第155話 100%わかりきったオファー。

 俺は、夢の中でドラネコと戦っている二帆ふたほさんをお姫様抱っこして、2階のリビングに降りた。

 それに気がついた武蔵むさしさんは、ソファから静かに立ち上がった。


「ありがとうございます。すすむさん。そのまま、二帆ふたほをソファに座らせてくれますか?」

「わかりました」


 俺は、言われるがまま、二帆ふたほさんをリビングのソファに座らせると、二帆ふたほさんの右手をそっとにぎった。

 そして、二帆ふたほさんの耳の匂いがかげるくらいまで近づくと、ゆっくーり、ゆったーーり、やさしーーーい声でささやきはじめた。


「キミの名前はF・U・T・A・H・O。FUTAHO。

 とてもクールで、とてもストイックな、女性のあこがれ。令和のヴィーナス。

 キミはとても寡黙な女性。余計なことはしゃべらない。余計なことは行わない。 

 みんなのあこがれ、FUTAHOを完璧に演じきる」


 二帆ふたほさんは、目をとじたまま、ゆっくーーーーりとうなずいた。


「フフッ……いい子だね。

 さあ、FUTAHO、仕事の時間だよ。俺の合図で目覚めるんだ。

 3……2……1……」


 パチン!!


 俺が指を鳴らすと、二帆ふたほさんがゆっくりと目を開けた。


「おはよう。スーちゃん」

「おはようございます。今日もカッコいいです。FUTAHOさん」

「ありがとう」


 二帆ふたほさん……いやFUTAHOさんは、ソファーから立ち上がると、冷蔵庫を開けて、ジッパーに入った白い粉を取り出した。

 父さんとママの会社で開発している、ソイプロテインだ。

 

 FUTAHOさんは、その白い粉をシェイカーに入れて豆乳を注ぐと、シャカシャカとよくふってからゴクゴクと一気に飲み干した。そして、


「シャワーあびてくる」


と、スタスタとバスルームへと去っていった。


 俺は、その姿を見終わった後、キッチンに向かう。三人分のハーブティーを淹れるためだ。


「さすがはすすむさん。もう、二帆ふたほのスイッチを入れるのはカンペキですね。安心して観ていられます」


 俺の背中に、武蔵むさしさんが話しかけてくる。


「そんな、武蔵むさしさんに比べたら、まだまだですよ」


「謙遜しなくていいですよ。正直言って、私よりも上手いと思います。なにより、二帆ふたほのリラックス度合いが違う。これなら、今日も安心してすすむさんに預けられますね」


「打ち合わせですか?」


「はい。悪いですが今日は学校を早退して戴けますか? 午後2時から数時間ほど別件で外します。

 なんでも新しくM・M・OメリーメントオンラインのYouTubeチャンネルを開設するらしく、そのパーソナリティを頼みたいとオファーを戴きました」


「FUTAHOさんですかね? ひょっとして一乃いちのさん?」


一乃いちのは顔出しも声出しもNG なので、FUTAHOでしょう。まあ、ふたりの父親の弥十郎やじゅうろうさんという可能性もある……いえ、絶対にないですね。100%ありえません」


「パパ、せっかくいいキャラしてるのに、なんだかもったいないですね」


 俺は、パパにフォロー? を入れつつ、リビングのローテーブルにティーカップを1つと、クラッシュ氷のたっぷりと入ったグラスを2つ置くと、最初にティーカップにそそいで、そのあとそれぞれのグラスに、均等にハーブティーを注ぎ始めた。


「今日は、アイスティーですか。ティーカップは、常温で飲むFUTAHOのですね?」


「はい。アイス用に、ふだんより濃い目に淹れています。FUTAHOさんのもこれでちょうどいいはずです」


 俺は、クラッシュ氷の入ったグラスに均等にハーブティーをそそぎ終えると、最後の数滴を、FUTAHOさんのティーカップに念入りにそそぎこむ。

 それから、マドラーで氷の入ったグラスをほんの少しだけかきまぜると、武蔵むさしさんに差し出した。


「どうぞ。ちょうど、飲み頃だと思います」

「キレイな黄金色ですね……」


 武蔵むさしさんは、とても興味深そうな瞳でグラスを見つめている。


「いただきます」


 武蔵むさしさんは、グラスを持つと、そっと傾けて黄金色の液体を飲んだ。


「美味しい!」


 その声は、いつものクールボイスの武蔵むさしさんじゃなかった。そして、プライベートのロリロリボイスの六都美むつみさんでもなかった。

 ちょっとだけフラットだけど……でも、どこにでもいそうな女の人の声。これが、武蔵むさしさんの……六都美むつみさんの本当の声??


 武蔵さんは、ひと飲み、ふた飲み、こくこくとハーブティーを飲むと、右手にメガネをあててつぶやいた。クールボイスの武蔵むさしさんの声にもどっている。


「ビックリしました。本当に美味しいですね。アイスにすると、甘さが引き立ちます。本当に美味しい!!」


「やった! 武蔵むさしさんが初めて『美味しい』って言ってくれた」


「はい。初めて言いました。そして私は嘘がつけません。このアイスハーブティー、一乃いちのが淹れるよりも美味しいです」


「いやいや、それはちょっと言いすぎですよ!!」


 俺が慌てて否定をしていると、FUTAHOさんがバスルームから戻ってくる。 

しっかりとブラとパンツをつけた、安心安全なFUTAHOさんは、バスタオルでわしわしと頭をふきながら、武蔵さんにたずねた。


「今日の予定は?」


「今日は一日中テレビ局。ハリウッドスターとの共演だから、相当、待ち時間が長くなると思う。FUTAHOを抜く時間もとれると思います」


「ふふ、それは楽しみ! それじゃ、今日も1日頑張ろっかな」


 そう言うと、FUTAHOさんは、瓶に入った数種類のサプリメントをジャラジャラと手のひらにおくと、ぬるくなったハーブティーを一口飲んだ。


「美味しい……」


 FUTAHOさんは、猫のような瞳をことさらと大きく見開いてつぶやくと、そのまま錠剤と一緒にハーブティーを一気に飲み干した。


「イーちゃんと同じくらい、いや、個人的にはスーちゃんのブレンドの方が好みかも」


 FUTAHOさんのひとりごちの感想に、俺はポカンとする。


すすむさん、FUTAHOのお墨付きですよ。一乃いちのにも褒められたのでしょう? これはもう誇ってしかるべきだと思いますよ?」

「え? あ、はい。ありがとうございます」


 俺が、なんだか間の抜けたお礼を言うと、FUTAHOさんは「フフッ」とクールに笑いながら、母さんが洗濯したての、シワのない、だるんだるんのパーカーを着こんだ。


「着替えは、車に入れてあるから」

「了解。それじゃ、スーちゃん行ってきます」

「いってらっしゃい、FUTAHOさん」


 俺は、玄関までついて行ってFUTAHOさんと武蔵むさしさんを見送った。


「それでは、すすむさん、一時半までにはテレビ局に来てください。よろしくお願いします」


 武蔵さんが、ちょこんと頭をさげると、静かにアルファードの運転席に乗り込んで後部座席のドアを開ける。


 FUTAHOさんは素早く後部座席に乗り込むと、振り向きざまにウインクをしながら、


「じゃ、スーちゃん、テレビ局の楽屋で一緒にバケネコをぬっころすのだ!」


 って一瞬だけスイッチを切って二帆ふたほさんに戻って言った。


「出発します」


 武蔵むさしさんの声と共に、アルファードの後部座席のドアが静かに閉まると、スモークをはった車の中は全く見えなくなる。

 そして、力強くも静かなエンジン音とともに、アルファードは発信して、俺の前から消えていった。


 ん? ドラネコをぬっころす??


 俺は、スマホでM・M・Oメリーメントオンラインにログインした。

 ログインボーナス演出と、期間限定ログインボーナス演出と、全世界ユーザー1000万人突破のスペシャルログインボーナス演出のあと、初めて見るログインボーナス演出が現れた。


 そこには『五色の古代獣! 最後の強敵〝シルバー=プリンセス〟現る! 実装記念ログインボーナス』と、書かれてあって、俺は、ペットフードを5個ゲットした。

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