第174話 ゼロ距離の直観。

『それじゃ今日はここまでダヨ!』

『少しでも面白いなと感じたら、チャンネル登録するがいい』

『次回の配信をお楽しみにネ♪ バイバイー♫』

『さらばだ!』


 カワイク決めポーズをする〝コジロー〟と、横柄に豊満な胸をはる〝ナナシ〟による足掛け一時間にも及ぶライブ配信は、平日にもかかわらず、十万人以上の視聴者を十二分に楽しませて、大盛況のうちに終了した。


 そしてその配信から一分も経たない間に、俺のスマホがブルブルと震えた。

 宛先には武蔵むさしと表示がされてある。

 俺はすぐさま電話に出た。


「はい。すすむです」

「ちょっとちょっと! 進さん!! 一体どういうコト!?

 FUTAHOが本番中にフォレスト・フォースマンにオーバーヘッドキックを喰らわせた!?!?

 でもって、数子かずこさんが呼んだ弁護士と交渉中!?!?!?

 ボク、全く理解が追い付かないヨ!!!!!!」


 YouTube収録のすぐ後で、〝コジロー〟のキャラが抜け切れていない武蔵むさしさんは、ロリロリボイスで俺に質問の嵐を投げかけてくる。

 俺は、その質問に、ひとつづづ、ひとつづつ、ていねいに答えていくと、武蔵むさしさんの声色は、すこしずつ、すこしずつ、クールボイスのキャリアウーマンモードに戻っていく。


「なるほど……で、あれば私たちが出る幕はもうありませんね」

「はい」

「うーん、なんとか示談で済ませたいですね。FUTAHOのキャリアはこれからですし、表ざたになった場合、むしろダメージがあるのはフォレスト・フォースマンでしょう。彼、既婚者ですから」


 完全にキャリアウーマンモードにシフトチェンジした武蔵むさしさんは、見事に状況を整理していく。


「とりあえず、すぐに戻りますんで!

 あとすすむさんは、二帆ふたほのメンタルケアをお願いします」

「あ、その心配はないと思います」

「え……?」


 俺は、勤めて冷静に武蔵むさしさんのアドバイスを否定すると、そのままだまって二帆ふたほさんにスマホを渡した。


「ムーちゃん、早くやらしてほしいのだ!!

 フーちゃんは、今すぐM・M・O・Wメリーメントオンラインワールドを遊んでみたいのだ!!」


 うん。電話越しの武蔵むさしさんの困り顔が手に取るようにわかる。

 二帆ふたほさんは、電話の相手が武蔵むさしさんだとわかった途端に話したくてウズウズしていた。


 さっきまで、あんなに泣きじゃくって、疲れ果てて眠っていたのがウソみたいだ。


 二帆ふたほさんは、武蔵むさしさんに質問の嵐を投げかけている。

 そして、足掛け五分、質問をしつづけて、ちょっと不満そうな顔で、俺に電話を返してきた。


M・M・O・Wメリーメントオンラインワールドはすぐに遊べないみたい!

 つまんにゃい!!」


 そう言って、二帆ふたほさんは、VRゴーグルをかぶりはじめた。

 テストプレイが遊べない腹いせを、M・M・Oメリーメントオンラインにぶつけるんだろう。


 本当に、さっきまであんなに泣きじゃくっていたのがウソみたいだ。


すすむです。電話変わりました。」

「とにかく、今からすぐ戻るカラ!!」

「えーと……イロイロと大変でしたね……六都美むつみさん」


 俺と会話をしてクールボイスなキャリアウーマンモードに戻っていた武蔵むさしさんは、二帆ふたほさんの質問攻めにあって、すっかりロリロリボイスのプライベートモードの六都美むつみさんに変化していた。


「もー。心配してソンしたヨー」

「ライブ配信中の二帆ふたほさんのはしゃぎっぷりを見せたかったですよ。俺もめっちゃ面白かったです!!」

「あはは。アリガト―。てっきりFUTAHOのオファーだと踏んでたのに、完全に予想が外れちゃったヨ。

 でも、二帆ふたほが元気で良かったヨー。ボク、二帆ふたほがパニックになってないかって……本当に本当に……めちゃくちゃ心配したんダヨ……」


 ? なんだろう、六都美むつみさんの声がちょっと潤んでいる。


「大丈夫です。収録終わったら、すぐにいつもの二帆ふたほさんにもどりましたよ」

「そう……良かった。安心したヨ。

 それじゃ、今から三十分以内には戻れると思うカラ」

「わかりました」


 ピッ


 俺は、電話を切って二帆ふたほさんをみる。


「おー、フォーちゃんがグリーンエースのミッションをやってるのだ!

 フーちゃん参戦ポチっとな!!」


 うん。いつもの二帆ふたほさんだ。


 ・

 ・

 ・


『ボク、二帆ふたほがパニックになってないかって……本当に本当に……めちゃくちゃ心配したんダヨ!!』


 ・

 ・

 ・


 さっきの六都美むつみさんの心配の仕方、ちょっと普通じゃなかった。

 よくわかんないけれど……昔、似たようなことがあったのかもしれない。


 うん。収録の後、楽屋で泣きじゃくっていた二帆ふたほさんのことは、当面、六都美むつみさんにも、あとママたちにも、秘密にしておいた方が良さそうだ。

 なんとなく……本当になんとなくだけど、俺の直観が、そう訴えかけていた。

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