第189話 七つの傷を持つロンリー。

「それじゃあ、配信まで、5秒前……3……2……1……!」


 九条くじょう さんが指を折りながらカウントダウンをしていって、0になった瞬間、M・M・O・Wメリーメントオンラインワールドのテーマ曲が流れる。

 同時に全身タイツの六都美むつみさんが元気よく両手を振った。そしてその横には、無表情で突っ立っている七瀬ななせさんがいる。


「みんなー、こんにちわー! 今日も全力はなまる元気! コジローだヨ!」

「ナナシだ」


 うん、なんというか、めっちゃシュールだ。


 配信画面には、全身タイツの六都美むつみさんに連動して、インファイターのチャイナドレス姿の〝コジロー〟が可愛く両手をふっている。

 そしてその隣には、境界術師の和洋折衷ドレスを着た〝ナナシ〟が、横柄な態度で立っている。


 いつも見ているM・M・O・Wメリーメントオンラインワールドの公式チャンネル『巌流島チャンネルW』そのものだ。


 FUTAHOさんのつきそいで、テレビの収録スタジオには何度かお邪魔したことがあるけれど、VTuberの収録スタジオは初めてだ。


 俺は、その規模の違いにビックリしていた。


 テレビだと、収録スタジオには何十人もの裏方さんや見学の人がいる。収録スタジオも無茶苦茶大きい。

 でも、今、六都美むつみさんと七瀬ななせさんが立っているスタジオは、六畳間くらいのスペースで、編集作業をしているのは九条くじょう さんたったひとり。


 大手ゲームメーカーの公式チャンネル、しかもチャンネル登録者数が50万人を超える大人気チャンネルが、こんなにも小さなスタジオで収録されていることに、俺は驚いていた。


 ライブ配信には、ユーザーからの書き込みが、ものすごいスピードで流れていく。


『コジローちゃんこんにちわ!』

『ナナシ様今日もお美しい!!』

『それより、本題早く早く!』

『今日、M・M・O・Wメリーメントオンラインワールドのプレイアブル版ライブ配信の日だよな』

『早く見たい!!』


 六都美むつみさんと七瀬ななせさんは、そのコメントを確認しながら、アドリブでリアクションを返す。


「アハ♪ さっそくコメントありがとう!」

「よく見ろコジロー、今日はナナシたちをねぎらうコメントばかりではないぞ」

「ほんとダ! 半分以上、M・M・O・Wメリーメントオンラインワールドの画面公開のリクエストだったヨ」

「ぷんすか。ナナシ、やる気なくなった。今日の公開は中止にしよう」

「ちょ、ちょっと! ナナシの都合で勝手に中止しないでヨ!

 せっかくスタジオに、〝フーター〟さんと〝ロンリー〟さんが遊びに来てくれてるんだヨ」

「ふむ、そうだった。はるばる稚内と西表島から来てくれたのに、そのまま返すのは大人げないな」


 〝ナナシ〟のコメントに、掲示板の書き込みはさらに賑やかになっていく。


『え! フーターとロンリーって、そんな遠くから来たの?』

『旅費がえぐいw』

『だまされるな! どうせナナシのでまかせだ』

『だな。〝フーター〟と〝ロンリー〟ってリア友だろ? じゃないとあんなに頻繁に共闘やんないだろ』

『シェアハウスでもしてるのかな?』

『ひょっとしたら、同棲カップル!?』

『いや、ふつーに兄弟だろ』


 七瀬ななせさんは、コメント欄をチラ見するとコメントのひとつに素早く反応した。


「む? 鋭い視聴者がいるな! ご名答、〝フーター〟と〝ロンリー〟は姉弟きょうだいだ!」


 その言葉に武蔵さんが青ざめた。その表情には「なんでバラスんだヨ!」って書いてある。


『マジか!』

『兄弟か! どおりで!!』


「ふーむ、どうやら皆、〝フーター〟と〝ロンリー〟に興味深々のようだな。

 では教えてやろう。〝フーター〟が兄で、〝ロンリー〟が弟だ。

 ちなみに、弟の〝ロンリー〟は、胸に七つの傷を持つ男で、兄の〝フーター〟は、身長3メートルはくだらない大男。今日は仲良く巨大な馬、黒王号こくおうごうにまたがって、パッチワークスエンタテインメントにやってきたぞ」


『ちょ、それ世紀末救世主伝説w』

『お前はもう死んでいるww』

『わが人生に一片の悔いなしw』

『ナナシ様お得意の大ほら吹きだった(/・ω・)/』


 六都美むつみさんは、その書き込みを見て、ほっと安心した表情をみせると、右手を大きくスナップをきかせて、七瀬ななせさんの豊満な胸に突っ込みを入れた。


「コラ! ナナシ!! デタラメ言わない!

 あと、視聴者のみんなも、〝フーター〟さんと〝ロンリー〟さんへの質問はNGってことでヨロシク!」

「うぬ。ふたりは一般人なのだ。配慮を頼む。代わりにわれらの今日のパンツの色を教えてやろう! 今日のナナシは黒のレースだ!」

「ボクは、オレンジ色のギンガムチェックだヨ! ってコラ! 何言わせるんだヨ!」

「ちなみにブラもおそろいだ。ん? くだらないことを言っていたらゲームの準備が整ったようだ」


 七瀬ななせさんは、両手でオッケーサインを出している九条くじょう さんを見て話題をかえる。それに六都美むつみさんがのっかった。


「そんじゃ、皆さんお待ちかねのM・M・O・Wメリーメントオンラインワールドのプレイアブル試写会を始めるヨ!」


 六都美むつみさんの掛け声に合わせて、九条くじょう さんが配信画面をゲーム画面にスイッチングする。


 配信画面は、広々とした大草原に切り替わった。そしてそこには、レザーメイルを着た男性キャラひとりと、女性キャラふたりが映っていた。〝ロンリー〟と、〝フーター〟、そして九条くじょう さんがあやつる〝ねぎっこ〟だ。


『うわ! 画面めちゃキレイ!』

『マジでこれが動くのかー』

『あれ? 三人いる?』

『三人? なんで』


「今日もテストプレイは、〝フーター〟さんと〝ロンリー〟さんに加えて、案内役として『巌流島チャンネルW』のディレクターの〝ねぎっこ〟が参加する予定だヨ」


 六都美むつみさんが説明をするなか、九条くじょう さんが話しかけてくる。


「それじゃふたりとも、体験プレイを始めるし!」

(マイクが無いから、配信には九条くじょうさんの声は聞こえていない)


「りょーかいのすけ!」

「りょーかいのすけ!」


 俺と二帆ふたほさんは、謎の業界用語で答えると、フーター〟と〝ロンリー〟そして〝ねぎっこ〟は、M・M・O・Wメリーメントオンラインワールドの広大な草原を走り出した。




 

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