幕間劇
第187話 ふたりの秘め事
「わぁ! すごいお屋敷!! てか、お庭広すぎ!!
なんで家の中に池があるの? 日本庭園があるの??」
その少女は、まるでリスのようにクリクリとした瞳をことさらに丸くする。
肩の上できれいに切りそろえた髪を、お魚型のヘアピンでサイドに留め、服装は淡い水色の七分丈のシャツとキュロットスカートにニーソックス。靴はぺたんこヒールのスニーカー。
少女の、活発な性格をそのまんま表したようないでたちだ。
少女の名前は、
とある高校に通う三年生。そして、つい最近、少女漫画誌『月間はなとちる』の増刊号でデビューした漫画家のタマゴだ。
「ごめんねコロちゃん、休日なのに無理言って。
新作ネームを
「そんな……全然かまいませんよ」
顔を赤らめつつ答えたのは、長すぎる前髪を、
少年の名前は、
少女と同じ高校に通う一年生だ。
少年と少女はふたりつれだって、洋館のお屋敷の中に入る。
ギイイイ……。
きしむ音を立てて開いたドアの先の光景に、少女は感嘆の声をあげた。
「うわああ! 何、この階段!?
おっきい! 総理大臣がお披露目会をする場所みたい!!」
「
少女が言っているのは総理大臣官邸内の西階段のことだろう。
確かにいささか大げさな表現ではあるが、しかしその屋敷の正面ホールは見事だった。とても個人邸宅のそれとは思えない。
少女は、キュロットスカートのポケットからスマホを取り出すと、パシャパシャと撮影を始める。
「部屋の数っていくつあるの?」
「えっと……よくは覚えてないですけど、二十部屋くらいはあるはずです」
「ってことは、コロちゃん専用の部屋もあるの? コロちゃん、五人兄弟なのに??」
「ぼくの部屋はみっつです。個室と寝室、あとドレッサールームがあるんで」
「ドレッサールーム?? なにそれ!? すごすぎなんだけど!!」
少年は、少女を連れ立って屋敷の中を案内する。
「すごーい! リビングひろーい! シャンデリアおっきい!」
「ナニコレ? このダイニングテーブル長すぎない!?」
「この冷蔵庫って業務用だよね!! うわ! ワイン専用の保管庫まであるの??」
「ちょっとちょっと! お風呂のお湯が、ライオンの口から出てるんだけど!!」
少女は、部屋を案内されるたびに感嘆の声をあげ、少年はそのたびに頬を染める。
「じゃ、ぼくの部屋を案内しますね」
ギイイイ……。
きしむ音を立てて開いたドアの先の光景に、少女は、きょう六度目の感嘆の声をあげた。
「わ! すごーい! 可愛い!」
その部屋は、ずいぶんと使い込まれた(アンティークといったほうが適当か)家具がならび、その上には、少々似つかわしくない、イマドキの美少女フィギュアが並んでいる。
そして、同じく使い込まれた艶の良いデスクテーブルには、これまた似つかわしくないディスクトップパソコンとヘッドマウントディスプレイが置かれてあった。
「この部屋は、ほとんどゲーム部屋って感じです。ぼく、勉強はリビングでやっちゃうから……」
少年の説明をよそに、少女はスマホを構えて、今までの部屋よりもずいぶんと念入りにスマホのシャッターを押している。
「あ、あの、
「ごめんごめん! でも、すっごく役に立ったよ!!
アタシ、男の子の部屋って
「え? 男の子?」
「あ……そっか……」
少女は、少年のことを男の子と言ってしまったことを激しく後悔した。
幼馴染からようく聞かされていたではないか。この少年は、まだ自身の性を決めあぐねていると。
「……あの……えっと、コロちゃん?」
少女は、少年を見た。
自分よりもはるかに可愛らしい恰好をした、まるでお人形さんのようなその姿を見て、自分の軽率極まりない発言を心の底から謝罪しようとした。
でも、少年は笑っていた。陶器のように白い頬を紅潮させて笑っていた。
「うれしいです。
ぼく、
「え? ……う、うん」
少女は、顔を赤らめた。
そっか、アタシ、ふたりっきりで男の子の部屋に来ているんだ。
少年は、少女を、クローゼットへと案内する。
そこには可愛らしい服が並んでいた。少女はそのうちのひとつ、水色のアウターを手に取った。
「あ! これ可愛い♪」
「それ、
その提案は、決して裕福とは言えない少女にとって、とても魅力的な提案だった。けれど、
「ダメだよ! そうゆーのは無し!」
少女はキッパリと断った。
「この前はさ、ビックリする程高いお洋服を買ってもらっちゃったけど、アタシ、そーゆーの良くないと思うの。
だってこのままだとアタシ、どんどんコロちゃんに甘えていっちゃう。
だからさ、今後はそーゆーのは無し!!」
「……はい。わかりました」
少年は、少女のこういったところが好きだった。
ちょっと変わった自分の価値観を、ありのまま受け入れてくれる。
そして過ちがあればピシャリと注意してくれる。
少年は、長すぎる前髪を留めたお魚ヘアピンをそっとなでた。
少女と一緒にお買い物にいって、おそろいで購入したヘアピンだ。
そのヘアピンは、千円にも満たないプチプラブランドだ。
だけど、少年にとっては、かけがえのない宝物だった。
このヘアピンが勇気をくれる。なりたい自分を肯定してくれる。
この人の前なら、自分は正直でいられる。
「最後に、ここがぼくの寝室です」
「わ!? ナニコレ?? お姫様のベットじゃん!」
天蓋がしつらえたベットは、豪華な、しかし派手すぎない純白のレースでぐるりと囲われている。
夕日が差し込み、オレンジ色に染まるその様は、まるで童話の世界から抜け出したように幻想的だった。
少女は、その幻想的な空間を、ひととおりスマホでパシャパシャと写し終えると、少年と一緒にベットにこしかける。
「いーなー。すっごく素敵。アタシの部屋にもこんなベッドが欲しいよ。
あ、でもこんなおっきなベッドを入れたら、それだけで部屋がいっぱいになっちゃうか……」
しばしの沈黙。そして再び少女が話す。
「ねえ、コロちゃん、寝っ転がってもいい?」
「え? あ、はい。いいですよ」
少女は、少年の返事を聞かないうちにスリッパを脱ぎ去ると、ベッドの上に足を大きくほおりだして大の字になる。
「ひゃー。ちょー気持ちいい。フカフカだー」
少年は、少女のその無防備なさまに、顔を赤らめた。
キュロットスカートの裾からのぞく、水色のしましまパンツを見てしまったからだ。
少年は、はっきりと自覚した。
自分が、男性であるとはっきりと自覚した。
ふりっふりの白のロリータドレスの中にある、自分の分身に血液が行き渡り、熱く熱くこわばるのをはっきりと自覚した。
自分は男性として、この人のことが好きなのだ。
「あ、あの、
「え? いないよ??」
「いつから、ですか?」
「去年の九月から! 告白したけどフラれちゃった」
「それって……」
「そ、
少女はしゃべりつづけた。
照れ隠しだ。
少女は直感していた。
自分はこれから告白される。そして自分はOKをする。
そして……そのあとは……。
「………………………………」
「………………………………」
少女と少年は、短い言葉を交わすと、そのまま、ゆっくりと身体を重ねた。
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