第186話 ゼロ距離おねーさんは引き立て役です。

 普段より少し遅く家を出たのに、シズカちゃんのハイペースで、6時前よりも随分と早く三月みつきのマンションに着いた俺たちは、結局、マンションの前で三月みつきが降りてくるのを待っていた。


 俺の呼吸がようやく落ち着いた頃、三月みつきが階段を降りてくる姿が見えた。

 三月みつきは、誰かと親しげに話している。随分と背が高いその女の人は、俺も、そしてなによりシズカちゃんがよく知る人物だった。


「Yu!!」

「え? ユゥさん??」

「シズカ様と、すすむさん? どうして!?」


 顔を見るなり、叫ぶ俺たちを見て、三月みつきはひとりポカンとしている。


「え……どういうこと??」


 ・

 ・

 ・


 俺とシズカちゃん、それから三月みつきとユゥさんは、一緒にジョギングをすることになった。


 ユゥさんは、父さんと母さんが再婚する前の俺の家、つまり三月みつきのマンションのお隣に、住むことになったらしい。

 そして引っ越しの挨拶で出会った三月みつきと意気投合し、一緒にジョギングをすることになったそうだ。


 さすがは三月みつき、誰とでもすぐに親しくなれるコミュニケーションモンスターぶりは健在だ。


 交通量の少ない道路を選んで走って、森林公園に入る。公園内をぐるっと一周して戻ればちょうど5キロのコースだ。

 今日もいつも通り、犬の散歩やジョギングをしている人たちとすれちがう。


 そしてすれ違う人すれ違う人、みんなが俺たちを物珍しそうにみてくる。

 天使のように可愛い金髪少女と、アスリートと見紛うほどの長身と引き締まった腹筋を惜しげもなくさらした褐色の肉体美を誇るユゥさんは、とにかく目立つ。

 俺だってすれ違ったら、思わず二度見してしまうはずだ。


 俺たちは、公園を行き交う人の注目を浴びつつ、会話をしながらジョギングに勤しんでいた。


「ふーん? ユゥさんは、筋肉留学をしに来日をしたんだ」

「はい。すすむさんのお父上、ヤジュウロウ・ニシナの『キンニク・メソッド』は、アメリカでも有名ですから」

「へぇ! すすむのパパ、やっぱりすごいんだね。あ。そういえばコロちゃんもファンだって言ってたっけ?」


 ユゥさんは、とっさに、世界的ボディビルダーのパパの教えを乞うために、筋肉留学をしにきたアメリカ人という設定でこの場を切り抜けることになった。


「でもって、シズカちゃんのお父さんがすすむのママがいた下着メーカーの重役さんで、ユゥさんの上司なんだ。そしてそんな人が、アタシのお隣さんになるなんて。うひゃあ。世の中狭いよねぇ!」


 うん、三月みつきは相変わらず物分かりがいい。

 助かる、本当に助かる。


 でも、三月みつきに話したことは、一から十までウソって訳じゃない。

 ユゥさんが、パパのファンなのはどうやら事実らしいし、シズカちゃんのパパ……じゃない伯父さんのフォレスト・フォースマンはユゥさんの上司というか雇い主だし。

 ただ、ユゥさんが、パパの教えを乞うために筋肉留学をしにきたと言うのは嘘だ。


 ユゥさんは、二帆ふたほさんにナイフを使ったスタントを教えるために、俺の家に通うことになっている。

 一日三時間、みっちりトレーニングをするらしい。

 そしてこれは、三月みつきには、絶対に秘密だ。そして、父さんと母さんママ、そして一乃いちのさんにも。


 唯一、引きこもりの二帆ふたほさんのために、スタントの練習の場としてトレーニングジムを提供するパパだけが知っている。

 パパは、『九龍クーロン頸狩くびかり』の撮影に、二帆ふたほさんと俺と一緒に、FUTAHOさんの専属トレーナーとして渡米する予定だ。


 『九龍クーロン頸狩くびかり』で、ハードなアクションシーンが盛りだくさんとなるため、二帆ふたほさんの最も信頼しているトレーナーを同行させた方が良いと言う、ユゥさんからの提案だった。


 そして、ハードなアクションシーンを演じるのは二帆ふたほさんだけじゃない。

 シズカちゃんもだ。『九龍クーロン頸狩くびかり』では、物語の中盤、FUTAHOさん演じる殺し屋イェンは、口封じのため、フォレスト・フォースマンが演じる組織のボスに騙し討ちによって殺される。

 この物語のクライマックスは、シズカちゃん演じるメアリーが、唯一心を開いた殺し屋イェンの仇討ちのために、組織のアジトに乗り込んでの壮絶なアクションシーンだった。


「NYAHAHAHAHAHAHAHA!」


 俺たちのジョギングのペースでは物足りないんだろう。シズカちゃんはひとり突っ走ると、公園の池の縁の柵に飛び乗って軽やかにその上を歩いている。


 シズカちゃんは柵から降りると、そのまま枝振りの良い大木につかまって、あっという間に木の上によじのぼる。そして、


「Achooooooooooooo!」


 黄色のダブダブのパーカーをはためかせ、往年のアクションスターよろしく、怪鳥の雄叫びをあげながら、空中で見事なジャンプキックを見せると、そのまま一回転して地面に降り立った。


「シズカちゃんすごーい!! まるでFUTAHOさんみたい!!」


 三月みつきが驚きの声をあげる。 

 俺も驚いた。そして、俺はフォレスト・フォースマンの思惑に気がついた。FUTAHOさんは、おそらく『九龍クーロン頸狩くびかり』で世界的スターになるだろう。でもシズカちゃんはFUTAHOさん以上のスーパースターになるはずだ。


 フォレスト・フォースマンは、探し続けていたんだ。

 シズカ・フォースマンという、未来の大スターを最大限に輝かせることができる人物を。それがFUTAHOさんなんだ。


 FUTAHOさんは、シズカ・フォースマンの引き立て役なんだ。


 俺は、自由奔放に公園の中を駆け巡る未来のスーパースターの後ろを無言で追いかけていった。



 ゼロ距離な彼女。

   第四章 ゼロ距離の天使。

 

     − 了 −

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