第157話 ゼロ距離の親友。

「行ってきます」

「行ってきまーす」


 俺と、一乃いちのさんは、一緒に家を出た。


「それじゃー、わたしは先に行ってるからー」


 ヘルメットをかぶって、おしゃれな原付のバイクに乗った一乃いちのさんを見送りつつ、俺は自転車にまたがる。


 家から学校までは5キロほど。

 20分ちょっとの道のりだ。今の時間に家を出ると、かなり早く学校につくんだけれども、3年生になってからは、この時間に学校に行くのが日課になっていた。

 俺は軽快に自転車を飛ばして、学校に向かう。そして、ラスト500メートルのところで、ペダルを踏む足に力をこめていく。


 海沿いの高台に建てられた高校に行くためには避けては通れない心臓破りの坂だ。  俺は、海岸沿いに合わせて、ゆっくりとカーブを描いたその坂を、軽く息を弾ませてのぼっていく。


 俺は、向かい風にあおられながら、自転車のたち漕ぎを始めた。


 浜風にあおられるその坂道は、太陽が高く昇って日差しが強くなる季節になるほど、そのいやらしさを増していく。真夏日になると予想されている今日の浜風は、かなりの強敵だ。


 ひとり、またひとりと自転車をおりて押していく生徒たちを抜き去って、俺は、どうにか自転車から降りないまま坂道をのぼりつくと、校門をくぐる。

 そして、弾む息を整えながら自転車置き場に自分の自転車を停めて、保健室に向かった。


 ガラッ


「おはよう」

「おはようございます、かぞえセンパイ♪」


 女子制服を着たその子は、お魚型のヘアピンでとめた長い前髪をゆらしながらニッコリと微笑んだ。

 俺と一緒に保健室登校をしている、師太しだ五郎ごろう。通称コロちゃんだ。


 俺が今までよりも早く登校するようになったのは、コロちゃんがいるからだ。

 家のお手伝いさんたちが、通勤用に使うマイクロバスを使って登校するコロちゃんは、誰よりも早く学校につく。


 そして、コロちゃんは、唯一、俺と一乃いちのさんが付き合っていることを知っていた。


―――――――――――――――――――――――

「そっか、センパイ、もうずっと好きな人がいたんだ……なのに、ぼく……勝手に期待しちゃって……」

―――――――――――――――――――――――


 俺は、コロちゃんの淡い揺らめくような恋心を、俺と三月みつき、どちらが好きなのか揺れ動いていたコロちゃんの恋心を、持ち前の空気の読めない鈍感力でふみにじってしまったんだから……。

 

―――――――――――――――――――――――

かぞえセンパイは、荻奈雨おぎなう先生! ぼくは三月みつきセンパイに告白しましょ!! 約束ですよ!!!

―――――――――――――――――――――――


 ……だから、俺はキャンプの時、露天風呂でコロちゃんと交わした約束を反故ほごにすることなんてできない。

 俺は、コロちゃんの恋を全力で応援するんだ。


「ねぇねぇセンパイ。荻奈雨おぎなう先生とは、もう、キスしたんですか?」

「……ええ!? し、してないよ!」

「ふーん。そうなんですね」


 コロちゃんは、ほっぺたに手を当てて、宙をみつめる。


「ひょっとして、ぼく、おジャマじゃないですか?」

 ぼくがこの保健室にいなければ、荻奈雨おぎなう先生と、ずっとふたりっきりになれるから、イチャイチャし放題ですよ。キスしても誰にもバレないですよ?」

「学校なんかで、キスできる訳ないだろう!」

「学校なんかで……? てことは、ウフフ、やっぱりチューしてるんだぁ!」


 しまった……誘導尋問に引っかかった。


 コロちゃんの宙を泳いでいた瞳が、好奇心でランランと輝いて俺を突き刺すように見つめてくる。


「いーな、大人のおねーさんと、同じ屋根の下でラブラブし放題なんて……ひょっとして、キスより先にすすんでたりして……」

「そ、そんなわけないだろう! それに、両親や二帆ふたほさんだっているんだし、二人っきりになんてそうそうなれないよ!」

「あ、そーなんですね……残念。でもうらやましーなー。ぼくもいつか三月みつきセンパイと……」


 ガラリ。

「おはよー」


 職員室で朝礼をすませた一乃いちのさんが、保健室に戻ってきた。

 俺とコロちゃんは、おしゃべりをやめて、机を立つ。


「はーい。では出席をとりますー」


 バインダーを持った一乃いちのさん……荻奈雨おぎなう先生が、ほがらかな声をあげる。


かぞえすすむくん!」

「はい」

師太しだ五郎ごろうさん!」

「はい」

「今日もよく登校できましたー。えらいえらい」


 一乃いちのさんは、俺とコロちゃんのためだけに出席をとってくれる。そしてこのあとは、それぞれの時間割通りの授業プリントをやる。


「それじゃー、授業のプリントをくばるねー」


 俺は、一乃いちのさんから数学のプリントを受け取りながら、コロちゃんと遊んだ桃鉄の事を思い出していた。

 あのときから薄々と感じていたんだけど、ひょっとしてコロちゃんって、ドS体質??


 でも……。


 俺は、そんなコロちゃんに翻弄されながらも、なんでも言い合えるこの関係が、どこか心地よかった。

 三月みつきとも、なんでも言い合える仲ではあるけど、なんだかんだ言ってもやっぱり三月みつきは女の子だ。


 好きな人のこととか、エッチな話とかは……さすがに三月みつきとは話せない。


 そんな話ができるのは、やっぱり、コロちゃんが男の子だからだ。そして、お互いに好きな人を言い合いっこした仲だからだ。

 コロちゃんは、ぼっちな俺にできた初めての、そしてかけがえのない同性の親友だった。

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