第2話 地獄の番犬

 三歳もそろそろ終わりを迎えた頃。


 ベルン家が治めている『辺境の町スロリ』に大きな事件が起きた。



 カーンカーンカーン



 町中に響く鐘の音。


 勢いから只事ではないのが分かるくらいに、激しい勢いで鐘を鳴らす音が響いた。


 続いて、町民の一人が屋敷に全力疾走で入って来た。


「旦那様!」


「ケリン! どうしたのだ! 何があった!」


「は、はい! 山脈にいるはずの――――『地獄の番ケルベロス』が町の前に!」


「な、なに!! それは大変だ! 町にある肉を全て差し出せ!」


「で、ですが! あの肉を出してしまうと、今年はこれ以上狩りが出来ないので、町民達が飢えてしまいます!」


「くっ! あのケルベロスが暴れれば、町はひとたまりもないぞ! 死ぬくらいなら肉くらい投げてやればいい!」


「ううっ……」


 ケリンさんは町民の中でも足の速い町民で、僕が屋敷を縦横無尽に走っていると、走り方を教えてくれた心優しい町民さんだった。


 彼が優しい事くらいお父様も知っているはずだ。


 それほど『ケルベロス』というのが怖いのだろう。


 名前は初めて聞くけど、恐らくこの世界にいる『魔物』に違いないだろう。


 エマお母様の勉強で、この世界には『魔法』がある代わりに、『魔物』もいると教わった。


 『魔物』は無差別に人を襲う恐ろしい存在との事。


 俺もゲームの知識があるから『魔物』がどういう存在かくらいは、容易に想像出来た。



 さて、今回言われた『地獄の番犬』だが、二つ名で既に凶悪さが分かる。


 うちは辺境領地で向こう山脈に強い魔物が住んでいるから入ってはいけないと、エマお母様に再三注意されていた。


 そんな凶悪の魔物がうちの町に現れたのなら一大事だろう……なにせ、地方でお金もないから強い傭兵や護衛も雇えないとお父様が嘆いていたのを聞いていたから。



 ケリンさんが肩を落とし、町に走って戻る。


 お父様も付いてったけど……大丈夫だろうか……。


 俺はまだ三歳。


 あと二年もすれば『才能』を授かれるから、戦闘才能なんて貰えたら領地を守れるのに……悔しい……。



 俺が悔しい想いをしていた時。


 町の方で大きな轟音と共に、爆発が起きた。


「あ、貴方!!!」


 エマお母様が町に走っていく。


 俺もアレンとサリーを連れて町に向かった。


 サリーはまだは走れないので、俺が抱っこして走ってる。




 ◇




 町の入り口は大きく吹き飛ばされ、煙が上がっていた。


 その周りには絶望した顔の町民達が震えている。


 見た感じ、怪我人はいなさそうだ。


 お父様も無事で、ケリンさんも無事みたいね。


 一先ず良かった……けど、この爆発。


 恐らく、『ケルベロス』の仕業に違いない。


 少しずつ煙が弱まり、向こうの『ケルベロス』の姿見え始めた。


 ――そこにあったのは。






 は?


 あれが『ケルベロス』??


 ……。


 ……。


 えっと……ごめんなさい。


 町民達があんなに震えていたから、さぞかし凶悪な魔物の姿なのかなと思ったら……。


 町の向こうにいたのは――――、一匹のだった。


 真っ白い毛に覆われて、ふわふわしてそうな犬で、大きさは小型犬くらいかな?


 つぶらな瞳も可愛らしい。


 あんな犬、犬の業界では可愛さナンバーワンと言われても納得するね。


 そのくらいには可愛いわ。


 ……。


 ……。


 あれ?


 気の所為かな?


 あの犬の視線が俺から離れないんだが……。


 確認のため、俺は左右に歩いてみる。


 あ…………やっぱり、視線が俺に固定されているね。


 あっ、尻尾まで振ってる。


 あれって、前世で俺を見つけた犬達がする仕草そのものじゃねぇか!


 可愛らしい舌も出して、尻尾をブンブン回している。


 可愛らしい外見とは裏腹に、ブンブン回している尻尾のせいで、ケルベロスの後方は凄まじい突風で木々が吹き飛ばされていた。



「ああ、おしまいだ……ケルベロスがくるなんて……」


「普段温厚なケルベロスがあんなに興奮している……終わりだ……」



 あ……町民達が絶望してる……。



 その時、ケルベロスが走り始めた。


 ――――って!! 走る速度めちゃくちゃはえーよ!!


 今まで出会った犬なんか比べ物にならないくらいはえーよ!


 ケルベロスが飛んだ。


 そう。


 俺を目掛けて。



 しかし、俺の前を震えていたエマお母様が立ちふさがった。


 このままでは、ケルベロスが勢いよくエマお母様が突撃するはず。


 あの速度だと、間違いなく即死だ、そのくらいは分かる。


 なにせ、自慢じゃないが俺は犬に吹き飛ばされて、一度命を落としているからな!


 そして、俺はケルベロスがエマお母様にぶつかる前に、最強の呪文を唱えた。











「お手!!!!!!!!!」











 飛び上がったケルベロスが我に返り、その場に着地する。


 ケルベロスすげぇーな!


 飛び上がったのに、そのまま着地できるのかよ!


 重力さんのお仕事大変そうだ。


 ケルベロスはゆっくりと、そして優雅に歩き、俺が差し出した右手の前に座り込み、右手をあげた。




 ◇




「クラウドや……」


「お父様? どうしました?」


「そ、その……なんだ……ロスちゃん? は本当に危険がないんだな?」


 お父様がおどおど俺が手で持っていた『地獄の番犬ケルベロス』を見つめて聞いてきた。


「はい! 大丈夫ですよ! うちの番犬にしますから!」


「ば、番犬……」


 お父様が文字通り膝から崩れ落ちた。


 人間、驚きすぎるとこうなるんだって聞いたことあったけど、初めてみたよ。



 そんな俺を囲んで、お母様とアレンとサリーが『地獄の番犬ケルベロス』こと、ロスちゃんを撫でまわし始める。


 名前はエマお母様命名だ。


 どうやらメスのようで、俺がケルちゃんって名付けようとしたら「女の子にはふさわしくない名前だから駄目っ!」と言われた。


 お母様……あんなに震えていたのに、今はすっかりロスちゃんの虜だ。



 そんなロスちゃんだが、やっぱり前世の犬と同じだった。


 すごく賢くて、俺の言葉を理解出来ていて、尻尾をぶん回すのも吠えるのも火を吐くのも禁止にしておいた。



 こうして、うちに家族が一匹増える事となった。


 その名はロス。


 地獄の番犬と言われている、可愛らしい姿とつぶらな瞳が特徴な白い毛だるま犬である。






「うふふ、うちの息子は勉強も上手なのに、こんな事も出来るなんて、とても誇らしいわ」


 俺はお母様に頭を撫でられ、ご満悦になった。

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