第156話 なごやかなゼロ距離朝ごはん。

 FUTAHOさんと武蔵むさしさんの黒いアルファードを見送った俺は、スマホをいじりながら玄関のドアを閉める。


 M・M・Oメリーメントオンラインの運営からもらったペットフード5個を、干支モンスターの〝シンスケ〟に渡して〝ジュンイチロウ〟に進化させる。そして、自動で素材を集めてもらう〝お散歩モード〟のエリア選択画面まですすんで気がついた。


 どこにお散歩させよう……。


 昨日は二帆ふたほさんとタップリM・M・Oメリーメントオンラインを遊ぶ時間があったから、あらかた必要な素材は集めきってしまっている。


 ちょっともったいないけど『ランダム』でいっか……。


 俺は、力強くドラミングをしながら素材探しへと旅立っていく〝ジュンイチロウ〟を見送ると、2階のリビングにあがって、そのままバスルームに移動した。

 シャワーをあびないと……もう完全に汗が冷え切っている。俺はべたつくシャツとハーフパンツ、それから下着をぬぎさって、ランドリーの中に入れるとパパっと手早くシャワーをあびた。


 リビングに戻ると、ダイニングには母さんがいた。


「おはよう、母さん」

「あらー、おはよう、すすむ二帆ふたほちゃんと武蔵むさしさんは?」

「今、出かけたところ。朝飯作るの手伝うよ」

「あらー、いつも悪いわねえ」


 手伝うと言っても、俺がやるのは飲み物を淹れることと、トーストにバターをぬることだけだ。


 俺は、パントリーからトーストを持ってくると、冷蔵庫を開けてバターを取り出す。

 そしてバターナイフで人数分のバターを切り落とすと、レンジで10秒だけあたためる。


 チン!


 程よく柔らかくなったバターを、父さん、母さん、ママ、一乃いちのさん、それから俺のトーストにぬって、あとは順番にトースターに入れるだけだ。

 その間に母さんは、卵を8つ割って(うち5つは白身をとりわけて)、オリーブオイルで、4人分の黄身の色が強めのオムレツと、パパ専用の、100%白身のオムレツを焼き上げる。


 そして俺がアイスハーブティーとコーヒーを淹れているあいだに、3階からパパとママと父さん、1階から一乃いちのさんがやってきて、母さんが朝ごはんをならべたテーブルにつく。


「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」

「いただきまーす」


 朝ごはんは、みんなで食べる。(二帆ふたほさんはのぞく)

 一家団欒。なんというか、かなり特殊な家庭環境だけど、俺にとっては日常だ。


「! このアイスハーブティーすごく美味しいわね」

「でしょでしょー! スーちゃん、アイスハーブティー淹れるのすっごく上手なのー。すごいよねー」


 ママがおどろくと、一乃いちのさんが、まるで自分の事のように得意げに話す。


「昨日、暑かったからさ、試しにアイスにしたんだけど、一乃いちのさんにすっごく評判良くってさ。今朝、FUTAHOさんや、武蔵むさしさんにもほめられたよ」


 俺は、一乃いちのさんにほめられるのが嬉しくって、説明を付け加える。


「やっぱりー! ムーちゃんも絶対美味しいって言うと思ったの―!」

二帆ふたほがハーブティー飲むってことは、仕事のスイッチが入ってたってことでしょう? それは本当に美味しかったのね」


 一乃いちのさんと、ママがしきりにうなずいていると、コーヒーをすすっている父さんと、プロテインシェーカーを力強く振っているパパも話にくわわってくる。


「へー。そんなに美味しいんだ」

すすむ君、今夜、私たちにもふるまってくれるかい?」

「はい。もちろんです!」


 去年の夏休み最後の日、俺の誕生日。突然訪れたこのややこしい二世帯同居生活に、最初はかなりとまどっていたけど、この9か月間で、もう完全になじんでいた。


 そして、遠くの町で就職して、一乃いちのさんに告白をする当初の目的も、大きく路線変更がなされていた。

(就職より先に一乃いちのさんに告白をしてしまった……)


 なんだかややこしい家庭環境だし、付き合っているのに、一乃いちのさんとふたりっきりの時間をなかなか作ることはできないけれど、俺は幸せだと思う。とんでもない、ラッキーボーイだと思う。


 そして、このときは、この幸せな生活がずっとつづく。そう思っていた。

 そう、思っていたんだ……。

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