第171話 トリプルオーバーキルのオーバーヘッドキック。

 ハリウッドスターのフォレスト・フォースマンがスタジオに登場してほどなく、前室にADさんが現れた。


「FUTAHOさん、まもなく出番です!

 ステージの裏で待機して戴けますか?」


 ADさんにうながされ、俺とFUTAHOさんは、スタジオへと向かう。


「FUTAHOさんはこちらです!」


 ADさんはステージ裏を指さした。


「それじゃ、スーちゃん、カッコいいFUTAHOを演じてくるのだ!」

「頑張って……いや、楽しんできてください!」


 俺は、ニッコリと笑顔をつくって、FUTAHOさんにこぶしを突き出す。


「りょーかいのすけ!」


 FUTAHOさんはニッコリと微笑むと、俺のこぶしに自分のこぶしをコツンとぶつけて、スタジオ裏へと消えていった。


 ここからは別行動だ。俺はスタジオのそでに移動する。スタッフさんと、あと何だかよくわかんない人たち(スポンサーさんかな?)にペコペコとお辞儀しながら、スタジオの隅っこの一番目立たない所に移動した。


 テレビ収録の立ち合いは何回か経験あるけど、こんなにも見物している人が多いのははじめてだ。それだけ、フォレスト・フォースマンが大物だってことなんだろう。


 収録は、ベテラン芸人さんの流暢りゅうちょうなMCでつつがなく進行していっている。


「では、本日のメイン企画に行ってみましょう!

 『フォレスト・フォースマンがどうしても会いたい日本人』!!」


 軽快なジングルとともに、スタジオが拍手につつまれる。ベテラン芸人さんは、カンペをチラリとみやると、まるで自分の考えたセリフのようにスラスラと話し始める。


「フォースマンさん聞きましたよ!

 日本に来たらどうしても会いたかった人がいるらしいって」


「yes!」


 フォレスト・フォースマンが返事をする。すると横にいる通訳さんがすぐさま日本語に翻訳する。


「I came all the way to Japan because I wanted to open up to him. The movie campaign is that "bonus".」

『私はその人に会いたくて、はるばる日本にやってきました。映画のキャンペーンはそのです』


「いやいや! 映画のキャンペーンの方が重要でしょうよ!

 とはいえ、私も彼女に会うのは久しぶりなんですよね!

 ぶっちゃけ、フォースマンさんに会うより緊張しちゃっています」


 ベテラン芸人さんは、見事なアドリブでスタジオと、フォースマンの笑いをさそうと、軽く呼吸を整えてから声を張り上げる。


「それでは登場して戴きましょう!!

 『フォレスト・フォースマンがどうしても会いたい日本人』はこの方です!」


 ベテラン芸人さんの掛け声に合わせて、スタジオの照明が「フッ」と消える。

 そしてスタジオの横にしつらえられた、パルクールのセットが薄暗い照明とともに浮かびあがった。


 その人物は、リズムベースの静かな曲とともに、さっそうと現れた。

 パーカーのフードを目深にかぶっているから表情はわからないけれど、ハーフパンツからスラリと生える美脚から女性だとわかる。


 その人物は、コンテナにかけあがり、ジャンプしてポールをつかむと、半回転して再び別のコンテナへとフワリと飛び移る。

 まったく重力を感じさせない、かろやかなたいさばきで、決して小さくはないパルクールのセットを所狭しとかけめぐり、ひらりひらりと、うず高く積まれたコンテナの頭頂部に到達すると、そこで足を止めた。


 同時に、音楽が鳴りやむ。


 するとその人物はパーカーをぬぎさって、高くほおり投げた。

 その瞬間、薄暗かったパルクールのセットにまばゆい光が当てられ、人物の正体が白日の下にさらされた!


「『フォレスト・フォースマンがどうしても会いたい日本人』は、モデルのFUTAHOさんです!!」


 ベテラン芸人の紹介とともに、音楽が再び流れ始める。メロディーはアップテンポに転調し、その曲に合わせて、パルクールセットの頭頂部にたたずんでいたFUTAHOさんも再びエンジンをかける。


 コンテナの頂上から、ふわりふわりと飛び降りて、一番最後のコンテナの端を蹴って前転バク宙してからの着地。と思ったらすぐさまポールを蹴って、オーバーヘッドキックのように宙を舞いながら別のコンテナの端へと降り立つ。


 だれからとなく手拍子が始まり、FUTAHOさんはその手拍子に乗って、動きのギアをさらに一段加速する。


 すごい! ヴィーナスフォートで見た時よりも、一段と動きに磨きがかかっている。しかもこの神がかり的なパフォーマンスを、朝一のリハーサルで一回こなしただけで演じ切っているんだもの。とんでもない!!


 曲のボルテージは最高潮にさしかかり、二帆ふたほさんは最後のパフォーマンスを見せる。


 フォレスト・フォースマンたちがいるスタジオセットの赤じゅうたんの階段をかけあがり、曲が終了する瞬間、階段の最上段を思い切り蹴り飛ばして、そのまま空中で伸身の半回転で正面に向くと、ステージの中央に「ピタリ」と着地した。


 ワアアアアアァーーーーーーー!!


 FUTAHOさんは、割れんばかりの拍手と歓声に包まれながら、肩で息をしながら、でも笑顔で声援に応える!


「Marvelous! As you can imagine, no, it's more than that! !」

(マーベラス! 想像通り、いや、それ以上の逸材だ!!)


 フォレスト・フォースマンは、興奮した面持ちでFUTAHOさんに近づくと、握手を求める。

 FUTAHOさんがその握手に応じる。


 そしてその後、とんでもない出来事が起こった。


 フォレスト・フォースマンが、いきなりFUTAHOさんを抱きしめて、その唇にくちづけをしたんだ。


 会場は大いにざわめいた。そして、さらにとんでもないことが起こった。


 ビックリしたFUTAHOさんが、フォレスト・フォースマンをつきとばし、くるりと回れ右をするとすぐさまバク宙して、フォレスト・フォースマンの脳天目掛けてオーバーヘッドキックをぶちかました!


 フォレスト・フォースマンは膝から崩れ落ちると、そのままうつぶせに倒れて微動だに動かなくなった。


 Finish!

 OverKill!

 OverKill!!

 OverKill!!!


 ゲーム脳の俺の頭の中に、M・M・Oメリーメントオンラインの音声が響き渡る。


「カット! カーーーーーーーット!

 カメラをいったん止めるんだ!!」


 怒号とも悲鳴ともつかないディレクターさんの絶叫がひびきわたる。

 え? もしかしてFUTAHOさん……とんでもないことやらかした??

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