第7話 辺境伯の誘い

 鋭いバルバロッサ辺境伯様の目が僕を見つめている。


 少しだけ笑みを浮かべている辺境伯様が恐ろしい。


「それで、アルフレッドに聞いたのだが、『ファイアウルフの爪』を持っていると?」


「は、はい。こちらです」


 極力辺境伯様の神経を逆なでしないように、直ぐにポケットから『ファイアウルフの爪』を四つ全部出した。


 四つの爪を食い入るように見つめる辺境伯様。


「触ってみても?」


「ど、どうぞ」


 辺境伯様は四つの爪を取ると、熱心に見つめた。


「ほぉ……これは凄い…………そうか……なるほど……」


 辺境伯様が独り言で何かを納得しているけど、このまま許して貰えないだろうか……何なら、爪四つ全部あげてもいいか。


「この爪を売る・・と言ったな?」


「は、はひ!? い、いいえ! それは辺境伯様に献上するために持ってきました」


 どうか、これで許してください!


「ん? ガハハハッ! これはすまなかったな、あまりにも落ち着いているモノだから、五歳児という事をすっかり忘れておった。すまない、これは脅すつもりではないのだ。どうだ。この爪を正規・・の値段で売ってはくれないか?」


「え? 売……る? い、いえ、それは――」


「いや、こんな高価なモノを貰う訳にはいかない。これは値段でこそ金貨一枚といが、こんな綺麗なファイアウルフの爪は中々手に入るものではないのじゃ、どうだ。この四つを、金貨枚――」


「よ、四枚でお願いします!!」


「ん? ガハハハッ! アルフレッドが言っていた通り、本当に聡い子じゃ、うむ。気に入った。まずはこの四つは四枚で購入させて貰うよ」


「あ、ありがとうございます」


 辺境伯様が怪しい表情を浮かべた。


「これも………………君の『ちょうきょうし』の力の一端なのかい?」


「えっ?」


 まさか辺境伯様から『ちょうきょうし』の言葉が出て来ると思わなくて、吃驚びっくりしてしまって思わず声が出てしまった。


「まだ五歳児というのに頭の回転も速い。それに世間体・・・というのも理解している。わしも長年才能ある子供達を多く見てきたが、君ほどの逸材は見た事がない。どうだね、クラウドくん。」


 辺境伯様が更に怪しい表情になった。




「わしの娘を貰ってはくれないか?」




「えええええ!?」


 大声を出してしまって、向こうで遊んでいたティナ令嬢がこちらに視線を向けた。


「ちょっと! いきなり大声出してどうしたのよ」


「い、いいえ! 何でもないので、そのままロスちゃんと遊んでください」


「ふ、ふん!」


 ティナ令嬢がまたロスちゃんとじゃれはじめる。


「へ、辺境伯様? どうし――」


「君の才能『ちょうきょうし』という名は、ごく一部にしか分からない才能なのだ。君の才能が発現した時、『啓示の水晶』にひびが入った。あの水晶は自然にひびが入る事はあっても、啓示中にひびが入る事はあり得ない。いや、一つだけ有り得る。伝説に伝わる――――最強の魔物使い、イクシオン・ベルンが持っていたとされる『ちょうきょうし』という才能の時だけだったと伝わっている」




 イクシオン・ベルン。


 僕の始祖様。


 あらゆる分野で高待遇を受けている魔物使い。


 しかし、魔物使いは昔、虐げられていたとされている。


 それを覆したのが、僕の始祖様であるイクシオン・ベルン様。


 その功績からベルン家には『永久貴族』という資格が与えられた。


 今でこそ、男爵だけど、本来なら男爵からも降格し、準男爵となり、貴族から位を奪われてもおかしくないと言われている。


 それもこれも、全て始祖様のおかげでこうして僕も貴族の末席にいられるって事だ。



 実はこの事を知っているのは、恐らく僕しかいない。


 何故なら、当主にだけ伝わると言われている『ベルン家の魔導書』という本が代々継がれてきて、当主でも開けられず、ずっと倉庫に眠っていた。


 何を隠そう、僕はその書が開けられたのだ。


 まあ……中身が魔導書じゃなくて、始祖様の日記だったから面白かったけどね。




「辺境伯様……」


「君がもし、わしの――――いや、言葉を間違えたな、わしの家を末席に加えてくれるなら、これから出来る限りの援助をしよう」


 辺境伯様の真っすぐな眼差しが僕に向いている。


 澄んだ瞳。


 嘘偽りなど、何一つないと言わんばかりの瞳だ。


 でも…………。


「辺境伯様、大変申し訳ないのですが……それはなりません」


「むっ……我が家では不足と言うのか?」


 少しだけ怒り顔になる辺境伯様。


「いえ、僕はまだ五歳だからよく分かりませんが、人を好きになるのは、その人同士であり、親が決めるものではないと思っています。勿論、それを辺境伯様に訴えるつもりはありませんが、僕は少なくとも『自分が認めた人』を仲間にしたいと思ってます……それと」


「それと?」


「恥ずかしい話、僕は自分の力がどういうモノか分かりません。ですから、辺境伯様の力を借りずに挑戦してみたいのです。いつか――――同じ立場で話せるように」


「!? クハハハハッ! それは面白い! 君が本当に五歳児なのか疑問が出て来たが……まぁそんなことはよかろう。何しろ、あの伝説の才能を授かったのだ。既に思考が成熟・・していても何ら不思議ではない」


 前世と足して30ですから……。


 ふう……。


 幾ら30とは言え、こんな大貴族様を相手するなんて、幾ら何でも早すぎるよ……。


 そして、その直後、僕の考えを見抜いた辺境伯様が続けた。




「君に我が家をめて貰えるよう、頑張るとしよう」




 あ、あはは……流石というか……辺境伯様も只の人ではないのね。


 僕が、辺境伯様を良き味方・・・・だとまだ判断出来ない事を見抜いているようだった。


 見抜かれては仕方ない。


 でも、こればかりは譲れない。


 悪事に手を染めた人と一緒になりたくはないからね。


 バルバロッサ辺境伯様がどういうお方なのか……見極めさせてもらう事となった。





 でも、一番の理由は――――。


 ティナ令嬢。


 …………。






 僕にはあまりにも綺麗過ぎる人なんですよ!!!

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