第179話 九龍の頸狩り

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 九龍クーロン頸狩くびかり 第三稿

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 1980年代、これは中国返還前のイギリス領香港を舞台にした物語。

 香港で孤独に生きる女性イェンは、優秀な殺し屋だった。


 コードネームは『頸狩くびかり』。


 ナイフひとつでターゲットの部屋に忍び込み、頸を掻っ切り去っていく。

 その仕事は、いつもカンペキだった。


 ある日、『頸狩り』帰りのイェンは、住処としている九龍城砦のアパートの隣室に住む少女メアリーに声をかける


「そのアザ、どうしたの?」

「なんでもない……」


 イェンの質問をはぐらかすメアリーだったが、その傷は両親から受けている虐待の証拠だった。


 その翌日、メアリーの家に麻薬密売組織が押し掛ける。


 売人であったメアリーの父親の横領が発覚したのだ。

 メアリーの父は、麻薬密売組織と銃撃戦を繰り広げ、家族は皆殺しにされた。買い物に遣わされ、運良く難を逃れていたメアリーひとりを残して。


 家の異変に気が付いたメアリーは、とっさに隣室のイェンに助けを求め、ナタリーを保護することになる。


 殺し屋の女性と、みなしごの少女の奇妙な共同生活が始まった。


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 テレビ局からの帰り道。俺は、武蔵むさしさんが運転するアルファードの助手席で、FUTAHOさんが主演する映画の脚本を、スマホの翻訳アプリを片手に読んでいた。


「すごい。めちゃくちゃ面白い!」

「それは、そうでしょう。その脚本家、アカデミー脚本賞を二度取った人物ですよ。というかすすむさん、ひとりだけ先に読んでずるいヨ!」


 俺の隣でアルファードを運転している武蔵むさしさんは、頬っぺたをふくらませている。

 なんだか最近、武蔵むさしさんと六都美むつみさんの境界線があいまいになってきた気がする。


「この脚本を読むに、主人公にはかなりのスタントスキルが必要ですね。

 だからFUTAHOさんがお眼鏡にかなったと」

「はい。彼、なかなかにプロデューサーのセンスがありますね。ほぼ新人といっていいふたりの女優の敵役として自身が出演することで、話題性も十分とれますし」


 碧眼の貴公子。四十代になるまでずっとベビーフェイスで貫き通していたフォレスト・フォースマンがまさかの悪役だ。それも、女子供にも容赦なく麻薬を売りつけ、殺す事さえも厭わない極悪非道の大悪人だ。


「さすが、この映画に人生のすべてをかけると豪語しただけのことはあります」

「そしてその人生をかけるべき女優の卵が、のシズカ・フォースマンとってことですね……」


 俺は、後部シートを見る。

 後部シートでは、二帆ふたほさんとシズカ・フォースマンが楽しそうにおしゃべりをしている。


「リョーカイ……ノスケ?」


 かわいく首をかしげるシズカちゃんに、二帆ふたほさんは「ビシィ」と親指を立てて流暢な英語で返事を返す。


「Yes, if you just remember that word, you can usually do something. It's a magic word」

(そーなのだ。この言葉さえ覚えておけば、たいてい何とかなる。魔法の言葉なのだ)


「I understand! リョーカイノスケ!」

「Perfect! Now Shi-chan is like mastering Japanese!」

(カンペキ! これでシーちゃんは、もう日本語をマスターしたようなものなのだ!)


「Really??」

(ほんとう??)

「Of course! It's like that when I learned English.」

(そーなのだ。私が英語を覚えた時もそんな感じだったよ)


「I see?????? Worried and spoiled. Languages are pretty easy!」

(そっか、心配して損しちゃった。語学って結構簡単なのね!)


「If you have a smile, you will be able to do something!」

(笑顔があれば、なんでもできる!)


「YES! リョーカイノスケ!」


「NYAHAHAHAHA!」

「にゃはははははは!」


 そう言うと、シズカちゃんは、二帆さんと一緒に弾けんばかりの笑顔で笑った。


 うん。確かにシズカちゃんはカワイイ。めちゃんこカワイイ。

 (名前からしても東洋人とのハーフかな?)


 でも……なぜ、フォレスト・フォースマンはそこまでシズカちゃんに肩入れするんだろう? そういえば、シズカちゃんって、子役をやっていた頃のフォレスト・フォースマンにそっくりなんだよな……。


 ん? ひょっとして!?


 俺は、首をひねりながらそのまま前を向き、武蔵むさしさんに思ったことを言った。


「あの武蔵むさしさん、シズカちゃんって本当は、フォレスト・フォースマンの隠し……」

「ん、ううん!」


 俺の言葉は武蔵むさしさんの咳払いにさえぎられた。


すすむさん、ひとつ忠告しておきます」

「? なんでしょう?」

「いいですか。芸能の世界と言うのは、いろいろと複雑な世界です。『言わぬが花』の事もあるんです」

「なるほど?」

「シズカさんは、フォレスト・フォースマンのです。誰が何と言おうとです! いいですネ?」

「え? えっと??」

「これ以降この話題はタブーということで! よろしくお願いします!!」

「り、りょーかいのすけ!!」


 俺は、とりあえずこれさえ覚えておけばなんとかなるという魔法の言葉でお茶を濁すと、黙って脚本の続きを読み続けることにした。

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