幕間劇

第159話 ある女性の独白。

 私はどこにでもいる普通の少女だった。


 背がちょっと……イヤかなり低いくらいで、あとはもう、本当にどこにでもいる、普通の女の子だった。勉強もスポーツも音楽も図画工作もぜーんぶ標準偏差の域を出ない。平均から大きく逸脱しているのは、本当に身長くらいのものだった。


 そんな私には、小学校のころからの友人がいる。


 仁科にしな一乃いちの

 結構な天然で、ヘンテコな空想壁があるけど、だけど誰にでもやさしくて、そして何よりとても絵が上手な女の子。


 今は、両親が離婚して、一乃いちのは母親姓を名乗っているけど、私が小学生の頃、一乃いちのの両親はとてもなかの良い夫婦だった。

 キャリアウーマンのママと、少女と見違えるような美しいパパ。とっても仲良しな夫婦だった。


 一乃いちのの、4つ下の妹の二帆ふたほは、パパそっくりのまるでお人形さんのような美少女で、運動神経抜群。そして、何事にも動じない、とんでもない度胸の持ち主だった。


 とりたてて特長のない私にとって、キラキラと輝いている一乃いちの二帆ふたほは、私のあこがれだった。


 心からうらやましい。そう、思っていた。


 でも、一番うらやましかったのは、ふたりにがいたこと。

 一乃いちのの7つ年下のれいくん。


 ひとりっ子だった私は、それがとてもとてもうらやましくて、しょっちゅう一乃いちのの家に遊びに行っていた。


 ゲームをやったり、絵を描いたり、近所の公園でボール遊びをしたり。そんな遊びの中心には、必ずれいくんがいた。

 まだ幼稚園のれいくんが、小学校高学年の私たちの遊びについていける訳がない。でも、ふたりのおねーさんのことが大好きのれいくんは、ずっと一乃いちの二帆ふたほにくっついて遊んでいた。


 私と一乃いちのは、もう、小学生高学年だし、7つ下とのれいくんとは、手加減して遊んでいたけど、二帆ふたほはちがった。

 勝負事となると、とにかく本気になる二帆ふたほは、3つ年下のれいくんにも容赦がない。スマブラでも、ドッジボールでも、完膚なきまでにれいくんをたたきのめし、4つ上の私ともいい勝負をする。


 そして負けると、二帆ふたほは涙を流して本気で悔しがる。そして、3つも年下のれいくんに、よしよしとなぐさめられていた。

 いつも手加減して二帆ふたほれいくん負けてあげる一乃いちのとは大違いだ。


 姉妹でもこんなに性格がちがうものなの? って、ちょっと驚いたけど、喜怒哀楽がハッキリしていている二帆ふたほの性格が私は好きだった。

 

 キラキラした姉妹と、カワイイ弟くん、そして仲むつまじいパパとママ。

 仁科にしな家は、誰から見てもとっても幸せな家族に見えた。


 そして、このときは、この幸せな生活がずっとつづく。そう思っていた。

 そう、思っていたのに……。



 忘れもしない夏休みの最後の日。れいくんのお誕生日の日。

 最後まで残しておいた自由研究を、合同でやることにした私と一乃いちのは、一階のおばあちゃんの部屋で、模造紙に地球温暖化のしくみをまとめていた。


「おねーちゃんは絵が上手だねえ」

「お友達はしっかりした文章を書く」


 一乃いちののおばあちゃんにほめられながら、文章は私が書いて、イラストは一乃いちのが進める。

 私が文章を書き終わって、一乃いちののイラストの色塗りを手伝っているとき、一乃いちのが突然、ガッテンとこぶしを打った。


 いいことを思いついたときの、一乃いちののクセだ。


「宿題が終わったらー、れーちゃんのプレゼントにそえるバースデーカードつくるのどーかなー?」


 一乃いちのの名案に、私はすぐさま賛同した。

 とっとと宿題をやっつけて、バースデーカードづくりをはじめなきゃ! だって私も、れいくんのことが大好きだから。


 どんなバースデーカードをつくろうか。私と一乃いちのは、おしゃべりしながら、でもしっかりと手を動かして、暑がってうちわをあおいでいる地球のイラストをぬっている時だった。


 二帆ふたほが、青ざめた顔で入ってきたんだ。


レ―ちゃんが……レ―ちゃんが……車にはねられた!」


 公園の外に飛び出たボールを追いかけて、車にはねられたらしい。

 私たちが血相をかえて公園に行くと、ぐったりと倒れたれいくんがいて、車はどこにも見当たらなかった。ひき逃げだ。


「カワイイ弟をたすけるのが、おねーさんのシメイなのに……フーちゃんは、フーちゃんは、おねーさんシッカクなのだ!」

 

 一乃いちののおばあちゃんが呼んでくれた救急車で、れいくんが担ぎ込まれるまで、私は、錯乱して泣きじゃくる二帆ふたほの背中をずっとさすりつづけていた。


 ・

 ・

 ・


 二帆ふたほが引きこもりになったのはその時から。〝弟殺し〟と心無いあだ名をつけられた二帆ふたほは、やがて登校拒否になり、家から一歩もでなくなった。

 食べ物も受け付けなくなって、食べてははいての繰り返し。二帆ふたほの肌は、まるで透けてしまうかのごとく白く白く真っ白になって、腕や足は骨がうきでるくらいにやせ細ってしまっていた。


 仲が良かった両親もこの時から少しずつ険悪になって、二帆ふたほと同じくらい、白くやせ細ってしまった一乃いちののパパが逃げるようにアメリカに飛び去ったのはれいくんがいなくなった3年後。


 それからすぐに、おばあちゃんも亡くなって、にぎやかだった一乃いちのの家はドンドン寂しくなっていって、一乃いちのと私が大学生になったとき、ついにはママが二帆ふたほをつれてアメリカに転勤。


 一乃いちのは、あの三階建てのおっきな家に一人暮らしになってしまっていた。


 私たち漫研メンバーが入り浸ったのはそのころだ。


 私たちは、一乃いちのの家で漫画を描きまくった。

 そして、一乃いちのは、白蓮はくれん社の漫画賞に佳作でひっかかる。


 まるで取りつかれたようにネームを書きまくっていた一乃いちのだけど、現実は甘くはなかった。描いてはボツ。描いてはボツの繰り返し。

 そうしてこれが最後と趣味全開で描いた『信長のおねーさん』が、新人編集者の田戸倉たどくらさんの目に留まって月刊『はなとちる』に掲載される。


 なぜだろう。


 運気が上向きになるときは、まるで上昇気流のようにステキな出来事がまきおこる。ずっと険悪だった一乃いちののパパとママが、アメリカで再開していて、仲直りをしていた。

 とりあえず、籍は外したままだけど、また一緒に暮らすらしい。


 アメリカから帰国した二帆ふたほは、まるで別人のように元気に、そして美しくなっていた。二帆ふたほにずっとつきっきりでパーソナルトレーニングをしていたパパは、テカテカに黒光りするマッチョこけしになっていた。


 女神のように美しい二帆ふたほが、モデルとしてスカウトされるもの、当然の結果だった気がする。


 デビューした二帆ふたほには、オファーが殺到し、でもオファーさきでちょくちょくトラブルを起こしていた。あの事故から生粋の引きこもり体質となってしまった二帆ふたほは、外に出るときは極端な人見知りで、極端に緊張して、無表情の仏頂面ぶっちょうづらのまま、全く表情をことができなかった。


 いくら女神のように美しくても、仏頂面ぶっちょうづらしかできないモデルに出来る仕事なんて、ほんの一部に限られてしまう。


 大学で催眠療法を専攻していた私は、成り行きで二帆ふたほのマネージャーをするために、一乃いちののママと一緒に個人事務所を立ち上げることになる。


 二帆ふたほは、私がいないと、わたしが面倒見ないと……そう思っていた。

 二帆ふたほのマネジメントとメンタルケア。それが私の特別な才能。そう思っていた。


 でも、私なんかより遥かに二帆ふたほに信頼されていて、私なんかより遥かに才能ある人物に出会う。


 かぞえすすむさん。


 一乃いちの二帆ふたほの義理の弟さんだ。


 私は、このすすむさんを見たとき本当におどろいた。赤の他人……のはずなのに、まるでれいくんの生き写しのようだった。なによりとっても優しい性格が、本当にれいくんにそっくりだった。


 一乃いちの二帆ふたほ、そして私が、すすむさんに惹かれるのは当然の事だった。でも、私は脇役だ。一乃いちの二帆ふたほの脇役に徹しないと。


 私の名前は武蔵むさし六都美むつみ

 どこにでもいる、これと言って特徴のない普通の女だ。

 身長が低すぎる以外は。

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