第22話 ワニ

 この世界で最も危険な魔物、というと『災害級魔物』と並んで存在感を放つ存在がいる。


 それが『スライム』である。


 前世の記憶では、最弱の魔物とかで有名だったんだけど、この世界での『スライム』は凶悪そのものだった。


 まず、倒す術が『火属性』を持つ攻撃しかない事。


 剣などの武器では、一切斬る事が出来ない事。


 そして、彼らの粘液は付着した瞬間から全てをかす事が凶悪な理由だった。


 なので、スライムを狩ろうと思っても魔法使いがいなければ、そもそも倒す事も不可能だった。


 意外にも火魔法には非常に弱いので、簡単に倒せるらしいけど。



 それと、彼らが凶悪と呼ばれている理由の更なるもう一つの訳がある。


 それは――――戦利品が一切ないのだ。


 本来魔物は倒れた後、肉や素材になるのだけれど、スライムは身体――つまり、粘液しか残らなくなる。


 その粘液は、火魔法で簡単に蒸発させる事が出来るのだが、そのままでは何でも溶かす粘液になるのだ。


 何でも溶かすので、特殊な道具がないと採集するのが難しい。


 この粘液、意外にも何でも溶かすと言われているけど、地面は解けないとサリーが教えてくれた。


 地面が解けないって事は、つまり、土だよね。


 それは――――非常に有用性がありそうだ。




 本日は山にあるという『地獄池』と呼ばれている場所にやってきた。


 狩りも兼ねてだけど、一番の目的は『ジャイアントスライム』の捕獲である。


「うわ~! 池が真っ黒だよ! お兄ちゃん!」


「そうだね、水だけでも腹壊しそう……」


「お兄ちゃん? あの水は飲めないからね? 飲まないでね?」


「飲まないよ! そんなもの試さないよ! 試すんならエルドくんに飲ませるから大丈夫」


「僕!? ちょっとだけ興味はありますが、飲みたくはないですね」


「まあ……エルドくんになら飲んで貰ってもいいかな」


 実はサリー、僕以外の人に対しては、全て『くん』付けなのだ。


 しかも、歳上のエルドとヘイリは勿論の事、実兄のアレンに対しても、『くん』と呼び始めている。


 本人たちがそれでいいんならいいんだけど……。


「それはそうと、『ジャイアントスライム』は何処にいるのかな?」


 周囲を見回しても分かるように、この池、不気味なくらい静かなのだ。


 山の中だと、常に魔物達の戦いの音が聞こえるのに、この池は静か過ぎる。


「多分池の中かな? 池に魔法撃ってみようか?」


「そうだね~ひとまず出て来てくれないと捕獲も――――」


 その時だった。


 地獄池の水面が揺れ始め、中から魔物が出てきた。


 大きなワニ――というか、ワニってこんなに大きかったっけ?


 熊さんすら一飲みしそうだけど??


 更に続いて、そのワニより一回り小さいワニが一緒に出てきた。


 ワニ家族かな?


【初めまして、我はギガントクロコダイルと申します】


 ワニが僕の前に首を下げた。


 その姿を見ていたロスちゃんとロクが僕とワニの前に降り立つ。


 相当警戒しているね。


「お兄ちゃん、もしかしたら『ギガントクロコダイル』かも。『災害級魔物』の中でも凶暴で有名な魔物だよ」


 うわ……そんな魔物がこんな近くに住んでいるとは…………。


「初めまして、僕はクラウド。ここには『ジャイアントスライム』を捕まえに来たんだけど、何処にいるか知りませんか?」


【敬語など無用でございます。『ジャイアントスライム』でしたら、我が全て駆逐してしまいましたが……その幼子ならまだ巣に残っております】


「みんな、向こうの巣にまだ『ジャイアントスライム』の幼子が残っているかもって、行ってみよう」


「え!? お兄ちゃん……『ギガントクロコダイル』と話せたの?」


「うん、ギガントクロコダイル! ありがとう!」


【光栄でございます。もしよろしければ、我を末席に加えてくださるとこの先、全身全霊でお仕えさせていただきたく存じます】


【ご主人! この子、とても強いから頼りがいもあると思うの!】


 ロスちゃん達も認めているみたいだね。


「分かった! でも、悪いけど家に連れていくと大変な事になりそうだから、普段はここで生活して貰ってもいいかな?」


【感謝申し上げます。我はいつでもここにおります。必要な時は遠慮なく申し付けくださいませ】


「ありがとう! その時は、頼りにさせて貰うよ!」


 こうして、僕はもう一人の『災害級魔物』を仲間に出来た。


 離れていても念話は通じるし、そのうちまた遊びに来ればいいよね。


 僕達は『ギガントクロコダイル』が教えてくれた『ジャイアントスライム』の巣に向かった。




 ◇




 『ジャイアントスライム』の巣と呼ばれていた場所は――――、一言で言えば悲惨な状況だった。


 ボロボロにされた一帯は、恐らく『ギガントクロコダイル』が暴れた後なのだろうね……。


 『ジャイアントスライム』を探していたウル達から、なぎ倒されていた木の下にそれっぽいのがいると言われ、僕達は木の元に集まった。


 木の下には一匹の小さな赤色のスライムがプルプルと震えていた。


 言われていたような凶悪な感じではないんだけどな……まだ子供っぽいからだろうか?


【ご主人!】


「ん? どうしたの? ロスちゃん」


【この子、震えているの!】


 うん。


 見れば分かるというか、プルプル揺れているね。


 僕の知識では、元々こういうものだったような?


【違うの! 『ギガントクロコダイル』に蹂躙され、恐怖で震えているの! スライムは本来こういう風に揺れないの!】


 本当に怖くて震えていたのかよ!


 分かりにくいな!


【それと、ご主人を酷く怖がっていているみたいだよ?】


「僕を酷く怖がっている? どうして?」


【それは……既にご主人には『ギガントクロコダイル』が従魔になっているから、その匂いがするからだと思うよ】


 あ~あれか、飼い主にはペットの匂いが付くっていうあれか。


 って! まだ一緒に暮らしてないし、一応従魔にはしたけど、もう僕からワニの匂いが!?


 と思っているとロクから、僕みたいに従魔を従えるようになると、魔物にしか分からない『匂いのようなモノ』を感じられるそうで、僕からは既に、ロスちゃん、ロク、ギガントクロコダイルにその他多くの従魔達の気配がぷんぷんしているそうだ。


 よかった……人には匂わなくて……。


「それはそうと、この子も会話出来るかな?」


 そっと、下で震えているスライムを見つめた。


 ガクブル震えていたスライムが、ピタッと震えが止まった。


 ――そして。


【は、は、は、は、はずめまぢて!!!! ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぐは、ぼ、ぼ、ぼ】


「落ち着け! ゆっくり喋っていいから!」


【も、も、も、も、もじわげごじゃいましぇん!!!】


 ものすごくアタフタしているスライムの声が聞こえていた。


「まあまあ、食べたりしないし、ギガントクロコダイルにももう襲わないように話してるから落ち着いて!」


【あ、あ、あ、あ、ありがど、ごじゃいまじゅ!!】


 う、うん……。


 もしかして、この子って……元々こんな喋り方だったりするのかな?


【いえ、このように普通に喋れますよ?】


「うわっ! いきなり普通に戻るな! というか、そんなに普通に喋れるなら最初からそうしろよな!」


【だって、このままでは踏み潰されると思いまして……慌ててた方がいいかなーと思いまして】


「意外と計画的な慌て方だったのかよ…………まあ、いいか、それはそうと君が『ジャイアントスライム』でいいのかい?」


【はい、『ジャイアントスライム』でございます。ただ……僕以外は全てワニ様に踏まれてしまって、みんな亡くなりました】


「意外と踏まれて亡くなったんだね…………そう言えば、ギガントクロコダイルはどうしてここを襲撃したんだ? 意外と紳士みたいな性格だから、理由もないしこうはしないと思うんだけどな」


【実は……うちの連中から、ワニ肉食べてみたくない? という話になって、外に遊びにきた子ワニに美味しいモノあげると言って連れて来て食べてしまったんですよ】




「お前らが悪いじゃねぇかよ!!!!」

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