第37話 ダンス
祭りも終わりを迎えて、夜の時間になった。
広場に大きな焚火が設置されていて、メラメラ燃え上っていて広場を明るく照らしていた。
焚火を囲って多くのエルフ達がフォークダンスを踊って来た。
男女が前後になって、ぐるぐる回りながら踊っている。
お母さん、ティナ令嬢、サリー、アイラ姉ちゃん、レーラさん。みんなとも楽しく踊れた。
フォークダンスなんて踊ったのいつだっけ……。
愉快な音楽が流れて、色んな人達と踊り明かした。
それから一時間ほど、フォークダンスの時間が終わり、二人でゆったり踊る時間になった。
何人かのカップルみたいな二人が踊り始めた。舞踏会のダンスのようなゆったりした踊りだね。
「……クーくん?」
「うん? どうしたの? お母さん」
「ちゃんとティナ様を誘うんだよ?」
「へ? あれに!?」
「当たり前でしょう! 女の子を誘うのは男の子として使命なのよ?」
「え、えっ……でも…………」
チラッとティナ令嬢を見ると――――ああ……やっぱり僕を見つめていた。
そんな「お願い……」って目線で見つめなくても……。
「ほらね? お母さんはちゃんと女の子をエスコートしてくれるクーくんに育てたつもりなんだけどな!」
「はい! 今すぐ行ってきます!」
特に理由はない。
僕は女の子に求められた事がないけど、ティナ令嬢の求める目線くらいは分かる。
お母さんに言われなければ……なんて思ってなくもないけど、僕が向かっている間、僕を見つめるティナ令嬢の顔色の変わりようは、悪い気はしないね。
ティナ令嬢の前で、一礼する。
「ティナ様、一曲如何ですか?」
「よろしくお願いいたします」
ドレスを両手で軽くたくし上げて答えた。
僕の前に出した左手と、ティナ令嬢の右手が重なった。
そのまま焚火の隣に向かい、ゆったりした音楽に乗って踊り始める。
ティナ令嬢の顔が目の前で、一気に緊張してしまった。
「ん? クラウド様? 急に固くなったわよ?」
「あ、あっ、は、はいっ」
可愛らしい金色の瞳が目の前に見える。
ティナ令嬢の小さな吐息の音まで聞こえる程に近い。
少しティナ令嬢の肌の匂いと思われる香りが鼻を刺激して、更に一気に緊張が増える。
女の子って……こんなに良い匂いがするの!?
既に心臓がバクバクだ。
最早自分の心臓の音がティナ令嬢に聞こえているんじゃないかって心配になる。
「えっと……クラウド様」
「え、えっ、は、はい?」
「…………その……私……」
「ど、どうなさいましたか?」
「…………私、今……ものすごくドキドキしてて、手に汗とかドキドキの音とか……その…………ごめんなさい……」
申し訳なさそうに話すティナ令嬢に、我に返った。
お互いに握っている手と手は少し汗ばんでいた。
「い、いえ! これはティナ様ではなくて……多分僕で、その、ほんと、今でもバクバクで」
「えっ? クラウド様も?」
「は、はい…………」
お互いの顔を見つめる。
「「ぷっ、あ、あはははは~」」
同時に笑いが出た。
自分の事ばかりでいっぱいいっぱいで全く余裕がなかった。
顔を上げてゆくゆく見るとティナ令嬢もものすごく緊張しているのが見て取れる。
それは僕も同じ事だ。
きっと、ティナ令嬢も僕と同じ事を思っているに違いない。
「ティナ様でも緊張するんですね」
「するわよ! …………だって相手が貴方ですもの……」
「えっ? ごめんなさい、後半聞こえませんでした」
「気にしなくていいわ!」
「えっ!? わ、分かりました」
それからはお互いに緊張する事なく、十数分ほどゆったりした音楽に揺られ、他愛ない事を話し合った。
貴族のパーティーでもこういった踊りは必要だとの事で、ティナ令嬢でさえ初めての経験らしい。
十歳の舞踏会でデビューが決まっているけど、その前に練習出来て嬉しそうだ。
「あれ? クラウド様も十歳の初舞踏会には出ないといけないわよ?」
「えええええ!? 僕も出なくちゃいけないんですか?」
「そうよ? 全ての貴族位の子供は全員参加しなくちゃいけないわよ? 帰ったらエマ様に聞いておくといいかも」
「それは……重大な情報をありがとうございます。早速聞きにいかねば……」
「ふふっ、あ、クラウド様?」
「はい?」
「その…………そろそろ……」
「あっ、ごめんなさい、ちょっと長く踊ってしまいましたね」
「ううん、それじゃなくて、寧ろ踊りはこのままずっとでもいいわ」
「いや、ずっとはちょっと」
「…………」
「ほ、ほら、ティナ様も疲れるでしょうから」
「むぅ、そういう事にしておくわ。私が言いたかったのは、そろそろ私の事、普通に接して欲しいなーと思って」
「普通に接して欲しい……??」
「うん。そろそろ……言葉とか、ティナ
「えええええ!? だ、駄目ですよ!?」
「むぅ……」
「だって、ティナ様は伯爵令嬢様ですよ!?」
「それはお父様は偉い訳で、私が偉い訳ではないわ」
「いやいや、そういう訳ではないです。辺境伯様の娘さんは生まれただけで偉いんです」
「えっ? 偉いの?」
「はい」
「そ、そっか……そう言うなら……仕方ないわ……」
「さ、さぁ、そろそろお開きにしましょう」
「分かったわ。今日はありがとう」
「お安い御用です」
ティナ様の手を引いて、焚火から離れる。
まだ多くのカップルが踊っていて、子供に見せられないよー的な雰囲気だ。
ハイエルフ達も久しぶりの祭りのようで、特に若者は非常に楽しんでいた。
ティナ様をお母さんに届けると、直後にレーラさんから誘われて、また踊りに向かった。
レーラさんからは感謝とハイエルフ達について色々教わった。
レーラさんとの身長差もあるので、踊りというよりは、完全にレーラさんのエスコート状態だったけど、貴重な経験をさせて貰えた。
五分程で踊りが終わり、帰って来たら、今度はアイラ姉ちゃんに連れられまたもや十分程踊る羽目になった。
いつもの食事のお礼を言われたけど、うちのアレンの為だからね。これからアイラ姉ちゃんにはアレンの剣術や戦い方を教えて欲しいものだ。元々そのつもりだったのにロスちゃんの前で素振りなんてやってるもんね…………。
音楽が静かに終わり、ゆっくりしたスローワルツのような踊り時間が終わりを迎えた。
ティナ令嬢から始まり、レーラさんとアイラ姉ちゃんと踊れてとても楽しかった。
そんな満足げに帰ってきた僕を待っていたのは…………。
「あれ? サリーちゃん? どうしたの?」
目には大きな涙を浮かべ、今にも泣きそうなサリーちゃんが僕を睨んでいた。
「お、お、お」
「お?」
「お兄ちゃんのバカああああ!!!!」
「サリー!?」
全力で逃げて行くサリーに、条件反射でサリーを追いかけた。
サリーちゃん!? 思っていた以上に足が速い!?
ぜ、全然追いつけない!
「ま、待って! サリー!!!」
と叫んだら、サリーの足がピタッと止まって、信じられない顔でこちらを見つめる。
「さ、サリー! ど、どうしたの?」
「えっと……お兄ちゃんが私とだけ踊ってくれなくて…………」
「あ、あっ! ご、ごめん! なんか連れて行かれてしまって……」
「むぅ……」
「あはは……サリーお嬢様、もしよろしければ、一曲如何ですか?」
僕は右手を前に出して挨拶をする。
数秒後、少し震える手が僕の手に触れて来た。
音楽は流れないが、僕とサリーはその場で踊り始めた。
「サリーお嬢様、今度はちゃんと舞踏会で踊りましょうね?」
「う、うん! えへへ」
いつもの可愛らしいサリーの笑顔がとても素敵だった。
少し踊って、僕達は昔のように手を繋いで帰り道を歩いた。
「そう言えば、さっき何で足を止めたの?」
「ん? ん~、お兄ちゃんが私を呼び捨てにしてくれたから」
「へ?」
「いつもサリーちゃん! って呼ぶのに、サリー! って呼んでくれたの始めてな気がするよ?」
「う~ん、確かにそう言われればそうかも知れないな」
「ふふっ、お兄ちゃん」
「ん?」
「へへ、大好き!」
満面の笑顔のサリー。天使のような笑顔だ。
「お兄ちゃんもサリーちゃんが大好きだよ!」
「……へへっ」
森の村に戻っていると、お母さん達が出迎えてくれた。
サリーがお母さんに抱き付いて、幸せそうに笑っていた。
いつまでも守りたい妹の笑顔。
兄として、これからも頑張ろうと思う。
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