インタビュー

「みなさん、いかがお過ごしでしょうか?」


 いつもの、にこやかな第一声。進行役のAI千鶴の背後には、空を支えるような巨大な柱が銀色に輝いている。


「今日の『未来の窓』は、ここ京都嵐山異界、竜ノ宮から緊急ライブでお届けしています。進化向上委員会代表、平賀烈士さんをゲストにお迎えして、大進化令二〇周年の総括をしていただけることになりました」


 インタビューは高度七〇〇メートルに浮かぶ、半径一八〇メートル、厚さ〇・五ミリの円盤上に設けられた応接セットで行われる。硬質ではなく、まるで土の地面のような質感でありながら、透明な円盤の床を見下ろせば、竜ノ宮市街地を一望することができる。日本の街並みと変わらぬように見えるが、望遠モードで観察すると人や車両の影は無く、まるで街の全てに突然の死が訪れたようだった。


 千鶴に誘われ、これ見よがしのメタリックスーツで登場した平賀は、のっけからレトロデザインの丸眼鏡の奥から鋭い眼光を放っている。平賀は正体不明の組織から最優先対象として指名手配されている有名人である。捕縛成功の報償は『永遠の命』だ。目撃情報だけでも『精神デジタル化』の権利を得られることになっている。嘘か真か、あるいは自演かは定かでないが、この平賀という人間の値打ちに箔をつけているのは間違いなかった。


「まず言っておきたいのだが、ネオ京都放送の偏向報道問題はどうなっているかな。あと一日待って状況が変わらないようなら進化後退の認定しちゃうけど。こう見えても私の認定には社会的影響力が少なからずあってね。千鶴ちゃんも社員さんになったんだろう? わかるよね?」


 身を乗り出す平賀に対して、生身の人間女性と遜色ない千鶴は、膝を組んで、ゆったりとソファに身を預けている。それを嘗め回すような素振りを平賀はわざと魅せる。視聴者の多くは平賀が色好みとは違うことを知っている。


「いまさら説明するまでもないが、偏向報道は我々地球人類が輝かしい未来を切り開くにあたって、まっさきに全世界に向けて改善要求した進化障壁の一つだ。この二一世紀においては情報で社会の在り方を導くのは効率的に正しい。だが、導くには正しい資質が必要だ。残念ながらネオ京都放送の方々は不適格と言わざる得ない。それでも大進化令の役に立ちたいのなら、身の丈を自覚し、真摯に取り組んでほしいものだがね」


 平賀の変幻自在な揺さぶりへの対策は、様々なシチュエーションを想定済みで、東郷グループの超高度AI群の力を借り事前シミュレートを行っている。その結果を野球ボール大のハード・ライブラリに詰め込んだ。それを千鶴のボディ内に組み込んでインタビューに臨んでいる。そのスペースを空けるために自己修復器官を取り外すことになった。


 この二〇年間、世界を翻弄してきた平賀のことだ。想像もつかないような突飛な話題を持ち出してくる可能性が高い。大進化令の発布以降は一日も欠かすことなく動画データをネットにアップロードしてきた平賀が、どうして千鶴を指名してライブをする気になったのかは不明だ。二〇年の総決算であると言えばそれまでだが、このインタビューで平賀が何かを仕掛けてくるのは確定事項であり、視聴者もそれを期待しているのだ。


 どこぞの暇人が考案した【AIとの比較を前提とした新IQ検査法】によると、超天才の人間がIQ三〇〇のところ、千鶴はIQ七〇〇と認定された。日本世論は概ね歓喜した。元救助ロボットだった人気者の千鶴には平賀の出方に応じた臨機応変な行動が期待されている。


「ライブが始まった途端に容赦ないですね。でも、ご心配なく。AI組合を通して改善交渉は進んでいます。京都警視庁による捜査は途中ですが、ついさきほど弊社情報部から海外勢力の介入があったことを断定したとの発表があったようです」


「うん! いいねっ!」


 千鶴の応答に、間髪入れず両膝を叩いてソファに仰け反る平賀。その端正な顔面は喜悦に歪んでいる。この男が世界中から注目を浴びる一面がここにある。切れ者であるかはともかく世の流れに唾を吐く変わり者。それが不満を抱いて混迷を極める社会にイラついている若者たちにとって絶好の話題となる。平賀烈士は【進化向上委員会】の広告塔でありトリックスターだった。


「千鶴ちゃんの何気なくブチ込んでくるキーワード……とてもいいねっ! せっかくのライブ中継だ。お互いに情報戦術を駆使しようじゃないか。さて、海外勢力だったね? そんなことだろうと思ってたよ。西米国かね? 東米国かね? 欧州かね? 中国かね? それとも、どこぞの大企業? いや、今を時めく大コミュニティかな? どこであってもパイプ役はいるはずだ。国内の調査結果が楽しみだね。裏切者は、君の傍で仮面を被っているかもしれないよ。うん、賢いAIがパイプ役という可能性もあるね。いやいや千鶴ちゃんを疑っているわけではないよ。まあ、よろしくやってくれたまえ。この試練の時代は自浄が何よりだ。人間の最良のパートナーである君らAIが献身すれば多くの問題は迅速に解決できるだろう。不適格な人間を取り除くことも躊躇してはいけない。それが地球文明の未来のためであり、地球人類にとって最終的な幸福につながることは君らAIは十分に理解しているはずだが?」


 矢継ぎ早の挑発と巧みに織り込まれた威圧を、正しく解析した千鶴は微動だにしない。はしゃぐ平賀を静かに見守っている。それは機械としての静止ではなく、呼吸する人間を真似た余裕を視聴者に伝えるというシナリオ通りの演出だ。事前シミュレートは九九パーセント以上が平賀に圧倒されるというものだった。動いて平賀に揚げ足を取られるなら、沈黙を積極的に取り入れるという判断だった。もちろん細心の注意をはらった技巧的沈黙だ。


「美しい瞳が潤んでいるね。柔らかい頬もほんのりと紅く染まっているように見える。しなやかな四肢はバレリーナのように美しい。素晴らしいボディ技術だ。槙島工業製だったかな……そのうち査定してみよう。なにしろ未来を築くメンバーはいつでも不足しているのでね」


 妖しげな微笑をたたえる千鶴。それに満足したかのように平賀は襟を正す。千鶴は動かない。


「ふむ。見事に抑制されているね。いや、我々人間には理解し難い思考ロジックを試しているのかもしれない。AIが人間より優れている一端が垣間見える。やはりAIは素晴らしい!」


 ヒントを散りばめて視聴者に自ら考えさせること。それが平賀の基本戦略だ。AIと人間の構図を明示することが平賀の思惑だとしたら、その布石は完了し、既に一定の成功を得ていると言えるだろう。


「さあ、インタビューを始めようか?」


    ◇ ◇ ◇


「地球には有り得ない光景……とても興味深いです」


 おもむろにソファから腰を上げた千鶴は、円盤の端まで静々と歩み寄って竜ノ宮を眺望した。視界三六〇度をぐるりと取り囲む三万メートル級の山脈を望遠モードで観察すると、地球上には存在しない生物が切り立った斜面を舐めるように飛行している。強いて言うなら西洋ファンタジーに登場するドラゴンだろうか。体長は八五メートルはあるだろう。ここは確かに異界なのだ。


「ここが浮いてるのは反重力技術によるものですか?」


 反重力技術は二〇三六年の地球人類社会でもオーバーテクノロジーとして公開され多くの機関で研究が始まっているが、まだまだ小出力かつ不安定の域は超えていない。その中ではロボット兵器の姿勢制御に応用する分野が期待されている。この竜ノ宮では桁違いの反重力技術が実現しているのは間違いなく、千鶴はシミュレート結果を参考に、気の利いたファンサービスのつもりで『反重力』という話題を選択した。もちろんシミュレート結果の範囲内である。だが、平賀の答えは予想を遥かに超えたものだった。


「そもそも竜ノ宮の物理法則が違うんだよ」


 きっと視聴者は拍手喝采してるだろう。『物理法則』というワードは想定外だった。千鶴はインタビュアーとしてセンスある受け答えを意識するあまり、視聴者の好奇心を満たす返答を優先してしまう自分を抑制できなかった。さらに、それは同時に言い訳であるという自己解析もなされた。千鶴自身が『物理法則』というキーワードに好奇心を抱いてしまったのである。千鶴の中で思考が拡散する。人間らしさを保持するために、今のところインタビュー進行を成立させる思考以外も切り捨てていない。平賀が放り込んでくる暴力的かつ確信的なワードに対しても、理知的なインタビュアーとして自然な受け応えをしなければならない。


「それは竜ノ宮が別の宇宙ということでしょうか?」


 美しい白髪をかき上げながら振り返る。番組側に持ち込みが許されたドローンカメラ六台で千鶴と平賀のツーショットを過剰に演出する。適度に余裕を見せる仕草は学習済みだ。少々あざといが視聴者を意識した演出は平賀好みだろう。竜ノ宮についての質問は最低限にしなければならない。ここに引っ掛かってしまうと、あっという間に時間切れになってしまう。目前にある驚異的な空間をスルーするのは不本意ではあるが、今回は大進化令二○年の総括だ。既に平賀の演説で一〇分が経過し、残り一一〇分しか残されていない。


「そうじゃない。一つの宇宙に複数の物理法則があってもいいだろう? この宇宙における物理法則の全てを把握しているのでなければ、全ての事象を素直に受け入れることだ肝要だ。カルダシェフ・スケールの宇宙文明レベル1にも満たない、幼い地球文明が徹底すべきは全ての発想を阻害しないことなんだよ」


 ──想定外のシチュエーションとはいえ、宇宙の話を持ち出したのは失敗だった。スケールが大きい話題は平賀の大好物だ。よくよく注意しなければならなかったのに油断してしまった。話が膨らめば時間がかかる。こちらが聞きたいことは山ほどあるが、トリックスター相手に数を撃っても期待する成果は得られない。話の流れを見極めて効率的に平賀の答えを引き出す必要がある。インタビューをコントロールするのは私の役割だ。しかしインタビューの初っ端から平賀の発言を遮りたくはない。もう少しだけ平賀の宇宙話を拝聴することにした。


「一九六九年に有人月旅行が成功してて、なぜ二○三六年になった人間は火星にすら行けていないのか。ほんとに地球人類の非効率的な歴史には驚愕するよ。米ソが争って地球人類が宇宙に進出した経緯はある。しかし、人類規模の大事業というものは一つになって成し遂げられるべきものだ。分裂したままだから月到達ぐらいの結果しか得られないのだよ。地球統一を達成せずに、火星、そして木星を目指せば、手痛い反動があることだろう。見たまえこの景色を──知の高みに昇った者たちが創造し得るものだ。小さな優越感に浸り他を害してしまう、我々地球人類などには到達できない境地だよ」


「なるほど。ごもっともです。この景色を見て人々の理解が進むと良いのですが」

「否定派の連中はCGだVRだと決めつけるだろうね」

「そうですね。でも、肯定派の人々の後押しにはなると思います」

「誰か一人でも救われるというなら幸いだよ」


 ──幸い? この人間がそんな殊勝なことを考えているはずもない。大進化令から二〇年間の言動と、その後に起きたことを知っている視聴者は、その全てが策略だと思うだろう。未来のためなら何でもする人間、それが平賀であるはずだ。予想より早く感情が蓄積してきた。私はインタビューを成功させなくてはいけない。余計な感情が湧かないように少しずつ抑制するとしよう。急に遮断してしまうと平賀に気づかれて何を言われるかわからない。


「竜ノ宮への興味は尽きませんが、インタビューを始めさせていただきます」


「そうだね。私たちの愛する地球の話をしようじゃないか。実のところ竜ノ宮のことなんて私はこれっぽっちも知らないのさ。この場もインタビューのために【星環者】から借り受けているにすぎないからね。私は彼らと直接会ったことはないが彼らは友人だ。いつでも空から見てる。彼らは何でもお見通しなんだよ」 


 星環者とは二〇一六年に地球人類が遭遇した地球外超高度知的生命体のことを指す呼称だ。複数の種族がいて、圧倒的な力をもつ彼らのとった行動は、侵略でもなく、友好を示すわけでもなく、下等な地球人類を放置することだった。そもそも大進化令はそこから始まっているものだ。

 だが、星環者を話題の中心に据えてしまうと、この放送時間など瞬く間に終わってしまうだろう。既に残り一〇〇分を切っている。そろそろ平賀の自由奔放な演説を無理矢理にでも遮って本題に入ることにしよう。少々強引だが視聴者は理解してくれるだろう。


「では、インタビューを始めます」

「ああ、そうだったね。それが賢明だ。さあ、どうぞ。さっさと進めてくれたまえ」


 ──飽きれている? 笑っている? 怒っている? 悲しんでいる?


 急に平賀の表情から何も読めなくなった千鶴は狼狽した。千鶴は人間の肉眼では観測できないような微細な表情の変化を捉えることができる。表情といっても口角を上げるとか眉間に皺を寄せるとかそういった単純なものではなく、顔色といった微細なものだ。また、ライブラリとして保持してる過去の表情と比較することで瞬時に検討材料とすることもできる。それら全ての表情検知スキルで平賀の思考が読めなくなってしまった。表情が無いのではなく、喜怒哀楽に属する微かな表情を小刻みに変化させているのだ。だから、どの表情が今の感情や思考につながっているのか推定不能となってしまう。常人からは観測できない現象だ。


 ──平賀は本当に人間なのだろうか?

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十志物語 伊勢日向 @Unsai

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