第56話 ベルン家の執事

 八歳が終わり、九歳となった。


 そして、数日が経ったスロリ町に、一人の男がやってきた。


 彼は真っすぐに俺の元に駆け付けた。


 少しつり目に、白と黒が入り乱れている髪をしているが、見た目は青年くらいに見える彼は、男の僕から見てもカッコいい人だと思える人だった。


「君がクラウドくんだな?」


「え? はい、そうですけど……どちら様ですか?」


「ああ、俺はバトラー家の者だ。君を仕えるに相応しい方なのか、見極めに来た」


「仕える……?」


「……バルバロッサ辺境伯様の執事の家と言えば、分かるかな?」


「あ! アルフレットさんが紹介してくれるという執事さんですか?」


「そうだ。幾らお爺様・・・の頼みでも、自分が仕えたい方なのかを見極めたい。それでもいいか?」


「勿論です。ただし」


「ただし?」


「僕も貴方を見極めさせて貰います」


「なるほど……流石はお爺様が勧めるだけの事はありそうだ……とても九歳になったばかりの子供には見えないな」


「ふふっ、子供だと侮ったら後悔しますよ? まぁ、実際僕は大した事はないですけど、周りが凄い人ばかりですから。サリーの為にも執事が欲しい所でしたし、助かりますよ……ただ、出来ればアレンとサリーにも付けたいから、あと二人紹介してくれると助かるんですけど」


「それは心配しなくていい、既にお爺様から話は聞いていて、二人にも目星が付いている。今回それも含め、俺が見極めに来たと思ってくれ」


「分かりました。短い間ですが、よろしくお願いします」


「ああ、よろしく頼む。俺は、ゼイル。ゼイル・バトラーだ」


 まさか、このタイミングで執事さんが来るとは思わなかったけど、いつも通りの事をして過ごした。


 ゼイルさんは流石に執事らしく、すぐに現状に順応し始めた。


 トイレや流し台には、大きく驚いて、幾つかの質問を投げかけた。


 それから相も変わらずロスちゃんを見つけると、僕の間に立ち、守るような仕草を取った。


 ロスちゃんを初めて見る人ってこういう行動を取る人が多いのが未だに謎だ。


 弟と妹、お父さんにお母さん、従魔と部下達の紹介も終わり、全ての名前を一瞬で覚えた事にとても信頼感が高まった。


 最後に学校を紹介した。



「…………どうしてこのような施設を建てたのか聞いても?」


「だって、町民達が賢くなれば、それはゆくゆくスロリ町、ベルン領にとって大きな力になりますから」


「……では少し意地悪な質問をしよう。もしも、ここで多く力を付けた者達が、この町から出て、王都なりに出てしまったらどうするつもりなんだ?」


「う~ん、特に何もしませんよ。だって……」


「?」


 こういう事を聞いて来る人が、偶にいるのだ。


 特にスロリ町のから来た人の多くが。


 例えば、魔技師のエンハスさんもその一人だ。


 でも彼らに答える言葉は一つしかない。だって、それが本心だから。




「この町は彼らの故郷・・です。出て行ったとしても、この地が故郷である事に変わりはない。もし出て行った彼らが誇れるような故郷になるように、頑張りたいんですよ。だって、この町は僕にとっても故郷ですからね」




 それを聞いたゼイルさんは「そうか……」と小さく呟いて、あとは何も言わなかった。


 ただ、鋭い目で学校の至る所を見渡していた。


「なるほど……流し台の件があるから、この町には井戸が少ないのか……」


「いえ? 元々井戸はないんですよ」


「ッ!? ではどうやって……?」


「今まで川から水を運んで来ていたんですよ。近くに川があるのでそこからですね。漸く、その苦労がなくなって、沢山の町民がやりたい事をやれる時間が増えて良かったですよ」


「…………だからこの町の民はこんなにも活き活きとしているのか……」


「へぇー、他の町は違うのですか?」


「うむ……お爺様から聞いた話では、クラウドくんは外の事には疎いと聞いているが……?」


「はい、ここと隣のアングルス町とティナ様の所くらいですかね~、でもアングルス町とエグザ街は賑やかだと思ったんですけど」


「なるほど…………意外かも知れないが、君が見て来た世界は、偶々綺麗な所だけなようだな」


「偶々綺麗な所だけ?」


「ああ、他の町でああいう活気は、まずない。あるのは権力と貪る事だけなんだよ」


 少し怒り声になったゼイルさん。


 何かあったのだろうか?


「しかし、それを俺が君に伝える事で、そういう目で世界を見て欲しい訳では無い。だから、これから自分の目でしっかり見て、判断して欲しい」


 聞こうと思った矢先、ゼイルさんが先に答えてしまった。


 その言葉を聞いて、ゼイルさんが執事としての器の大きさを感じられた気がした。


 だって、怒りを抑えるってとても凄い事だと思う。


 それを自制した上で、僕の考えを尊重してくれようとした事に、僕の中の信頼感は更に増していった。




 それからゼイルさんと時間と共にして、十日ほどが経過した。


 たった十日だったけど、ゼイルさんは満足してくれたように、僕の前に跪いた。


「数々の無礼、失礼致しました。クラウド様が切り開く未来を隣で見ていたいと強く思えました……まだ弱輩ですが、隣に置いて頂けないでしょうか。このゼイル、ここまで全力で仕えたいと思えた方はクラウド様が初めてです」


 十日だったけど、僕から見たゼイルさんもとても優秀で、信頼出来る人だと思えた。


 それに、僕をちゃんと見極めてくれた期間があった事や、初日に咄嗟にロスちゃんから僕の身を護ろうと身を挺した事、家族や従魔、町民達の事もちゃんと見ていてくれた事が一番良かった所だ。


 ゼイルさんを執事にすると決めてから数日後、出掛けていたゼイルさんがバトラー家から二人の執事を連れて来た。


 ゼイルさんの弟のコウルさんがアレンの執事となり、妹のレインさんがサリーの執事となった。


 女性執事なんて珍しいけど、才能持ちらしく、女の子のサリーの担当となった。




 新しい執事三人を家族に迎え入れた日。


 僕には想像もしなかった事が起ころうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る