第172話 涙のゼロ距離おねーさん。

「カット! カーーーーーーーット!

 カメラをいったん止めるんだ!!」


 怒号とも悲鳴ともつかないディレクターさんの絶叫がひびきわたる。

 俺は、大慌てでFUTAHOさんのそばに駆け寄った。


「大丈夫ですか! FUTAHOさん!!」


 FUTAHOさんは、自分の肩を抱いてカタカタと細かく震えている。

 そんなFUTAHOさんのことを見ながら、ディレクターがこれみよがしの嫌味を言った。


「あーーーあーーーあーーー!

 せっかくの企画が台無しだよ!!」


「も、申し訳ありません!!」


 俺は条件反射で頭を下げた。


「ん? あんた誰?」

「FUTAHOのマネージャーです!」

「は? マネージャー? 学生服着たガキじゃねーか!

 お前じゃ話になんねーよ! 上のもん呼んで来い!! 上のもん!!」


 俺は、青ざめながら武蔵むさしさんに電話をかける。


『お呼びだししましたが、お出になりません』


 何回かのコールのあと、電話に出たのは無味乾燥な電子音声だった。


 LINEにも連絡を入れてみる。

 いつもなら、速攻既読が付くLINEにも、一向に既読がつく気配がない。

 スマホが手元にないか、ひょっとしたら電源を切っているのかもしれない。


 まいったな……武蔵むさしさんまだ打ち合わせ中なのかな……こうなったら仕方がない。

 俺は、武蔵むさしさんの上司に電話をかけた。


 プルルル……プルルル……プルルル……ガチャリ。


「あら? どうしたのすすむくん」


 武蔵むさしさんの上司、つまり634プロダクションの代表取締役。仁科にしな数子かずこ……つまり俺のママだ。

(本名はかぞえ数子かずこだけど、会社ではずっと仁科にしな姓を名乗っている)


「実は、撮影でFUTAHOさんがトラブっちゃって……」


 俺は、スタジオで起こった一部始終を説明した。


「なるほど……すすむくん、ちょっと電話をかわってもらえる?」

「あ……はい!!」


 俺は、言われるがまま、スマホをディレクターさんに渡す。

 ディレクターさんは、俺からスマホをふんだくると、思いっきり背中を反って、めっちゃ横柄な態度で話し出した。


「社長さんですか? ったくどーしてくれるんですか!!

 ………………………………………………………………

 ああん? ちょ、ちょっとなに言って……………………

 ………………………………………………………………

 ええ! それはちょっと私の一存では…………………

 ………………………………………………………………

 はい! はい! 承知しました。上にそう申し伝えます」


 横柄な態度でママと電話していたディレクターさんだけど、会話が進むうちにどんどん、対応が軟化していって、姿勢も猫背になっていって、最後はペコペコと平謝りをしながら電話を切った。


 そして、ガクブルと震えながら俺に電話を返してくる。


「だ、代表の方に、

 『事の発端はフォレスト・フォースマンのセクハラですよね!』

 と、ものすごい剣幕でまくし立てられました。

 『以降の話し合いは弁護士を通して行いたい』

 とのことですので……弁護士の方が来られるまで、控室でお待ちいただけますか?」


 俺とFUTAHOさんは、ADさんにうながされて楽屋に戻る。

 楽屋に入ると、俺は、すぐさまFUTAHOさんのスイッチを切った。


 パチン!


「うえーん、スーちゃん!!」


 FUTAHOスイッチが切れた途端、二帆ふたほさんは、俺に抱き着いてわんわんと泣き出した。


「フーちゃん、とっても怖かったのだー!!」

「もう大丈夫ですよ、二帆ふたほさん」


 俺は、小刻みに震えている二帆ふたほさんを抱きしめながら、背中をさする。


「フーちゃん、悪くないもん!」

「はい。俺も二帆ふたほさんは悪くないと思います」

「フーちゃん、悪くないもん!!」

「はい。二帆ふたほさんは悪くありません。とっても頑張ってましたよ」

「フーちゃん、悪くないもん!!!」

「はい。二帆ふたほさんは悪くありません。あとはママに任せましょう」


 俺は、二帆ふたほさんを抱きしめて、ずっと背中をさすりつづけた。

 そして、自分の無力さを噛みしめていた。


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