第29話 森の村

 本日は『ソフトミスリル』を購入する為、ワルナイ商会を訪れた。


 デミオさんは仕事で忙しくて、エグザ店長に『ソフトミスリル』の購入の件を伝えると、十日程で仕入れてくれる話になった。


 値段も思っていたよりは安く、エンハスさんの注文通りの量以上に確保出来そうだ。


 そのままティナ令嬢に挨拶をし、いつものように散歩に扮したデートになった。


 本来なら月一回でいいんだけど、月十回は訪れている為、その都度期待の眼差しで見られているから、毎回デートになっている。




「――――クラウド様」


「はい?」


「…………私も冒険に行きたいの」


「それは厳しいといいますか……」


 少し目を潤ませたティナ令嬢が僕を見つめる。


「私……毎日魔法も身体も鍛えるの。だからきっとクラウド様の戦力になれるわ」


「え……戦力とかではないんですが、ティナ様の身に危険が及ぶかも知れませんから」


「大丈夫! ホリちゃんも守ってくれるから!」


 足元に見上げているホリちゃんこと、ホーリーウルフも目をキラキラさせていた。


「ん…………分かりました。ですが、辺境伯様許可を取らないといけませんから、許可を――――」


「大丈夫だわ、もう取ってあるもの」


「へ?」


「既に冒険の許可は取ってあるの」


 くっ……またもや先手を…………ティナ令嬢は未来でも見えているのかな!?


 渋々、デート終わりにティナ令嬢を連れてスロリ町に戻った。




 ◇




 ドックン――――


 心臓の音が外まで聞こえるくらいに、サリーが睨みつけていた。


「お兄ちゃん……? 今日午後からは狩りに……」


「あはは……ティナ様も一緒に行く事になったよ」


 ギロッ


 ううっ、サリーの目が怖いよ……。


「サちゃん、本日はよろしくお願いします」


「ティちゃん、狩りは危ないわよ?」


「大丈夫! とても鍛えているから!」


「ふうん~、怪我しても知らないわよ?」


「ふふっ、クラウド様が守ってくれるから」


 ギロッ


 期待の眼差しのティナ令嬢と、怖いくらい冷たいサリーの眼差しが同時に僕の胸に刺さる。


 この二人……仲良くなったんじゃないのかよ!


「ま、まあまあ、時間も勿体ないし、砂漠までの距離も調査しなくちゃいけないから出発するよ!」


 笑顔のティナ令嬢と頬を膨らませたサリー。ちょっと可愛いと思ってしまう。




 ◇




 僕達はウル達に乗り込み、スロリ町の南を目指した。


 南の森を駆け抜ける。


 既に狢達も離れていて、森の地面の穴も全て埋めているから新しい動物や魔物達が見えていた。


 …………すれ違う度に動物や魔物達が頭を下げているのは気のせいだろうか。



 森を随分と進んだけど、抜ける事は出来なかった。


 午後から出発した事だし、そろそろ戻らないとティナ令嬢も送らないとね。


「ロク! 空から砂漠までどのくらいか見てくれ!」


【分かったわ――――――ん、大体森の四分の一くらいの所にいるからまだまだだわ】


 思っていた以上に砂漠が遠かった。


「ここまでの三倍の距離は進まないと行けないみたい。日を改めて行こうか」


 サリー達が頷く。


 引き返そうとした時だった。


【ご主人様~そこから右手に村があるわよ?】


 村?


 こんな所に?


「みんな、向こうに村があるらしい。行ってみる?」


「行く!!」


 真っ先にサリーが手を上げる。


 まだ時間もあるし、問題ないだろう。




 ◇




「ま、魔物の大軍だ!!!!」


 木の上から見張りをしていた者が叫んだ。


 その声は不思議と、村に響き渡る。


 その声に反応した村の者達が一斉に木の上の家に入り、武器を手にして正面に集まった。


 その慣れた仕草は、幾度もこういう状況を経験したように見えた。


「え……? う、嘘でしょう……大軍ってモノじゃないわ」


「そ、空だ!!」


「えっ……え!!! あれはロック鳥?? 何故『災害級魔物』がここに!?」


「全員! 風神結界の準備を急げ! 残りは風神の弓の展開を許可する!!」


 長の言葉に全ての者達は冷や汗を流す。


 彼らの最大戦力の風神結界と風神の弓。


 彼らに未だかつてない恐怖が近づいていた。




 ◇




「こんにちは~!」


 村と聞いたけど、どちらかと言えば簡易的な作りのお家が木の上に作られている村だった。


 木の上に家を建てれるなんて器用なモノだね?


 向こうに手を振ってみたけど、彼らはこちらに弓を構えていた。


 えっと……何処かで似た事があったような……。




「と、止まれ!!!」




 向こうから不思議に響く声が聞こえた。


 言われるまま、その場で止まる。


 直後、向こうが何やら騒がしくなった。


 どうしたのだろうか?



 暫く待つと、向こうから男性一人と女性一人がこちらに向かって来た。


 男性は遠くからでも分かるくらい強者の雰囲気を醸し出していた。


 僕くらいでも分かるんだから、相当強いのかな?


 隣のアレンとエルドも察知したようで、少し興奮気味だった。


 後ろから付いて来る女性も、身のこなしからその強さを垣間見れた。



「初めまして~」


「!? やはり人族か」


 ん?


 目の前に止まった男性。


 よくよく見ると――――耳が尖ってる!


 これはもしや! 前世の記憶通りなら――――


「エルフ族ですか?」


「いかにも、我々はハイエルフ族である。其方は人族で間違いないな?」


「そうです。僕が代表のクラウドです」


「……私は族長のヘリオンという。こちらは娘のレーラだ」


 紹介された女性は軽く頭を下げた。


「それで、人族の子よ。どうして我々を攻撃するのだ?」


「へ? 攻撃? そんな事しませんよ?」


「むっ?」


「向こうの砂漠に行きたかったんですけど、思った以上に遠くて、偶々うちの鳥が村を見つけたから、観光がてら寄ってみようと来てみただけですよ?」


「か、観光? そんな魔物の大軍を連れて?」


「あ、あはは……この子達は僕の従魔達です。護衛も兼ねて連れて来てますから、ちょっと多いかも知れません」


「……ちょっと多い……か」


 もしかして、吃驚させちゃったのかな?


 ヘリオンさんが隣のレーラさんと何かを話すと、納得したように頷いているのが見えた。


 そして、


「分かった。其方を信じよう。ただ……すまないが今の君達を村に入れる事は出来ない。我々は我が部族以外の他種族を入れない決まりがあってな」


「そうでしたか! 分かりました。そういう事でしたら、このまま帰りますね」


「……クラウド殿と言ったな?」


「はい」


「…………もしよかったら、また日を改めて遊びに来てくれないだろうか?」


 ヘリオンさんの瞳からはよこしまな感じが一切しない。


「分かりました。近々砂漠を目指しますので、その時にでも」


「感謝する。ではこちらの短剣を預けておこう。今度来た時は、村の前でこの短剣を掲げてくれ。皆に伝えておく」


 そう話すヘリオンさんから、鞘に入った短剣がゆっくりと放物線を描き、僕の元に投げられた。


 受け取った短剣には綺麗な模様が書かれていて、不思議な力を感じるモノだった。


「分かりました! 今日はいきなりの訪問、失礼しました。今度来る時は、お土産持ってきますね? ハイエルフ族は好きな食べ物ありますか?」


「む? ふむ――――」


 考え込むヘリオンさんの横に、レーラさんが口を開いた。


「肉がいいわ!」


「レーラ!」


 肉!?


 僕の知識だと……エルフって野菜が好きなイメージがあったんだけどな。


「分かりました! ではまた来ますね!」


 ヘリオンさんが困った表情をしていたので、これ以上話がややこしくならないように、僕達はスロリ町に戻る事にした。


 帰り際、目を輝かせているレーラさんの視線を感じつつ、お土産用の肉も調達しておこうと思いながら、帰っていった。




 ◇




「まさか……あのような子供が、あれほどの魔獣を従えているとは……」


「間近で見るとその強さが更に分かりました……お父様、ごめんなさい、最初に弓矢を放とうとした事、止めてくださってありがとうございます」


「ああ……あの弓矢が放たれていたら、我が村は全滅していたかも知れぬな」


「…………それにしても、あの少年。一体何者でしょうか」


「さあな……まさか、『風神の短剣』すら軽々と持てるとは、底が知れぬ……」


「ふふっ、周りの子供達からも強き者の気配がありましたし、面白い連中が訪れたものです」


「そうだな、今の我々にはない新しい希望を感じるな……それはそうと、レーラ?」


「はい?」


「……肉が食いたかったのか」


「えっ! ご、ごめんなさい…………」


「ハイエルフ族の掟の『動物の肉は頂き物以外では口にしてはいけない』」


「はい…………」


 ヘリオンは既に消えて見えないクラウド達が向かった方向を向いた。


「古い掟だ……我々ハイエルフ族も変わる時やも知れないな」


「お父様……」


 クラウド達が消え、ハイエルフ族の村には絶望から安堵の声が響いていた。

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