守銭奴ヒロインはビンボー攻略対象者お断り~金持ちになってから出直して~

藍沢椛

守銭奴ヒロインはビンボー攻略対象者お断り~金持ちになってから出直して~

「……済まないが、君をそんな風には見れないんだ……」


 気まずそうに目を逸らした見目麗しい王子様。

 その様子にティーナは頭を抱えた。


「ジーザスっ!!」

「……うん、友達としては面白くて愉快なんだけどなぁ」


 あははと笑う優しいその人にティーナは縋りついた。


「マティス様! どーしてもダメですか!?」

「うーん、ティーナは可愛いとは思うんだけどね。面白すぎて女性としては見れないかなぁ」


 ほら、それね、とムンクの叫び状態になっているティーナを指さし腹を抱えて笑うマティス。

 それも仕方がない。

 入学して初めて出会ってから二年、ティーナの奇行はマティスのツボを捉えて離さなかった。それはもう笑った。

 かなり仲のいい友人だとは思う。――そう、仲のいい友達・・だ。

 マティスはこの国の第二王子だ。立場上、誰とでも友人を作るのには難しいのだが、入学した学園でこんなになんでも話せる友人ができるとは思わなかった。身分の低い、しかも女性の友人だ。

 自身の抱えていた悩みを解してくれた恩人でもある。

 末永く仲良くしていきたいものだ。友人としてだけど。


「きっとティーナなら素敵な男性と出会うことができるよ」

「その素敵な男性がマティス様なんですけど。素敵なお金をお持ちのマティス様を愛してますー!!」

「あははは! 堂々とお金目当てって言っちゃうティーナっていっそ清々しいよね! でも、残念。ウチのお金は国民のであって王家のものじゃないんだよねー」

「……ふむ。なるほど?」

「だから僕個人で言うならビンボーなんじゃない?」

「そうでしたか、ビンボーなら仕方ないですね! それじゃ、末永く友達として仲良くしてくださいっ!」


 キリッと話せばマティスは笑い崩れた。

 話すようになって分かった。マティスはかなりの笑い上戸だ。


「切り替えが早すぎるよっ! それでこそティーナだよ」


 いつまでもこのままのティーナでいてねとひとしきり笑うとマティスは去っていった。




「うわーん! これで三人目だぁ!!」


 ティーナは泣いた。

 かれこれ三人の男性に振られているのだ。

 おかしい、選択肢を間違えたことはないのに。


 そう、ティーナにはとある記憶がある。

 あるときふと思い出した。

 この世界は「ドキドキLoveきゅん! トキメキ学園」という乙女ゲームの世界なのだと。

 題名がアレなのは置いといて。見目麗しい貴族男性と甘ーい恋ができちゃうものなのだ。

 ティーナは歓喜した。その主人公は自分だった。恋ができるのだ、お金持ち様と。


 しかし、なぜだろう。選択肢は間違えてないはずなのだが最後にはお断りされるのだ。かなり仲が良くなったはずなのに。おかげで、みんな仲の良い友人だ。それはいい。それはいいのだが――。


「ああ! お金様が逃げていくーっ!」

「また、振られたのか」

「ジーク!?」


 校舎裏の木の影からこれまた見目麗しい男性が出てきた。ティーナよりも背丈がかなり高く、しっかりとした体つき。意志の強そうな精悍な顔立ちはこの学園でも大人気で、いつも女子生徒からキャーキャー言われている。

 そう、この男も攻略対象のひとりだ。


「ちょ、ちょっと隠れて覗いてたわけ!?」

「人聞きの悪いこと言うなよ。俺が寝てたらお前らがここに来たんだよ」

「……そう」


 ティーナはしょんもりと落ち込むとおもむろに木に登り始めた。


「ちょっと待て。なんで木に登る」

「振られたんだもの。これでも落ち込んでるのよ。落ち込んだときには木に登るものでしょ」

「いや、他のやつは登んねぇから」


 ジークはティーナの登った木に軽々と登ると、木の上で体育座りをしているティーナの横に腰掛けた。


「ったく、いっつも高位貴族ばっか狙ってんなと思ってたけど、ついに王子まで手を出しやがったか」

「人聞きの悪いこと言わないでよね! 手を出す前に振られたわっ!」

「手を出す気満々じゃねーか!」


 相変わらずぶれねぇなとジークは笑う。

 そしてふと、愛しい目でティーナを見つめると頭をなでた。


「俺じゃやっぱりダメか?」

「それは……」


 優しく見つめるジークにティーナは身動ぎすると気まずそうに目を逸らした。


 ティーナはジークから愛を告げられている。

 

 出会ってからこれまで、ティーナとジークは親しくしてきた。この学園に入学して彼と出会ってから二年、色々なことがあった。学園に纏わる事件に関わり、ジークの悩みや問題に巻き込まれたり、自ら関わって解決することもあった。また、仲良く出かけることだってあった。そういう雰囲気になることも一度や二度ではなかった。

 そして、ジークから告白されたのだ。

 その瞬間、ティーナは全てを思い出した・・・・・

 この学園はゲームの世界なのだと。

 そして、ジークは攻略対象者のひとりなのだと。

 ジークは家が貧しく学園の騎士科に奨学金で入った苦学生だ。攻略対象者の中で唯一の平民だ。苦労をしているだろうにその様子を微塵も見せずいつも余裕そうな態度に、とても人気があったことも思い出す。だからダメなのだ。


「……ダメよ。お金持ちになってから出直して」

「……はは、相変わらずぶれねぇな」


 苦学生ではダメなのだ。





「へい! らっしゃい、らっしゃい! 今日はネギが安いよ、安いよー。ネギが一本八十ベル! ネギが一本八十ベルだよー! おっと、そこの奥さん、今日は鍋はいかがー?」


 声を張り上げ客を呼び込む。その元気な声に街を歩く主婦は集まってきた。


「あら、ティーナちゃん。今日はトムさんとこで働いてんのね」

「そうなんです。今日はトムさんの八百屋で働いてるの! だから買ってってー!」

「仕方ないねぇ、じゃ、ネギ一本と白菜ひとつおくれ」

「まいどー!」


 ネギと白菜の出来のいいものを見分けて主婦に渡す。それを見た主婦はティーナちゃんが目利きしたものなら間違いないわねと笑って代金を渡した。


「ティーナちゃんはいつも元気でいいわねー! 娘にほしいくらいよ。どお? 今度うちの息子に会ってみない?」

「うーん、私を養うにはお金がかかるのでお金持ちじゃないといけないんですよー」

「あはは、相変わらずあんたおもしろいねー!」


 買い物に来る主婦たちの会話に答えながら流れるように作業をこなしていく。八百屋のバイトは慣れたものだ。


「ティーナちゃん今日もありがとね。これお給金だよ」

「ありがとうございます!」


 店が閉まり店主から働いた分の給金をもらった。

 お金の入った袋をふくふくと笑いながら受け取る。


「ティーナちゃんがいてくれるといつもより売り上げが上がるから助かるよ。少し色をつけといたよ。あと、残りの野菜も持ってっとくれ」

「うわーい! ありがとうございますっ! トムさん大好きー!」


 六十代半ばのおじいちゃんに抱きつくと、野菜のたっぷり入った袋を持ち上げ――。


「結構入ってんな」

「ジーク!」


 横から重たい袋を持ち上げたのはジークだった。


「それじゃ、行くぞ」

「え、ちょ、ちょっと」

「毎度迎えに来てくれて優しい彼氏だねぇ 」

「え、いや、か、彼氏では……。あっ、ちょっと待って! トムさんお疲れ様でしたー!」

「おう、お疲れ様」


 暗い夜道をてくてくと二人は歩く。


「今日はトムさんとこにいたのか」

「……毎日、迎えにこなくていいのに」


 困ったようにティーナは話す。ティーナはバイトをいくつも掛け持ちしているので毎日バイト先が違う。

 それなのにバイトが終わるといつもジークが来て送ってくれるのだ。


「まあ、俺もここらでバイトしてるからな。ついでだ、ついで」

「そう?」

「それに、いくら平和っつったって暗い夜道を若い女ひとりで歩くのは危ないからな。大人しく送られとけ」

「うう。……ありがとう」

「どういたしまして。にしても、女ってカフェとかで働きたいもんじゃねぇの? 八百屋とか警備とか、この前は大工仕事もしてなかったか?」


 随分とおっさんみたいな仕事してんなとジークは言う。


「あら、そういうとこの方がお給金がいいのよ。八百屋だと最後に野菜をくれたりもするし」

「さすがだなぁ」


 静かな夜道に足跡が響く。

 ぼんやりと心地の良い時間。二人はしばらく無言で歩いた。


「……そうだ、おふくろがさ。ティーナは元気かだって。今度会ってやってくれないか」

「おばさんが? うん、いいよ。あ、もし今大丈夫だったらこれから行ってもいい? ジークのお家ここからすぐ側だよね? この野菜もお裾分けしてあげる」

「……いいのか?」

「うん、もちろんだよー! 野菜あげないほどケチじゃないよ」

「いや、そういうことじゃなくて……。ま、いっか。そしたら寄ってくれ」

「うん!」


 ジークの家まで少し方向を変えて歩けば、小さな民家が見えてきた。明るく電気が灯された暖かい家だ。


「ただいま」

「……おじゃましまーす」

「おかえり。あら、ティーナちゃんじゃない!」


 優しそうなそれでいてジークに似た女性が出てきた。

 ジークの母はティーナを見つけると満面の笑みで駆け寄った。


「ティーナちゃん、元気だったかしら?」

「うん、元気ですよ! おばさんは元気でしたか?」

「もちろんよ。ティーナちゃんのおかげでみんな元気で暮らしてるのよ」

「えへへ」

「最近見なかったからどうしたのかしらって話してたのよ。ティーナちゃんならいつ来てもいいんだからね」

「あ、ありがとうございます……」


 きっとティーナがジークに告白されて断ったことは知らないだろう。純粋な好意にティーナは気まずそうに答えた。


「おかあさーん、今日のご飯なにー……あ、ティーナお姉ちゃん!」


 パタパタと走り寄ってきた十歳ほどの少女はティーナを見つけると目を輝かせた。


「マリアちゃん」

「わーん! ティーナお姉ちゃん会いたかったよー!」

「私も。元気そうでよかったよ」

「ティーナお姉ちゃんのおかげでね!」


 にこにこと笑うマリアはティーナに抱きついた。ぎゅーっと抱きしめ合うと久しぶりの再会を喜んだ。


「ティーナお姉ちゃんたちが薬を持ってきてくれたおかげで病気がすっかり良くなったんだよ。もうすぐ学校にもいけそうだよー」

「そうなのっ! よかったねー!」

「うん!」

「ティーナちゃんがマリアの奇病で大変だったウチを救ってくれたのよ。感謝してもしきれないわ」

「そんなことないですよ。ジークががんばったおかげで薬が作れたんですから。マリアちゃんもよく耐えたね」


 ジークの母がお茶を出してくれた。ありがたくいただくことにして、みんなでテーブルを囲む。


 少し前、ジークの妹が謎の奇病に罹っていると知った。ジークはその奇病を治すために色々と動いていたらしい。それを知ったティーナはジークと共に奇病を治す薬を手に入れることにしたのだ。それはやがて周囲を巻き込み国を巻き込んだ騒動にまで発展した。そして、遂に薬を作ることに成功したのだ。

 それを飲んだマリアは段々と体調が良くなっていき顔色も赤みがさしてきて元気になってきているようだ。このまま何もなく元気になってくれればと思う。


「ティーナがいてくれたからだ。俺ひとりじゃここまで平和的に解決できなかったと思う。本当にティーナには感謝しているんだ。何度も言うけどありがとな、ティーナ」

「ジーク……」


 隣に座ったジークが優しい顔をして見つめる。それを照れくさそうにティーナは見た。


「……それで、お兄ちゃんとティーナお姉ちゃんはいつ結婚するの?」

「ぶふっ!」


 突然の爆弾発言にティーナとジークはお茶を吹き出した。


「マ、マリアちゃん!? ジークとはそういうんじゃなくてねっ……?」

「えー? 違うの? お兄ちゃん、あんまりチンタラしてると他の人にティーナお姉ちゃん取られちゃうよー?」

「そうだな、そうならないようにがんばるさ」

「ジ、ジ、ジ、ジーク!?」


 驚いたようにジークを見るティーナにジークはふ、と笑った。




「――ティーナお姉ちゃんもう帰っちゃうの? ご飯食べてけばいいのに」

「うん、ごめんね。家で待ってる人がいるから」

「そっかぁ。それならまた遊びに来てね!」

「もちろんだよ!」

「……じゃあ、俺はティーナを送ってくるから」

「えっ! いいよ、ひとりで帰れるよ」

「危ないから。じゃ、行ってくる」


 ジークの家を出て再び歩き出した。


「……ありがとう」

「いや、当然のことだから」


 また二人長くない道を歩く。


「……本当に感謝してるんだ。俺ひとりだったらきっと人を殺してたかもしれないから」

「ジーク……」

「そうならなくて本当によかった。人でい続けられるのはティーナのおかげなんだ」

「ううん、ジークが必死でがんばってきたからだよ。私はそれをお手伝いしただけ」

「でも、俺はお前に救われたと思ってる。だからな、俺はお前になにかあったら助けたいと思ってるんだ。……なあ、ティーナ、なにか困ったことはないか?」


 二人はティーナの家の前で立ち止まる。

 ティーナの家はここら辺でも一等大きなお屋敷だ。……しかし、手入れがあまりされていないのかボロボロのぼろ屋敷。

 それを見上げてジークは困ったように問いかけた。


「……ないよ。強いて言うならこの屋敷を再建したいからお金がほしいだけ。……だからお金持ちのお婿さんがほしいの」

「……そうか」


 そうして二人は挨拶をして別れた。


「ただいまー」

「おかえりなさい、姉様」

「アーシェ!」


 にこりと微笑むティーナの弟にティーナは満面の笑みで抱きついた。


「アーシェ、今日もお留守番ありがとう。ひとりにしちゃってごめんね」

「いいんだよ、父上と母上がいない今二人で協力していかないとね」

「なんていい子なの……っ!」

「わっ! 痛いって姉様」


 アーシェの言葉に感激したティーナは思いっきり頬ずりをする。

 ティーナとアーシェの両親は数年前に他界した。二人とも同時に事故で亡くしてしまったのだ。それ以来、二人はお互い助け合って生きてきた。それもあってとても仲の良い兄弟だ。


「今日ね、トムさんのとこで野菜をたくさんもらってきたのよ! ポトフでも作りましょうか」

「やったぁ! 久しぶりにたくさん食べられるね!」

「うう……。ごめんねぇ、アーシェ。姉様が不甲斐ないばかりに。早くお金持ちさんをゲットしないとね」

「いいんだよ。それに、これは姉様のせいじゃないんだし。二人でがんばろうよ」

「ありがとうぅっ! いい子ねぇ! いつかたくさん食べさせてあげるからね! あ、そうだ、今日はトムさんさらお給金に少し色をつけてもらったのよ」


 もらったお給金をチャリンと透明な瓶に入れた。

 大きな瓶三分の一くらいがお金で埋まっただろうか。それでも満杯まではまだまだ遠い。


「まだ、貯まらないね」

「大丈夫よ、まだ時間はあるんだから」


 二人は身を寄せあった。





「おっはよーございます! シリウス様! ハインツ様!」

「うん、おはよ。今日もふせいかーい!」

「今のとこ百発百中で不正解だよ、ティーナ」

「今日も違った!」


 そっくりな双子を前に頭を抱えてジーザス! と叫ぶ。

 シリウスとハインツは公爵家子息だ。もちろん彼らも攻略対象者。あまりにもそっくりで二人はよく間違えられるため、一回も間違えることのないヒロインに惹かれるのだ。

 そのため、ティーナはシリウスとハインツのルートに入ることはできない。なにせ、百発百中で二人を間違うのだから。


「ある意味、一番正解率が高いかもね。真逆だけど」

「うう……。毎日面目ない。でも、雰囲気が全く違うから分かるんですよ。穏やかなのがシリウス様で元気っ子がハインツ様」

「だーかーらー! 逆だってぇ! 逆で覚えて!?」

「うわん! ごめんっ!」


 これ逆で覚えたら毎回正解なんだけど!? とハインツが喚けばティーナはごめんなさいと手を合わす。

 ルートには入れないがとても仲良くなった。彼らの悩みには立ち入ることはできないが普通の友達として仲はいい。


「あはは、今日も不正解だったか。ティーナ」

「マティス様」


 三人の様子を見てたのか腹を抱えて爆笑しながら話に入ってきたマティス。マティスの隣で呆れたようにため息をついているのはジークだ。身分差はあるがこの数年で色々な事件を解決してきたこともあり、みんな仲がいい。


「そういえば、昨日の宿題は終わったかい、ティーナ」

「はっ! 宿題!? すっかり忘れてました……」

「だろうと思った。朝、少し教えてあげるよ」

「マティス様……! 素敵っ! 後光が差して見えます。なんて神々しいのでしょう! マティス様はもう勉学の神として祀られるべきだと思います。それで毎年受験生が合格祈願に来るの」

「あははははっ! 毎年必死に拝まれるのは嫌だよ」


 笑い上戸なマティスが笑いながら歩く。これはもう日常行事だ。いちいち笑い声に振り向く人もいない。

 以前マティスはひとつも笑うことのない氷の王子と呼ばれていた。それが笑い上戸だなんて以前だったら誰が想像できただろうか。ティーナの行動に爆笑したマティスを見た人々は大騒ぎをしたものだが、それはもう今は昔。これくらいで驚く人もいなくなった。


「おはよ、ジーク」

「ああ、おはよう」


 賑やかな集団の後ろで見守るように歩くジークにティーナは笑顔で挨拶した。





「はぁ、あと3920万ベルかぁ」


 お昼休み中庭でぽけーっとお弁当を食べる。中身は昨日残しておいたポトフだけ。それでも今日は豪華な方だ。


「もうちょっとバイト増やさなきゃダメかなぁ」

「なにがダメなんだ?」

「ジ、ジーク!?」


 独り言に入ってきたジークにティーナは飛び上がって驚いた。


「な、なんでもないの! ジークはどうしてここに?」

「ん、歩いてたらティーナが見えたからな。ティーナの昼飯はこれだけか? 食わなきゃもたねぇぞ。ほらサンドイッチやるから食えよ」

「……ジーク。ありがとう。あなたは神様よ……。食べ物の神様」

「ふは、なにが神様だよ。たくさん食えよ」

「うん!」


 大きな口を開けてあぐりとサンドイッチを食す。

 中身はチキンとトマトとレタスだ。その三つが織り成すハーモニーにティーナの顔は蕩けた。

 なにせお肉は数ヶ月ぶりなのだ。


「おいひい……。おいひいよぅぅううう!」

「そりゃよかった」


 ジークは隣に腰かけるとティーナの餌付けを開始した。


「ほぅら、もう一個あるぞ。慌てないで食えよ」

「むぐぅ。うんうん! あいあとお!」

「食後のプリンもあるぞ」

「あうぅぅぅ!!」


 にこやかに食べ物で釣ってくるジークにティーナはメロメロだ。食べ物をくれる神様のようにいい人だ。


「……なあ、本当に困ってないのか。悩み事があるなら聞くぜ? もしかしたらなにか解決策があるかもしれねぇし」

「……」


 口に入れた食べ物をごくりと飲み込む。

 悩み、悩みは……。


「お金がほしい」

「……」

「お金があればなんでもできるもん。だからお金持ちと結婚したいの」

「そうか……」


 ぽつりと呟くティーナにジークは顔を俯かせた。

 それをティーナはじっと見る。ジークはいい人だ。ぶっきらぼうだけどとても優しいことを知っている。そんな優しい人が人を殺すかもしれないところまで追い詰められていたのだ。救えて本当によかった。

 だからジークには幸せになって欲しいのだ。私に縛られずに。


「私ね、お金持ちと結婚するつもりよ。だからジークとはしない。……ねえ、ジーク。ジークは素敵よ? かっこいいし、騎士としても実力は学園でも一、二を争うくらいで将来有望だし。とっても優しいし。だからね? ジークには私よりももっとお似合いな人がいると思うの」

「……それ、本気で言ってんのか」

「……」


 ティーナはぐっと言葉に詰まる。

 やがて、小さくこくりと頷くと隣から大きなため息が聞こえた。それにびくりと肩を揺らす。


「そうかよ」


 隣を見ることはできない。それでも低い声にジークの気分を害してしまったことだけは分かった。

 俯くティーナに小さくため息をついたジークは立ち上がった。


「悪かったな」


 そう言って去っていくジークを見送らずティーナは俯いたまま唇を噛んだ。

 これでいいんだ。――これでいい。





「あ……、ジーク……」


 バイト帰り、いつもと同じようにティーナを待っていたジークに目を開いて固まった。


「荷物持つ」

「え、あ、どうして……」

「別に家に送るのは変わらないから」

「……ありがと」


 いつもよりも気まずい道のり、いつもなら静寂も心地好いものだったが今は落ち着かない。

 そわそわと歩いていけばティーナの家まで着いた。


「……あれ?」


 ふと見上げた家に違和感を感じたティーナの心臓は早鐘を打つ。

 いつもならついているはずの灯りがついていない。それに玄関が半開きで。

 ティーナは慌てて玄関を開いた。


「アーシェ!」


 開いた家の中は少し荒れていた。物が倒れていたり、散乱している様子からしてアーシェは連れ去られたのではないだろうか。アーシェは必死に抵抗したのではないだろうかとティーナは凍った。


「そんな……。アーシェ! アーシェ!? 出てきて!」

「どうしたんだ!?」

「アーシェがいないの……」

「アーシェってお前の弟だよな? 荒らされてる様子からして……連れ去られたのか」

「……そんな」


 がくりと力の抜けたティーナを咄嗟に支える。今やティーナの顔は真っ青だ。


 ダイニングのテーブルを見るとそこには用意されかけの夕食と一枚のメモが置かれていた。


「これ……」


 かさりと開く。読んだティーナは真っ青だった顔を更に青くした。ふるふると震えるティーナにジークは問いかける。


「そんな……。まだ時間はあるはずなのに……」

「どうしたんだ、なんて書いてあった」

「……は。……ううんなんでもない。……アーシェ、友達の家に遊びに行ったって。大丈夫だからジークは家に帰って?」

「何言ってんだ、こんな真っ青のティーナ置いていけるか」

「お願いっ! 帰って!」


 ティーナの必死な形相にジークはひとつため息をついた。


「……わかった」






 ジークと別れて、ティーナは急いでメモに書かれた場所を目指す。

 メモには「ひとりで来られたし」と書いてあった。他に人を連れていったらアーシェになにされるか分かったものではない。

 最後の方は走るように郊外の廃墟へ入った。


「来ましたか、ティーナお嬢様?」

「……オイゲン」


 ニヤニヤと人相の悪い男が姿を現した。金貸しのオイゲンだ。両親が存命中、彼らに騙され借金を負った。その借金は雪だるま式に膨れ上がり両親はそれを返すために必死に働き事故にあって死んだのだ。両親が亡くなってもその借金は帳消しにはならなかった。そのせいでティーナとアーシェはその借金を返していかなければならなくなったのだ。


「なんで、こんなことしたんですか。アーシェはどこ!?」

「おっと、そんな興奮しなさんな。アーシェ坊ちゃんは無事だよ。今はまだ、ね」

「そんな……」


 顔を真っ青にオイゲンを見ればオイゲンはニィッと笑った。すると、後ろからガシャリと鎖の音が聞こえて数人が歩く音が聞こえた。


「姉様!」

「アーシェ!!」


 鎖に繋がれたアーシェは数人の男に囲まれていた。ティーナとアーシェが近寄ろうとするも男たちに阻まれて近付けなかった。


「いいですねぇ。兄弟の感動の再開だ」

「なんでこんな……。まだ期限はあるはずよっ!」

「ああ、借金のですかい? 金目の物を一応一通り見ましたがねぇ。こんな調子ではいつまで経ってもかえせんでしょう」

「あ、貯金箱」


 今まで貯めてきた瓶を見せられる。家に押し入られたときに盗られたらしい。それを見たティーナはオイゲンを睨みつけた。


「そんな睨みなさんなって。なぁに、今日はティーナお嬢様に借金返済の提案をしようとしましてねぇ」

「……提案?」

「そう。貴方さん方の男爵家の爵位を売ってもらうとして、アーシェ坊ちゃんは奴隷商行き、ティーナお嬢様は娼館へ行ってもらいましょうかねぇ」

「そんなっ! そんな提案呑めるわけない!」

「おいおい、あんたらこの借金踏み倒せると思うなよ! ああ?」


 凄むオイゲンに首を竦めた。

 期限を守ってくれる気はないようだ。このままでは男爵家は他人に移りアーシェは奴隷になってしまう。ティーナは歯を食いしばった。


「……せめてアーシェは解放して。全部私が完済してみせるわ」

「姉様!」

「ほう?」

「娼館でもなんでも売り飛ばせばいい! 夜の世界でナンバーワンになってみせるわよ!」

「ははは。威勢のいいお嬢様ですなぁ。嫌いじゃないですよ。ならお望み通りに。おい、連れて行け」

「姉様!」


 男たちにぐいっと引っ張られてたたらを踏む。このまますぐに連れていく気のようだ。


「アーシェ、後のことはよろしくね。幸せになって……」

「姉様! 嫌だよ! やめてよ!」


 青い顔でアーシェに微笑むとアーシェはティーナに近付こうと暴れた。ああ、ダメだよ。暴れたらアーシェが怪我しちゃう。大丈夫だからとぐっと歯を食いしばり笑おうとしたとき。

 勢いよく扉が開いた。


「騎士団だ! 手を上げろ!」

「な、なに!? なぜここに!?」


 なだれ込んできた騎士団にオイゲン一味は逃げるすべなく捕縛されていく。

 アーシェを盾に取ろうにも統率のとれた騎士団はあっという間にアーシェを救出した。


「よかっ、た……」

「ティーナ!!」


 飛び込んできた男がティーナを掴む男たちを殴り飛ばし、ほっとして崩れ落ちたティーナを支えた。


「大丈夫か。怪我は?」

「ジーク……」


 ティーナはふるふると首を振る。怪我もなく無事な様子にジークはほっと息を吐いた。


「なんで、ジークがここに……」

「それはね、ティーナの様子がおかしいって調べたからだよ」

「マティス様!? それにシリウス様、ハインツ様も!」


 捕縛していく騎士団をよそに入ってきたのはマティス、シリウス、ハインツだ。

 ティーナの無事にみんな一様にほっとした面持ちをしている。


「ジークがね、ずっとティーナの様子がおかしいって言ってたんだ。まあ、前からおかしいとは思うんだけど最近になって高位貴族男性を狙うようになったでしょ。なにかあるんじゃないかって調べたんだよ。……あいつらから借金の取り立てをされていたんだね」

「……はい。父様が騙されてしまって……。その借金を私たちが返してきたんです。最近取り立てが激しくなってきて……だから……。迷惑かけて、ごめんなさい……」

「ううん、だからだったんだね。でも、僕たちに教えてほしかったな。僕たちはね君のこと、これまでもたくさんの事件を解決してきた仲間だと思ってるよ。悩みも解決してくれたしね。だからこそティーナにも頼ってほしかったな」


 マティスが少し悲しげに言えば気まずそうにはくりと口を開けた。

 その様子にジークはティーナの髪をなでた。


「……もしかして言えなかったんじゃないか?」

「……うん。オイゲンたちに口止めされてて……。それにあいつらは裏の世界とも繋がってるって噂だったから。みんなには危ない目に合わせたくなくって……」

「あいつら、随分と法外な利子を付けることで有名だったんだ。ずっと騎士団が追っていた奴らだったからすぐに調べはついたぜ。今日のことも捕まえるには格好の機会だったらしい。調べたがティーナたちはきっちり借金は返してる。もうこれ以上返さなくていいんだ」

「ほんとう……?」

「ああ、がんばったな、ティーナ」

「うわぁぁあん! ありがとうっ! ジークっ! ありがとう! みんな!」


 よかったよぅと堰を切ったように泣き出すティーナをみんなは優しい顔で見つめる。

 ティーナが落ち着くまでジークはいつまでも抱きしめ続けた――。







「ティーナここにいたのか」

「ジーク!?」


 校舎庭の木の枝に座ってぼけーっとしているとジークが登ってきた。


「お前、なにかあると木に登るのやめろよ。危ないだろ」

「大丈夫よ。落ちたことないもん」

「そうかよ」


 しばらく二人は木の上からの景色を見ていた。今日の静寂は心地いい。いつも隣にジークがいてくれることにティーナは落ち着くようになっていた。


「あの……。ありがとね。気付いてくれて」

「いや、気付いても俺ひとりじゃどうしようもなかったけどな。だからマティス様たちに助けを求めたんだ。俺に助けを求めることを教えてくれたのはティーナだぜ? 教えてくれた本人がひとりっきりでがんばるなよな。次からは絶対に俺たちを頼ること」

「うん」

「……それで、ティーナは金に困ることはなくなったわけだけど。……なあ、まだ俺のこと考えてくれないのか?」

「……」


 真剣な顔で見つめるジークにきちんと話さなければと思った。このまま何も言わないで中途半端にするのはジークに失礼だ。


「……実はね、私にはいくつかの記憶があるの」

「記憶?」

「うん。記憶というかシナリオみたいな。何人かの男性と恋人になれるルートが見えたの。……それを使って私は男性に近付いた」

「……マティス様たちか」

「うん。マティス様たちと仲良くなりたいのも悩みを解決したかったのも本当だけど、悪いことしちゃったな」

「……もしかして俺もその中に入ってる?」


 ティーナは申し訳なさそうにこくりと頷く。


「ジークに告白にされたときその記憶が流れ込んできたの。……だから怖かった。今までのことは全部シナリオ通りだったんじゃないかって。ジークのその気持ちは作られたものだったんじゃないかって。だから告白も断っちゃったの」

「ティーナ」


 泣き出しそうなティーナの頬をそっとなでる。

 それにティーナが顔を上げればとても優しい顔をしたジークがいた。


「シナリオ通りだったとしても。それでもきっと俺はティーナのこと好きになるよ。シナリオが終わってもな。何度だって。ティーナがティーナである限り」

「ジーク……」

「ティーナ、好きだよ。何度だって好きになってみせる。だから、聞かせてほしいんだ。ティーナの本当の気持ち」


 ぽろっと涙を流した。その涙をジークが拭ってくれる。その感覚にティーナは微笑んだ。


「大好きだよ! ずっと、ずーっとジークのこと好きだったの!」


 ぎゅっと抱きつくとジークは優しく抱きとめてくれた。そして二人は見つめあう。


「はは、これでようやく両思いだな」

「うん! ずっと私のこと好きでいてくれてありがとう」


 二人は目を閉じると顔を寄せあった。想いが通じた男女は静かに唇を合わせた。



 ――記憶が蘇ったことで挫けてしまったヒロインは攻略対象者の愛でもう一度手を伸ばす勇気を手に入れた。

 もう、迷うことはないだろう。だってヒロインと攻略対象者はもういない。ティーナとジークでしかないのだから。

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