第158話 100%全開のガールズトーク。

 キーンコーンカーンコーン


 昼休みのチャイムが鳴る。お昼時間だ。

 お昼時間のチャイムとともに、コロちゃんはすばやくスクールバッグからあるものを取り出した。


 お弁当じゃない。ヘアブラシとハンドミラーだ。


 コロちゃんは、ピンク色のお魚型のヘアピンで留めた髪をパチンとはずす。

 すると、サイドヘアーにまとめられていたシルクみたいにサラサラな黒髪が、ハラリとほどかれる。


 コロちゃんは、念入りに念入りにブラシで髪の毛をとかすと、再びお魚型のヘアピンで、前髪をサイドにまとめてパチンととめる。そうして、ハンドミラーとにらめっこしながら、念入りに念入りに髪型を確認する。


 ようやく満足がいったのか、ハンドミラーをスクールバッグにおさめると、コロちゃんは、胸の上に軽く手をあてて、「ふう」と息を整える。


 これから、保健室にやってくる人物に会うための、コロちゃんのルーティーンだ。

 誰が来るかは、そう、知っているだろう? 


 ガラリ。


「コロちゃんー、すすむー、荻奈雨おぎなう先生! お昼、一緒に食べよ」


 そう、俺の幼馴染で、コロちゃんの2年上のセンパイ、十六夜いざよい三月みつきだ。


十六夜いざよいセンパイ! こんにちわ♪」


 コロちゃんは、ちょっとほほを染めながら、三月みつきに向かって可愛くはにかむ。カワイイ。


「あー、十六夜いざよいさんー。食べる食べる。あ、今日は購買のパンなんだねー」


 一乃いちのさんは、母さんが作ったお弁当をランチボックスから取り出しながら、癒しオーラ全開ののんびりとしたトーンで、三月みつきを歓迎する。


 三月みつきは、結構、イヤかなりの大量のパンを左手でかかえて、右手で頭をかく。


「ネーム描いてたら夢中になっちゃって……」


 そんな三月みつきをよそに、コロちゃんは、いそいそとちっちゃくてカワイイお弁当箱を出すと、三月みつきは、コロちゃんのお弁当を目ざとく指摘する。


「あ、コロちゃん、今日も手作り、エライ!」

「ほんとー、スゴイよねー。わたしなんか完全にお母さんにたよりっきりー」


 一乃いちのさんもあいづちをうつ。


「そ、そんな、三月みつきセンパイも、十六夜いざよい先生も、漫画家のお仕事があるから仕方がないですよ」


 そう言いながらコロちゃんは、女子力全開のカラフルでカワイイお弁当をパカリと開ける。


師太しださんは本当に偉いよねー」

「そうそう、こんな手の込んだお弁当はつくれないよ。あ、卵焼き1個ちょうだい!」


 ガールズトーク全開の主役が男の娘というなんとも不思議な空間の中、おれは席をたった。


「あれ? すすむはお昼食べないの?」

「うん。今日は二帆ふたほさんのマネージャー。遅くても一時半までにテレビ局に来てくれって武蔵むさしさんに言われているから、そろそろでかけなくっちゃ」

「てことは……テレビ局のお弁当? いいなぁ! オーベルジーヌかな? 鳥久だといいなぁ……」

「わかったわかった。余ってたら2つ持って帰るよ。三月みつきは今日、家、よってくんだろ?」


 焼きそばパンをかぶりつきながらしゃべる三月みつきと会話していると、コロちゃんが、ほっぺたに手を当てて、不思議そうにたずねてきた。


「え? ふたつ……?」

「む、コロちゃん、アタシがふたつとも食べると思ってるでしょ!?」

「あ……えっと……その……ごめんなさい」

「いくらアタシが食いしん坊でも、晩御飯にお弁当ふたつは食べないよ……まあ、ホンネは食べたいけど」

十六夜いざよいさんと、お父さんの晩御飯よねー」


 言ったのは一乃いちのさんだ。そして三月みつきはあっけらかんと話をつづける。


「アタシんち、父子家庭でさ、いつもはアタシがご飯作ってるんだけど、荻奈雨おぎなう先生のアシスタントをする日は、遅くなるからお弁当を買って帰るの。あと、すすむのお母さんのおかずをおすそわけしてもらったり」

「そ、そうなんですね……ぼく、そんなことも知らないで……」


 みるみると顔がくもるコロちゃんに、三月みつきはあわててフォローを入れる。


「あ、気にしないで! お母さん亡くなったのもう8年も前のことだし。それに家事は半分以上、お父さんにやってもらってるから!!」

「8年も前って……小学生のときから……?」


 うん、フォローになってない。空気がますます重くなっていく。こんな時は、いや、こんな時こそ、俺の出番だ。空気が読めないでおなじみの俺の出番だ。


「俺が隣に住んでた時は、毎日一緒にご飯食べてたよな。当番制の掃除もこっそり、うちの母さんにやってもらってたし!」

「コ、コラ! すすむ!! コロちゃんにウソつかないでよ!

 コロちゃん、誤解だからね! たまーーーーーーにだよ。

 すすむのお母さんにお掃除を手伝ってもらっていたのは、本当に、たまーになんだから!」


 慌てて取りつくろうとする三月みつきに、コロちゃんはにっこりとほほえんだ。


「アハハ♪ 三月みつきセンパイと、かぞえセンパイって兄妹みたいですね」

「そう、姉弟! 手のかかる弟で、本当にたいへんだったよ。アタシは、コロちゃんみたいなカワイイ弟がほしかったなー」

「え……?」


 たちまちコロちゃんの顔が真っ赤になる。うん、いい感じだ。この調子で少しずつ少しずつ、三月みつきとの距離を縮めていけば、きっとコロちゃんの告白も成功するはずだ。


「それじゃ、俺、そろそろ行かなくっちゃ。あ、一乃いちのさん、今日は早退ってことで……」


 俺の言葉に、三月みつきが素早く反応した。


「ホラ、すすむ! また荻奈雨おぎなう先生のこと、一乃いちのさんって呼んでる!!」

「え……あ、しまった!!」


 慌てる俺に、一乃いちのさんは、


「うふふー、わたしはーどっちでもいいよー」


 と、のん気に返事をする。


「そ、それじゃあ、荻奈雨おぎなう先生、あと三月みつきとコロちゃん、俺、行ってくるから!!」


 これ以上この場にいると、ボロが出てしまう。俺は逃げるように保健室を出ると、自転車置き場へと向かっていった。

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