第4話

 それは、文化祭を直前に控えたある日のことだった。


 パート練習の前日、いつもなら真雪先輩から、詳しい時間や場所の確認メールが届くのに、その日に限っては送られてこなかった。


 なんだかちょっと、変な予感がしたので、念のために真雪先輩にメールを送ってみる。もしかしたら、私が日付を間違えているのかもしれないし。


 しかし前日の二十三時を過ぎても、うんともすんとも返事がない。諦めてその日は眠ってしまった。


 翌朝になっても、まだメールは来ていなかった。それに加えて、真雪先輩は朝練にも姿を見せていない。雪でも降るのかと思うくらい、珍しいことだった。


「美冬先輩、今日ってパート練ですよね? 真雪先輩にメールしても返ってこなくて心配で」

「あ、うん。パート練のはずだけど……」

 

 気になって確認してみたけど、美冬先輩も事情を知らないようだった。


「とりあえず、後で見かけたら、確認しておくね」

「お願いします!」

 

 とりあえず美冬先輩にあとのことはお願いするとして、私は一旦その件については気にしないことにした。


 三限目の体育の時間に、グランドで桜花と顔を合わせた。桜花とはクラスが違うけれど、体育の時間だけは同じなのだ。


 過ごしやすい季節を通り過ぎて、校舎の外は思っていたよりも肌寒い。


「寒ぅ……」


 両手で自分を抱えるように身を震わせていると、桜花は真面目な顔をして話し出す。


「菜奈、ちょっといい?」

「うん、どうしたの?」

「真雪先輩から、連絡来てる? 今日のパート練習の」

「ううん、来てない。真雪先輩、朝練にもいなかったし、美冬先輩も知らないって」


 私がそう言うと、桜花は心底心配しているという様子で、ため息をついた。


「とりあえず、私たちにはできることもないし、行こう?」


 珍しく暗い顔をした桜花に声をかけて、私たちは他の生徒に混じってグランドを走り始める。今日は持久走で、準備運動を終えたら各自のペースで、時間いっぱい走るだけだ。先生も楽そうだし、私たち生徒も気楽で良い。


 空は青く澄んでいて、気持ちがいい。きっと真雪先輩のことだから、こんなに晴れているのに教室にいるなんて勿体ない、とかなんとか言って、どこかに遊びに行ってるんじゃないかと思う。


 それにしても、パート練習を忘れているということはないと思うから、そのうちにしれっと連絡が来るだろうと思うのだ。


 いつもは真面目に体育に参加する桜花だけど、今日は私と少しだけ話しながら、ゆったりと走っていた。


「真雪先輩、最近疲れてそうだったから、ちょっと心配なんだ」


 桜花はそう言う。私はそんなことちっとも気づかなかった。


 やっぱり桜花にとって、真雪先輩は特別な存在なのだろうなと思う。私だって、美冬先輩と突然連絡が取れなくなったら、多分かなり動揺してしまうと思うから、そんなものなのかもしれない。


 私たち後輩にとって、サシ練のパートナーの先輩というのは、生まれたての雛鳥にとっての親鳥のような存在なのだと思う。おんぶに抱っこ、というわけではないけれど、やはり最初に指導してくれた先輩を好きになるのは道理だと思う。


「桜花は、真雪先輩のことが本当に好きなんだね」


 私がそう言うと桜花は、


「……別に、普通だよ。こんなの」


 なんて言うけれど。それがただの照れ隠しだってことは、誰の目にも明らかだと思った。


 ふと、この間の美冬先輩とのやりとりが蘇る。『何かに夢中になっている人』って、美冬先輩の好きな人って、誰なんだろう。


 そのことを考えると、なんだかソワソワとして、落ち着かない気分になる。


 桜花も、そうなんだろうか。真雪先輩の好きな人が誰かとか、気になったりしないのだろうか。


 真雪先輩は左手の薬指に、ずっとペアリングみたいな指輪を付けている。いつも適当にはぐらかして、相手が誰かとか教えてくれないけれど、どうせ年上の素敵な彼氏からの贈り物に違いないのだ。


 ……もしくは、彼女の可能性もあるけれど。


 もしかしたら今日も、授業をサボってこっそりデートしてるんじゃないかとか、私なんかは思ったりするのだけれど、真面目な桜花にそんなことを言ったら怒り出しそうだから黙っておく。


 色々と考えながら走っているうちに、チャイムが鳴ったので、持久走は終わりになった。歩きながら整理運動をして、太ももやふくらはぎをポンポン叩きながら、息を整える。


 ふと、桜花のほうを見ると、やはり同じように息を整えているけれど、どこか上の空だった。……よし。


「桜花ー! 元気出して!!」

「えっ……ひゃっ!」


 ぼーっとしている桜花を、後ろから羽交い締めにする。そのまま3秒くらいぎゅーっと抱きしめて、肩をトントン、と叩いて、身体を離した。


「びっくりした、もう」

「えへへっ。ちょっとは気合い入った?」


 突然のハグに驚いた桜花は、狙いどおり、いつものしっかりした表情に戻っていた。


「……ありがと」


 ちょっと照れているのか、小さな声でそう言う。微笑む顔は、やっぱり美少女だ。


 かっこいい美人に、美少女に、天使様。素敵な女の子たちに囲まれて、私はなんだか得してるなぁ、と思うのだ。

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