第173話 打ち合わせゼロのライブ放送。

 コンコン。


 楽屋のドアがノックされる。

 俺は、泣き疲れて眠っている二帆ふたほさんをチラリと見たあと、返事をする。


「はい!」


 ガチャリ。


「失礼します。弁護士の今野こんのと申します」


 現れたのは、スーツ姿のマッチョなスキンヘッドだった。


「お話は、仁科にしな本部長よりうかがっております。

 私は仁科にしな本部長の会社で顧問弁護士として雇われております。

 634プロダクションに何かあった際も、協力してほしい旨、頼まれておりました」


 マッチョの今野こんのさんは、俺に名刺を渡すと分厚い胸板をはる。


「お父様にも懇意にしていただいております」

「父? えっと……どっちの父ですか?」

「どちらもです。仁科にしなさんはボディビルの師匠で、かぞえさんはゴルフと格ゲーの師匠です」


 そう言って、スキンヘッドの今野さんは、頭と白い歯をキラリと光らせた。


「それでは、私は先方と話してまいりますので、もうしばらく、ここで待機していてもらえますか?」

「はい、お願いします!」


 俺は、マッチョでスキンヘッドで歯が白くて趣味がボディビルとゴルフと格ゲーの今野こんのさんにペコリと頭を下げた。


 うん。とんでもなくキャラクターの濃い弁護士さんだ。

 そして多分、相当なやり手なんだろう。(大企業の顧問弁護士だもんな)


 なんというか、こっからは大人の世界だ。本当に俺なんかの出る幕はない。

 完全に手持無沙汰になってしまった俺は、スマホを見ることにした。


 武蔵むさしさんに一時間近く前に出したLINEには、未だに既読がついていない。

 武蔵むさしさん、本当にどうしたんだろう。


 俺は、LINEの後にTwitterを開いた。ちょっと気になったことがあったからだ。

 トレンド欄を見ると、予想通りM・M・O・Wメリーメントオンラインワールドがトレンド入りしている。

 でも、俺はその真下にある、予想外のトレンドワードに思わず声がもれた。


「え?『#コジロー』??」


 急いでハッシュタグをクリックする。すると……


M・M・O・Wメリーメントオンラインワールドの公式ナビゲーター、コジローかよ!!』

『コジローって確か素人だったはず。素人に公式チャンネルのオファーが来るなんてすげーな』

『コジローちゃん、一気に人気Vtuberの仲間入りだな』

『公式チャンネル全裸待機』

『始まった! 巌流島チャンネルW』

『本当に公式チャンネルなんだな』

『ライブ配信かー』

『コジローちゃんリラックスリラックス』


 と、にわかには信じがたいツイートが乱れ飛んでいる。

 俺は、急いで絶賛ライブ配信中の〝巌流島チャンネルW〟のリンクをクリックした。


 ・

 ・

 ・


 そのチャンネルには、ふたりのVtuberが映っていた。

 ひとりは武蔵むさしさん、いや六都美むつみさんがあやつる、チャイナドレスのインファイターの衣装を着た〝コジロー〟。

 そしてもう一人は、矢絣やがすり柄の着物にふわっふわのフリルをあしらった境界術師の衣装を着た知らないVtuberだ。


『はい! とゆーわけで、ろくに打ち合わせもなく始まりました!

 〝巌流島チャンネルW〟!

 こーなったらぶっつけ本番でやっちゃうヨー』

『うぬ。さすがは〝コジロー〟。場馴れをしている。〝ナナシ〟はこーゆーの初めてだからとっても緊張……』


 あれ? 〝ナナシ〟って人の声、聞いたことある。


『えー、緊張してるようには見えないけどナー。〝ナナシ〟いっつもそんな感じダヨー。いっつもテンション低めー』

『ガーン! 〝ナナシ〟とっても傷ついた』


 わかった! この声、七瀬ななせさんだ! 一乃いちのさんの漫研メンバーで『信長のおねーさん』のアシスタントをしてくれている七瀬ななせさんだ!


 それにしても、なんで六都美むつみさんと、七瀬ななせさんが、M・M・O・Wメリーメントオンラインワールドの公式ナビゲーター??


 予想外すぎる。


M・M・O・Wメリーメントオンラインワールドは、たった今、解禁された情報なんだけど、実はある仕掛けで発動する仕組みになってたんだヨネー』

『そう。五色の古代獣がすべてトリプルオーバーキルされると解放される仕組み。予想だと、来月まではかかる見込みだった』


 〝コジロー〟と〝ナナシ〟は、予想外のサプライズだったM・M・O・Wメリーメントオンラインワールドの解禁情報のことを説明している。

 そして、そのあとの説明は、さらに予想外のものだった。


『で、一応、M・M・O・Wメリーメントオンラインワールドはプレイアブルバージョンまで完成しているんだけど、テストプレイヤーを募集中なんだヨネー』


『うむ。開発スタッフは、トッププレイヤーにテストしてもらいたいと思っていた。だから決めていた。

 M・M・O・Wメリーメントオンラインワールドの情報を解禁解禁した人物、つまり五色の古代獣全員を一番最初にトリプルオーバーキルしたプレイヤーを、スペシャルテストプレイヤーとして雇うと決めていた』


『そーゆーこと。そんなわけで、スペシャルテストプレイヤーをここで発表しちゃうヨ!

『そのテストプレイヤーは……』


 ドラムロールが神妙に流れる中、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 俺は知ってるんだ。そのスペシャルテストプレイヤーが誰だか知っている。


『〝フーター〟さんと!』

『〝ロンリー〟さんデース!!』


 派手なファンファーレとともに、聞きなれたプレイヤーの名前が公表される!


「そーなのかー!! フーちゃん遊びたい、今すぐ遊びたい!!」


 いつの間にか起きてきた二帆ふたほさんが大はしゃぎしている。

 そりゃそうだ。だって二帆ふたほさんは、さっき、M・M・O・Wメリーメントオンラインワールドのプロモムービーを見て、めちゃくちゃ興奮していたんだもの。


 俺は、大はしゃぎで〝巌流島チャンネルW〟を観ている二帆ふたほさんを見てほっとした。

 良かった。元気になってくれて。

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