第34話 風の精霊

 まだ日が暮れる前の刻。


 僕達は遂に『森の村』の前までたどり着いた。


 相変わらず、森の奥から不安の視線を感じる。


 前回とは違い、弓で狙っている人達はいなかった。


 約束通り、僕は彼らの前で短剣を抜いて掲げた。






 グゴゴゴゴゴゴ――――






 へ?


 空の上に大きな黒い雲が渦巻き始めた。


 僕、短剣を抜いただけなんですけど!?


 あまりの大きな音に、僕達とハイエルフ族のみんなが空を見つめた。


 渦巻き始めた雲の真ん中から僕の短剣に美しい緑色の光が降り注いだ。


 何かの魔法っぽい?


「お兄ちゃん! 雲から何かが出て来るよ!」


 サリーのワクワクした声と共に、雲が段々縮小し始め、雲の中から少しずつそれは見え始めた。


 ……。


 ……。


 ……。


 何か出て来た。


 全く見えない。


 米粒のような何かが出て来た。


 それも一匹じゃなくて数匹。


 その米粒達は凄まじい速度で降りて来る。


 降りて来たモノ、それは――――











「「「おおおお!」」」


 降りて来る米粒達を確認したハイエルフ族は、木々から降りてその場で跪き、頭を下げた。


 奥から前回対応してくれたヘリオンさんとレーラさんが急いで近づいてくる。


 ヘリオンさん達が丁度僕達に着く頃、米粒達が僕の隣に降りて来た。


 ……。


 ……。


 ……。


「えっと…………小鳥だね?」


「綺麗な小鳥ですわね」


「お兄ちゃん、今度は小鳥なの?」


 降りて来た小鳥たちにティナ令嬢とサリーが反応する。


 可愛らしい小鳥たちは僕の周りを飛び回ると、僕の頭の上や肩に乗り始めた。


 それを見たエルドの頭の上に乗っているロスちゃんの目から火が出た。


 うん。


 本物の火だ。


 ロスちゃんと小鳥たちの間に本物の炎と緑色の風がぶつかっているのが見えるのは気のせいかな!?



 近づいてきたヘリオンさんとレーラさんが僕の前に跪いた。


「えええええ!? ヘリオンさん!?」


「クラウド様、この度は我々の村を訪れてくださりありがとうございます」


 頭を深々と下げているヘリオンさんとレーラさん。


 しかも、前回は『クラウド殿』だったのに、今回は『クラウド』になってるじゃんか!?


「へ、ヘリオンさん、いきなりそうされても困ります! とにかく顔を上げてください!」


「ハッ」


 ヘリオンさんが跪いたまま顔を上げた。


 ――――その目には涙を浮かべていた。




 ◇




 僕達はハイエルフ族に歓迎され、森の村の中に入った。


 家のような建物は基本的に木々の上にあるんだけど、何故か地上部分にテントみたいなものが設けられてあった。


 どうやらレーラさんが先に準備していてくれたみたい。



 それとテントの中の片隅にロスちゃんと小鳥たちが相変わらず威嚇し合っていた。


 ヘリオンさん達は最早祭り雰囲気で準備している。


 お母さんも手伝うと張り切って、ヘリオンさん達を手伝いに行っていた。


 アレンとエルドは力仕事を手伝うと出掛けている。


 現在テントの中にはバチバチっと目を合わせているサリーとティナ令嬢、ロスちゃんと小鳥たちがいた。


 うん。


 雰囲気がカオス過ぎるんだ。


「はーい!! 皆、一旦ストップ!!!!」


 両手を思いっきり叩いて、パーンって音を出す。


「はい、まずサリーちゃんとティナ様、今度は何で喧嘩しているの?」


「えっ、えっと…………」「け、喧嘩なんてしてないよ? お兄ちゃん?」


 二人は仲良さげに腕を組んだ。


 はぁ……まあいっか。


「じゃあ、次、ロスちゃんと小鳥たち」


【ご主人は渡さないからね!】


【ふん! 獣は獣らしくしてなさい! ご主人様は私達が守るんだからっ!】


【なにを!!】


 やっぱり…………君達仲悪いのね。


「まず小鳥たち、自己紹介してくれない?」


【ハッ!? そうでした……獣に気を取られてしまい…………私達は『風の精霊シルファ』と申します。ご主人様のおかげで、こうして顕現させて頂き、光栄でございます】


 小鳥たちは全部で七羽。


 一番前にいる子が喋っているようだけど……。


【私達はいつでも繋がっており、意識は常に一つでございます】


 なるほど、代表はしているけど、基本的に個体差はないのね。


「そう言えば、精霊って言ってたけど、どういう存在なの?」


【ハッ、精霊は自然の力で生まれた動物のようなモノになります。我々は風の自然の力を身に秘めております。風の力の象徴のようなモノですね】


「ふむ……風の力の象徴……」


「お兄ちゃん、精霊って凄いのよ。彼らが風を司る・・存在ならとんでもない事だよ?」


「風を司るか……例えばどういう?」


「そうね。常に一定の強さの風を吹かせるとか」


「小鳥たち、出来る?」


【ハッ、ご命令とあれば】


 そして、テント内を優しい風がぐるぐる回るのを感じた。


「どれくらい強くまで出来る?」


【ハッ、人間で言う、暴風くらいまでなら瞬時にでも――――では】


「暴風はしなくていいからね!」


 ちょっとやる気を見せていた小鳥たちがあからさまに落ち込む。


 いやいや、こんな狭いテントの中で暴風とかやめてね!?


「よし、分かった。とりあえず小鳥たちについては分かった。では次、ロスちゃんと仲が悪そうに見えるけど、どうして?」


【ご主人、魔物と精霊は相反する存在なの】


「相反する存在??」


【魔物は本来、世界に広がっているマナから生まれるの。でも精霊は自然の力から生まれるから、僕達は言わば真逆の存在なのよ。だから相容れられないの】


 ふむ…………なるほど、魔と自然は相反する存在か。


「あれ? でもさ、以前サリーちゃんから、魔法ってマナを使って自然の力に変えるのが魔法だって教わったんだけど?」


「お兄ちゃん、その通り! 私達の体内に持っているマナを魔法に変換して、自然の力を発揮するのが魔法なの!」


 ドヤ顔のサリーが可愛い。




「それってさ、つまり、自然の力もマナも同じって事でしょう?」




「???」【???】


 全員が首を傾げた。




「だってさ、マナから自然の力を生み出す。それって自然界にあるマナが自然の力になるって事でしょう? つまり、マナから生まれたロスちゃんも、自然の力から生まれた小鳥たちも、要は元をたどれば同じで、何も、相反する存在ではないんじゃない?」




 それを聞いた全員の表情が固まる。


 あれ?


 何か違うのか?


「お兄ちゃん…………」


「クラウド様…………」


「へ? どうしたの? 二人とも」




「その発想はなかったよ!」「その発想はありませんでしたわ!」




 隣にいたロスちゃんと小鳥たちも驚いた顔でお互いを見つめ合った。


「考えて見れば、魔法ってマナから自然の力を作る…………だから、マナと自然の力は元は同じって事! なんでそんな単純な事が思い付かなかったんだろう! やっぱり、うちのお兄ちゃんは凄い!!」


 サリーがいきなり褒め称え始めた。


 いやいや……マナが元になっているって教えてくれたのはサリーなんだけどな……。





 この時の僕は知る由もなかった。


 この出来事が、世界を揺るがす事実である事を、まさかこの世界の誰もが考え付かなかった事だという事を…………。


 そして、その事実を水のように吸収した『賢者サリー』が長年賢者として活躍した人に送られる称号『大賢者』を超え、『神賢者』と呼ばれるようになるのは…………意外にもそう遠くない未来の事である。

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