第14話 謝罪

 ロクが仲間になった次の日。


 事件は起きた。


 大きな馬車がスロリ町に入って来た。


 その馬車は止まる事なく、真っすぐ屋敷に入って来た。


 既にロクから念話で来る事を知っていたので、僕はお父さんお母さんと馬車の持ち主が降りて来るのを待った。


 ――そして、馬車から男性二人が降りてきた。



「ベルン殿、此度の急な訪問、大変申し訳ない」


「い、いいえ! バルバロッサ様でしたらいつでも大歓迎でございます! さあ、こちらに」


「お気遣い感謝する。しかし、本日ここに来たのはクラウドくんに用があり……クラウドくん、このまま話しても良いだろうか?」


 強張る表情のままのバルバロッサ辺境伯様と、辺境伯様と一緒に来たもう一人の男性、お父さん、お母さんが僕に注目した。


「どうぞ?」


 辺境伯様は男性を見つめ頷くと、僕の前に跪いた。


 そして、隣にいた男性は見事な土下座を披露する。


「えええええ!? へ、辺境伯様!! どうか顔を上げてください!!!」


 お父さんの悲鳴が響いた。



「クラウド様並びにベルン家の皆様、此度の我が・・商会がとんでもない失礼を、大変申し訳ございませんでした」


「知らなかったとはいえ、まさか……ワルナイ商会がこの町からお金を騙し取っているとは思いもしなかった、この通りだ、すまなかった」


「この事につきましては、これから五十年間、我がワルナイ商会から無償で資材を提供させて頂きます。まさか……自分が信頼していた部下が勝手にお金を騙し取っており……面目次第もありません……」



 訳も分からないこの現状にお父さんが震えていると、隣にいたお母さんが僕の頭の手を載せた。


 あ……僕の頭……わしづかみされているの…………。


「ねぇ、クーくん? 怒らないからちゃんと話してくれる?」


「あ、あはは……お母さん?」


 まさか……こんな事になると思わなかったんだよ!!!




 ◇




「なるほど、ではデミオ様の商会――――ワルナイ商会のここ数年のビックボア買取は、全て行商役のギリという者が騙し取っていたと?」


「そうでございます……恥ずかしい話、ギリは普段から優秀でして、まさか……騙し取るとは思ってもみませんでした……」


 ギリというのは、先日のビックボアの肉の計算をわざと間違えて、僕から追い出され、後日山賊に扮した男だ。


 実は、あのまま山賊達をワルナイ商会に渡したのだ。


 手紙を一枚「我々ベルン家は二度とあんた達と取引はしません」と書いてね。



 その手紙を見たお母さんは、目から火が出ていた。


 お母さんを怒らせるとこんなに怖いとは知りませんでした……。



「こちらは二年間騙し取ったお金でございます。どうか、受け取ってください」


 そう言いながら商会会頭のデミオさんは貨幣が詰まっている布袋を取り出した。


「そのお金は受け取らせて頂きます。ですが、先程仰っていた物資に関しては受け取れません」


 お母さんがきっぱり断った。


 え……ちょっと勿体なくない?


「それは……やはり、これまでの件は許して頂けないのでしょうか」


「いえ、その件は既に謝罪して頂きましたので、それに……辺境伯様までも頭を下げられましたから」


 辺境伯様も申し訳なさそうな表情をしている。


 正直……僕は既に辺境伯様もワルナイ商会も信用に足り得ないと思ってしまった。


 だから、こうして頭を下げに来たのは意外だし、辺境伯という地位にいながら、迷わず頭を下げるその姿勢は信頼に値するかも知れない。


「ですが、これからはスロリ町は自分達だけでやっていきます……ここに、我々の希望が生まれましたから」


 そう話すお母さんは、僕の頭に手を乗せて笑顔になった。


「そうでしたか……では、我がワルナイ商会に用がある時はいつでもお越しください。可能な限り親身に対応させて頂きます」


「分かりました。その時は宜しくお願いします」



 こうして、僕と辺境伯様の仲が一瞬亀裂が入ったけど、少しだけ回復した。


 ――と言っても、まだ信用した訳ではないんだけどね。


 帰路の辺境伯様とデミオさんは肩を落としていた。




 ◇




「それはそうと……く、ら、う、ど?」


「は、はひ! いかがなされましたか? おかあさま?」


「……」


 お母さんは右手の人差し指で下を指した。


「た、たったいま!」


 僕は素早くお母さんの前で正座になる。


 お母さんはまるで女神様のような満面の笑顔で僕を見つめていた。


「自由にしていいとは言ったけどね~」


「は、はひ!」


「危ない事はしないと~約束していたよね~?」


「は、はひ!」


「ウル達がいたから良かったけど~山賊なんて、お母さん聞いた事もないわよ~?」



 そして、鉄拳が降って来ると思っていた所。


 優しいお母さんの匂いと共に、暖かい温もりが伝わって来た。


「クラウド……貴方はまだ子供よ? だから、危ない事はしないで頂戴……お父さんお母さんを頼って頂戴」


 お母さんは少し涙ぐんで、そう話してくれた。




 ◇




「カルサ様……此度は大変申し訳ございませんでした……」


「仕方あるまい……あのギリという青年を信じていたのだろう?」


「はい……どうやら、商会内にギリをそそのかした者がいるようでして……」


「うむ、どうやら最近きな臭い噂もある。其方も気を引き締めてくれ」


「ははっ、それはそうと……あの少年が例の?」


「ああ」


 辺境伯は懐から一つの爪を取り出した。


「それは……『ファイアウルフの爪』……しかもそれほどの美品が…………」


「ああ、あの少年には造作もない事だろう」


「……これは大変な損失を被りましたね……」


「仕方あるまい。そう言えば、最近の噂では辺境のアングルス町にある商会から珍しい素材が売られるようになったと聞く」


「ええ、ペイン商会でございますね」


「ペイン商会か……名前は憶えておこう。この時期に珍しい素材の大量販売……もしや、あの少年が関わっているやもしれぬ」


「ふむ……でしたら、彼らに協力を仰いでみましょう」


「良いのか? 其方の商会は莫大な損をする事になり兼ねないぞ?」


「問題ありません。ご恩ある辺境伯様の為になるのなら、微力ながら全力で手伝わせて頂きます。かの少年の心を少しでも引き寄せられるなら、損くらい大した問題ではありません」


「ああ、それは助かる。あの少年はいずれ――――――」

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