第160話 知名度100%のスーパースター。

 謎のエレベーター少女のことを、かなりしばらく考えていた俺だけど、とりあえず、忘れることにした。理解不能なことをどれだけ考えても、答えなんか出やしない。


 俺は、武蔵むさしさんとのLINE履歴をたよりに、指定された楽屋を探し当てる。

 楽屋のドアには、A4サイズのコピー紙に、人気番組の二時間スペシャルのロゴが張られてあって、その下に〝FUTAHO様〟と創英角ポップ体で書かれてあった。


 コンコン!


かぞえです!」

「…………」


 返事がない。返事がないと言うことは……。

 俺は、音を立てないように、そっと、そぉっと扉をあけた。


 そこには、こあがりになっている畳部屋に、足を投げ出して、力なくだらんと頭を下げた、二帆ふたほさんいやFUTAHOさんがいた。

 そしてそのすぐ横には、まるでFUTAHOさんの耳の匂いをかげるくらいまで顔を近づけている武蔵むさしさんがいた。


 武蔵むさしさんが、FUTAHOさんの耳元でぼそぼそとつぶやくと、FUTAHOさんは、目をとじたままゆっくーーーーりうなずいた。


 武蔵むさしさんは、FUTAHOさんの耳から顔を話すと、


「ふふふ……いい子だね」


 と、クールに笑う。そして、FUTAHOさんの目の前に、スナップを効かせた指を差し出す。


「さあ、二帆ふたほ、ゲームの時間だよ。ボクの合図で目覚めるんだ。

 3……2……1……」


 パチン!!


 武蔵むさしさんが指を鳴らすと、二帆ふたほさんがゆっくりと目を開けた。


「おっはよー。ムーちゃん」

「おはようございます。二帆ふたほさん!」

「ありゃ? スーちゃんがいるのだ。いつの間に来たの??」

「ほんのついさっきです。武蔵むさしさんにもらっている途中です」

「そーなのかー。それじゃあスーちゃん、M・M・Oメリーメントオンラインであそぶのだ! さっそくバケネコをぬっころすのだ!」


 FUTAHOさんから元に戻った二帆ふたほさんは、すぐさまセンスの良いノースリーブのトップスとタイトなパンツ、そしてくつしたとブラジャーとパンツをぬぎさって、紫色のだるんだるんのパーカーを頭からすぽんとかぶる。二帆ふたほさんおなじみの〝はいてない〟スタイルだ。

 そして、いそいそとゲーミングPCを起動してVRゴーグルを装着する。


 そんな二帆ふたほさんを見て、満足そうにうなづいた武蔵むさしさんは、俺に話しかけてくる。


「楽屋挨拶はひととおり終わりました。おそらく、今日はもう来客はないでしょう。お偉方はVIP対応におおわらわですので」

「なんてったって、フォレスト・フォースマンの来日ですもんね」


 フォレスト・フォースマンは、ハリウッドの大スターだ。

 10代の頃に、アカデミー主演男優賞を獲得して以来、20代30代と確実にキャリアを重ねて、去年40で再び主演男優賞に輝いた。


 芸能界音痴の俺ですら知っている。認知度100%と言っても言い過ぎじゃない。


「全世界同時上映のために、世界を周遊しているフォースマンが日本に滞在するのは三日間です。その大変貴重な三日間のうちの24時間をこのテレビ局だけで占有しているのですから、意気込みが違います。なんでも空港から直接、ヘリコプターでテレビ局入りしたそうですよ」


 武蔵むさしさんは、メガネに手をかけながら、この世紀の大スターの特別待遇を説明する。


「そこまでのVIP待遇なんですね……」


 看守さんに呼び止められた俺とは大違いだ。


「収録はまだ先ですよね?」

「はい。たぶんですが夕方まで楽屋で待つことになると思います」

「それなら、俺も二帆ふたほさんと一緒にM・M・Oメリーメントオンラインを遊べそうですね」

「問題ないと思います。私も別件の打ち合わせが終わったらすぐに戻ります。スーパースターをこの目で拝みたいですし」

「了解です」


 俺が武蔵むさしさんと今日のスケジュールを確認している中、二帆ふたほさんはとっととM・M・Oメリーメントオンラインを始めてしまっている。

 武蔵むさしさんは、そんな二帆ふたほさんを見ながら、打ち合わせに向かう準備をする。M・M・Oメリーメントオンラインを開発している、〝パッチワークス・エンタテインメント〟との打ち合わせだ。


「それじゃ、すすむさん、二帆ふたほをよろしくおねがいしますね」


 武蔵むさしさんの言葉に、二帆ふたほさんが反応する。


「ちがうムーちゃん! フーちゃんがスーちゃんを守るの!

 可愛い弟を助けるのが、おねーさんの使命なのだ!」


 二帆ふたほさんの言葉に、武蔵むさしさんは、切なそうな寂しそうな、なんとも言えない……とにかく……な顔をした。

 でも、すぐにニッコリとほほえんだ。


「あはは、そうだね。すすむさんのこと、よろしく頼むよ。二帆ふたほ!」

「りょーかいのすけ!」


 俺も、武蔵むさしさんに声をかける。


「行ってらっしゃい、武蔵むさしさん」

「はい。それでは行ってきます。二帆ふたほすすむさん」


 武蔵むさしさんを見送ると、俺は武蔵むさしさんの用意してくれている高性能ノートパソコンでM・M・Oメリーメントオンラインにログインする。そしてすぐに、二帆ふたほさんに共闘申請を出した。


 二帆ふたほさんがチャレンジしているミッションはモチロン、今日実装されたばかりの〝シルバー・プリンセス〟だ。


 俺がログインすると、すでにかなりのユーザーがギャラリーモードにいて、掲示板に書き込みをしていた。


『フーター、ついにシルバープ・リンセスに挑戦か』

『クラスは、エリアルハンターか』

『やっぱ、フーターはエリアルハンターのイメージが強い』

『でも装備は相変わらず、境界術師のコスプレなんだな……』

『お、〝ロンリー〟も入ってきた』

『今日はふたりなんだな。〝コジロー〟や〝マーチ〟は参戦しないのか?』

『シルバー・プリンセス、攻撃激しいから壁役は必須だと思うんだけどな』

『うん。てっきり、〝シフト〟や〝アルコダット〟と組んでくるかと思った』

『こんなパーティーで大丈夫か?』

『大丈夫だ問題ない!』

『いや、ふつーにキツイだろ……』


 今は午後1時半、実装からもう結構時間が経過しているから、すでにシルバー・プリンセスと対戦したユーザーも多いみたいだ。


 パソコン画面には、シルバー・プリンセスが居を構える石造りの巨大なダンジョンが映っている。

 シルバー・プリンセスは、エジプトの女神、パステト神がモチーフのモンスターだ。ゲームから、どことなくオリエンタルなBGMが流れてくる。

 あとシルバー・プリンセスは、バステト神以外にも日本の妖怪の……あれ?


「やや、Forceフォースから、共闘要請がきたのだ!」

「ええ!!」


 Forceフォースって、あのForceフォース? 〝クリムゾンジョーカー〟を陰陽術師の16倍〝丁未ひのとひつじ〟でトリプルオーバーキルを達成したあのForceフォース


「フォーちゃん参戦! ポチっとな!!」


 二帆ふたほさんは、楽屋の畳間の上にお行儀悪くあぐらをかいた足をしなやかにのばして、キーボートのショートカットキーを足の親指で「タン!」と叩いた。


 Forceフォース、なんのクラスで参加するんだろう。あの腕前だ。当然オーバーキル狙いだろうから、クラスの重複……つまり陰陽導師で参加するとは考えづらい。


 Forceフォースが、移転魔法の魔法陣から姿を現す。


 その姿は、褐色黒髪で、オリエンタルな衣装に身を包んだ猫耳の少女……そう、まるでエジプト神話のバステト神のようだった。


「Hi!〝フーター〟!」

「おー、フォーちゃん、今日は〝ダンスシャーマン〟なのかー」

「sure!」


 Forceフォースのクラスは、ダンスシャーマン。


 踊りで精霊を使徒する、M・M・Oメリーメントオンラインのロンチ時に実装されたクラスの中で、唯一、魔法を操るクラスだった。

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