近くの他人



「寝る場所ないよ」

 我が母ながら、冷たい物言いだ。

 娘からひさしぶりに実家に帰ると電話をして、第一声がそれだった。かつて私のものだった部屋は、もうないらしい。

「ただいまー」

 電車を乗り継いで三時間、そこからさらにバスで一時間、ドがつく田舎で、私が状況した当時と風景もあまり変わらない。

 実家は古い木造で、部屋数は多い。それなのに娘の部屋すら残しておけないとは、いったいどれだけ物が多いのか。

 物置になっていたとして、少し片付ければ寝るところくらいはつくれるだろう。そう思って襖を開けると、予想外の光景が目に飛び込んできた。

 知らないおばあさんが柿を干している。

 半分ほど荷物に埋もれて物置状態になっているのは予想通りだった。しかし、残りの半分が大きく予想と異なっている。畳の上には畳まれた布団があり、ここで誰かが寝起きしていることを示していた。

 軒下には柿が吊されていて、縁側では見知らぬ老婆が柿を並べている。

「え、あ、すみません」

 慌てて襖を閉めて、母のいる台所に向かう。

「お母さん、あの人、だれ?」

「ハマジさん」

 当たり前のことを聞くなとでも言わんばかりの態度だ。

「え、何、聞いてないよ」

 母はまな板に向かったまま顔すら向けない。

「親戚? 友達?」

 いやだなあ、とネギを刻む手は止まらない。

「ハマジさんはハマジさんじゃない」

 聞き覚えのない名前だ。私が実家を出てからの知り合いらしい。

「女の一人暮らしだと何かと物騒だし、ハマジさんがいれば安心だもの。遠くの親戚より、近くの他人って言うでしょ」

 連絡もせず顔も見せない娘より、友人の方を頼りたくなる気持ちもわかる。

「こんにちは」

 経緯はわからないけれど、母がお世話になっているのだ。部屋に戻り、柿を干しているおばあさんに、ここの娘ですと挨拶すると、何かもごもごと小さな声で言っている。

「はい?」

「……出てけ」

 顔を近づけると、飛んできたつばが耳にかかり、慌てて身を引いた。今

「出てけ」

 今度は近づかなくてもはっきりと聞こえた。ハマジさんなる老婆は、真っ黒な目で私をじっとにらみつけてきた。

 母に助けを求めるが、やはり冷たく言い放った。

「言ったじゃない。もうあなたの場所はないって」

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