第25話 鍛冶屋

 何となく勢いで承諾してしまった『ティナ令嬢と三年間、毎月一度デートする事』が決まった。


 ただ……これには裏の契約であり、『ティナ令嬢にこの契約をバレない事』が条件だった。


 バレた場合、特にペナルティーはないけど、デミオさんは邪悪な笑みを浮かべ、「男が勝負に負けるのです、それで宜しければ、ティナ様にどうぞ伝えてくださいませ」ととんでもない勝負(?)を持ちかけて来たのだ。


 くっ……男として、既に承諾してしまった契約だ……やってやるよ!!


 既に日も暮れかかっていたので、職人さんには次の日、案内される事となった。




 ◇




 次の日、案内されたのは、ものすごい寂れたお店だった。


 デミオさんの案内で、ノックもせず中に入る。


 中に入ると、奥から、カーンカーンと金属を打つ音が聞こえていた。


 響く音だけで、それを打つ者が相当な実力があるのが素人の僕にでも分かるくらい音が綺麗だった。いや、美しかった。


 デミオさんは迷わず、奥にある扉を開くと、中から熱気がブワッと部屋から溢れ出た。

 

「ここは相変わらず熱いですね……カジさん!! お客様ですよ!!」


 何かを打っていた手が止まった。


「ああん? 誰だ俺の工房に勝手に……ちっ、デミオか。借金取りか?」


「ええ、まあそんなとこです」


「……わりぃな、金はねぇ」


「ええ、知ってます。貴方が店の家賃やらなにやら既に二年も払っていませんからね」


「…………」


「その二年分をチャラにしてあげましょう」


「!? どういうつもりだ?」


「一旦仕事を止めて貰っていいですか?」


「ああ、分かった」


「では外で待っていますので」


 デミオさんは慣れたように、店の一角にあるテーブルの案内してくれて、僕達は彼が出てくるのを待っていた。


 数分してから扉が開き、中からムキムキな若い男性が一人出てきた。


「待たせたな」


 既にデミオさんが持参した水がテーブルの上に並んでおり、男性は遠慮なく水を一気に飲み干した。


 そして、座り込んだ男性はデミオさんと僕を交互に見つめた。


「デミオ……お前になんていたのか?」


「いえいえ、こちらはこれから貴方が仕えるお方ですよ?」


「ん!? どういう事だ?」


「先程話した、貴方の借金二年分をチャラにする方法。それはこちらのクラウド様に仕える事です」


「初めまして、スロリ町に住んでいるクラウドです」


 驚く男性が再度デミオさんと僕を交互に見て、口を開いた。


「俺はカジってんだ。長年鍛冶屋をしている――――が、見ての通り、俺は打ちたくないものは打たない性格でな。店は全然繁盛してないんだ」


 まあ、見ただけでこの店の状況は分かっていた。


 そもそも、店番すらいないんだからね。


 表には鍛冶屋らしい道具が何一つ置いてないのもそういう理由なのだろう。


「クラウド様、こちらのカジはこういう性格ですが腕は一流です。カジが打ちたくなるようなモノを提示すれば、きっと力になれるでしょう」


「なっ! デミオ! 勝手に決めるんじゃねぇ! 俺はな!」


 怒る男性に、デミオさんは迷わず右手を前に出した。


「二年分の家賃、食費、材料代」


「うっ、それは……もう少し……」


「私も慈善事業ではないのですよ? この二年間、私が貴方に個人的な投資を続けたのはこういう日の為です。まずは真剣にクラウド様の話を聞いて貰いますよ?」


「うっ…………わかったよ……」


 カジさんは肩を落として、僕を真っすぐ見つめる。


「先程話したように、僕は辺境のスロリ町に住んでます。そこで地下に鉄管を埋めたくて、その鉄管を作って貰いたいんです」


「鉄管だ?? 何の為に??」


「それは――――見ての楽しみですね」


「ふん、なんじゃそりゃ、俺はそんなちんけな――――」


 僕はカジさんの言葉が終わる前に、あるモノをテーブルの上に乗せた。


「!? そ、それは!!! おい、小僧! それを何処で!?」


「もし、うちで鉄管作業をしっかり作ってくれたら……このを大量に使って貰う事も出来るんだけどな~」


「ま、待ってくれ! そんな高級品を大量に!? 一体――――」


「カジさん。こちらのクラウド様は辺境伯様も一目置かれている方ですよ? 貴方がこれまで磨いてきて腕を使うには、こちらのクラウド様以上の方はいませんよ?」


「だ、だが……まだ少年では……」


 僕はもうひと押しに『ファイアウルフの爪』だけでなく、とあるモノを乗せた。


「そ、それは!!!!」


「!? クラウド様……貴方様は本当に凄いお方だ……」


 二人ともこれ・・が何なのか直ぐに分かったみたい。


 さすがは商人の中でもトップクラスの実力を持つデミオさんに、そのデミオさんが認めている鍛冶屋さんだね。


 それを前に、カジさんが両手を震わせて涙を流し始めた。


 泣く程の事なの!?


「小僧――――いや、失礼しました。クラウド様でしたね。もし――――貴方の部下となれば……この素材を俺に打たせてくださるのですか?」


 さっきとは偉く態度が変わったカジさんだけど、その真っすぐな目からは強い意思を感じられた。


「いいですよ! それに、うちにはこれくらい・・・・・なら定期的に手に入るので」


「て、定期的に!? やらせていただきます! いえ、やらせてください! 貴方様が求む仕事なら何でも完璧にこなしてみせます!」


 お、おお……。


 僕の手を両手に握って来たカジさん。


 顔がめちゃ近かったけど、悪い感じはしなかった。


 これで職人三人中一人勧誘出来たね!


 カジさんはデミオさんとの話し合いもあって、後日この店を空にしてからスロリ町に直接来てくれる事となった。


 更にデミオさんの意向により、カジさんと他二人を含む鍛冶屋の道具も送ってくれるそうだ。


 こんなに好待遇でいいのだろうか?



 先程二人に見せたは、一旦デミオさんが預かる事となった。


 他二人の鍛冶屋はデミオさんが説得して、カジさんと共にスロリ町に送るそうだ。


 カジさんの腕を見れば信頼出来るから、デミオさんに全て一任して、僕はスロリ町に帰る事にした。


 最後にデミオさんから、ティナ令嬢とのデートの件は絶対に守ってくれるように念を押された。


 それと、ここまで良くしてくれたから、うちのスロリ町と交流を持ちたいと話すとものすごく喜んでくれた。


 スロリ町――――というか、僕の従魔達の素材は意外にも貴重な物が多いみたいだね。




 帰り道。


 馬車に揺れる僕は、目の前のふわふわいた物体――――ロスちゃんをひたすらに撫でまわしてあげた。


 ロスちゃんの左手に本来あるべき爪が一つだけ抜かれていたからである。

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