「お兄ちゃん? 売値って金貨枚って言ってなかった?」


「え? うんうん。辺境伯様から三でいいと仰っていたからね」


 サリーが不思議そうに宝箱を見つめた。


「三枚で宝箱?」


 それは僕も不思議だ。


「クラウド様、三枚ってどういう事なの?」


「ん? ほら、前回渡した時、辺境伯様から三でいいかと言われたではありませんか」


「ええ、そうね」


「だから、金貨枚だと思って」


「金貨三枚!?」


「え!? なんてティナ様が驚くんですか!?」


「あの馬車が金貨三枚って…………幾ら何でも酷すぎるわよ?」


「えっ!? やっぱりそうだったんですかね!? 三枚と言わず二枚にするべきだったか……」


「違うわよ。逆よ、逆!」


「逆?」


 小さな溜息を一つ吐くと、ティナ令嬢は、


「はぁ、本当に良かったわ。お父様の狙い通り、騙して・・・良かったわ」


「「騙した!?」」


 ティナ令嬢から出た言葉があまりにも想像違いでサリーと声が被った。


 ふふっと笑ったティナ令嬢が宝箱を開いた。


 開いた宝箱の中には、光り輝く金貨が大量に入っていた。


「ええええ!? 金貨が大量!?」


「ティちゃん、流石だよ! ちゃんとお兄ちゃんを騙してくれてありがとう!」


「ええええ!? サリーちゃん!?」


「ふふっ、サッちゃん! 任せておいて!」


 何故かハイタッチまで決める妹と令嬢にあっけに取られていると、挨拶にお父さんとお母さんが入ってきた。


 そして、


「――――――ぎゃああああ!!」


「お父さんが叫んだ!?」


 その場で土下座するお父さん。


「てぃ、ティナ様、申し訳ございません! どうか、クラウドを許してやってください! このわたくしめの命一つでどうか!!」


「ベルン男爵!? 頭を上げてください!」


「うちの馬鹿息子がまたとんでもない事をぉぉぉぉ! 申し訳ございません!!」


「い、いいえ! これはお父様と私が騙した・・・のですよ!」


「へ? 騙した?」


 お父さんの表情がポカーンとした表情に変わる。


 続いて、入って来たお母さんが目から火を出す。


 お母さんが左手を僕に、こっちにいらっしゃいという。


 恐る恐るお母さんに近づく。


 そして、相変わらずの鷲掴みされる僕の頭。



「へぇ、クーくん? 今度はどんな悪ふざけ・・・・をしたのかしら?」



 あまりの迫力に、その場にいたお父さん、ティナ令嬢、サリーも恐怖を感じで後退った。


「え、えっとね? 先日話した契約で金貨三枚だと思ってたら、ティナ様が宝箱を持って来て……その……既に契約は終わってしまって…………」


 お母さんがギロッとティナ令嬢を睨む。


「は、はいっ! 私がクラウド様を騙して大量の金貨を押し付けました!」


「む、無実だよぉおおお!」




 ◇




「はぁ、全く……辺境伯様もティナ様も、驚かせないでください」


「はぃ…………」


 しょんぼりしているティナ令嬢が可愛い。


 って!


 そういう事を思う場合じゃない!


「ティナ様! そもそも三枚って約束だったのに、この大量の金貨を説明してください!」


「え、ええ、先日馬車を持って来てくれた時、献上すると言っていたけど、それでは色んな貴族から『献上』をせがまれてしまうからね。だからお父様はクラウド様を騙して、専属契約を結ぶ事で、馬車の値段を正規・・な金額にして、権力をかざして奪おうとする輩から身を守ってあげようとしたのよ…………」


「え!? うちの為に!?」


 しょんぼりとしたティア令嬢が頷いた。


 そうか……。


 僕の前世の記憶で、自分よりくらいの低い貴族から搾取する貴族がいると覚えがある。


 この世界の事は未だに良く分かってないけど、もしかしてそういう事なのだろうか……。


「ゼイル!」


「はっ」


 いつの間にか、僕の後ろで待機していた執事。本当に出来る・・・執事で助かる。


「ゼイルの立場で聞きたい。貴族が自分の位より低い貴族に権力を使って脅迫する事はあるのか?」


「はっ……率直に申し上げますと、ございます。寧ろ……そういう貴族の方が多いです」


「そっか、ありがとう」


 いつもピクピクしていたお父さんの事だから…………もしかして。


「お父さん」


「えっ? は、はい!」


「正直に答えてください…………うちの領に――――」



 お父さんの答えを聞かなくても分かった気がした。

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