第2話

 美冬先輩と並んで、駅前までの道を歩く。駅前といっても、高校の最寄り駅には買い物するような場所は何もないから、私たちが向かっているのは、その一つ隣の、繁華街のある駅だ。


 歩いて行くと二十分ちょっとかかるけど、なんとなく交通費を浮かせたくて、一駅くらいなら歩いてしまうという生徒は多いのだ。それに、好きな人と一緒に歩けば、二十分なんて、むしろ短いくらいだった。


「もうすぐテストですねー。嫌になっちゃう」

「来週には、部活もお休みになっちゃうもんね。今のうちにやれるだけ練習しておかないとね」

「はーい」


 私のしょうもないネガティヴ発言にも、天使の微笑みをくれる美冬先輩。可愛すぎてどうにかなりそうなんですけど、どうしてくれようか。いや、どうもできないけど。

 

 そんなことを考えつつ、美冬先輩の可愛らしさに癒やされながら、お目当てのカフェについた。いつもの駅前のチェーン店。バイトもしていない高校生が毎日来るにはちょっとお高いけれど、テスト前だけは特別だ。


 同じように考える生徒達も多いようで、店内は、似たような制服を着た高校生の客で賑わっていた。


 鞄を席に置いて、交代で飲み物を注文しに行く。私は一番安いコーヒーを、美冬先輩は紅茶を頼んでいた。


「菜奈って、ブラック飲めるんだ……」

「美冬先輩、飲めないんですか?」

「うん。私は紅茶派。コーヒーの時は、お砂糖とミルクたっぷり」

「あー、なんとなく、そんな気がしました」


 コーヒーを一口飲んで、そんなことを話す。私は見かけが子供っぽいのか、ブラックコーヒーを飲んでいるのが意外に見えるらしい。そういえば、前にクラスメイトにも同じことを言われた。


「桜花もブラック派ですよ、確か」

「そうなんだ。じゃあ……フルートパートで飲めないの、私だけなんだ」

「……ってことは、真雪先輩も、ブラック派なんですね。こっちはイメージどおりだけど」


 真雪先輩は、私たち後輩にはフレンドリーだけど、昔はもっとクールな感じだったって、前に誰かが言っていた気がする。なんとなくそのイメージと、ブラックコーヒーはしっくり来る気がする。


「私は単純に、クリームたっぷりの甘いお菓子に合わせるのに、苦味のあるものが恋しくなるだけですけどね」

「それ、真雪も同じこと言ってたかも。なんか二人とも大人って感じ」


 美冬先輩はそんなことを言って微笑む。その天使の笑顔の前には、大人とか子供とか、もはや関係ないのではないかという気さえしてくるけど。


「美冬先輩と真雪先輩は、よく一緒にカフェとか行くんですか?」

「うん、時々ね。最近は行ってなかったけど、そろそろテスト前だから、また行くかも」

「あー、テスト、憂鬱。……でも、いいですね、そういうの。親友って感じで」


 美冬先輩と真雪先輩は、同じ部活の同じパートのうえに、同じクラスということもあって、ずいぶんと仲が良く見える。『親友』ってやつですね!と言うと、美冬先輩はなぜか照れていたけれど、そういう関係って、なんだか憧れる。


 私にだって、親しい友達と呼べる人は何人もいるけれど、じゃあ誰か特別に仲の良い一人を選べというと、ちょっと悩んでしまう。そのあたり、美冬先輩と真雪先輩は、お互いがお互いのナンバーワンって感じがするから、わかりやすくていいなと思う。


 そんなことを考えていると、ふいに美冬先輩が真面目な顔になって言った。


「それで、菜奈。話があるんだけど」

「あ、はい、そうでした。……なんでしょう?」


 そうだ。デート、なんて浮かれていたけれど。そもそも今日は、美冬先輩からの直々のお呼び出しなのだ。一体、どうしたんだろう。


「菜奈、生物、苦手なんだって? 前回、赤点だったって聞いたけど……大丈夫?」

「え、確かに、生物は前回赤点でしたけど……なんで、それを?」

「桜花に聞いたの」


 ……桜花の馬鹿。よりによって、そんな恥ずかしい話を美冬先輩にするなんて。憤りかけたそのとき、美冬先輩がカバンの中から、何やら本を取り出してきた。


「だからね、これ。良かったら、見て?」

「ええと、これは……」

「私が去年使っていた参考書。まだ受験で使うからあげられないけど、試しに使ってみる? 結構、わかりやすいから」

「わああ、ありがとうございます!」


 参考書をパラパラとめくると、付箋やマーカーが綺麗に引いてある。一年前に購入したものとは思えないほど、それは元気に仕事をしている様子だった。


「もし、よかったら、今日少し勉強していく?」

「いいんですか!?」


 あまりの優しさに、頭の中がふわふわしてくる。どうしよう、すごく、すごく嬉しい。


「遠慮しないで。菜奈の面倒を見るのは、私の仕事だから。サシ練の続きだと思って、ね?」

「はい!! ありがとうございます!!!」


 元気いっぱいに返事をして、私は美冬先輩に生物を教わることにした。サシ練の制度に心から感謝した瞬間だった。

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