第150話 ゼロ距離家族へのかくしごと。

 俺と二帆ふたほさんが2階に降りると、ダイニングテーブルには、涼し気な巨大なガラスの器がドカンと置いてあった。その器にはたっぷりの氷がはいっている。そしてそのガラスの器の中に、これまた涼しげな青い切子の器が入っていて、中にはたっぷりのそうめんが入っていた。


「今日は暑かったから、そうめんにしたの。物足りなかったら、炊き込みご飯も炊いてあるから」

「はっはっは。二帆ふたほとパパは、そうめんもご飯もおかわりは一度きりだぞ!」


 母さんのそばで、食器をならべているのはパパだった。

 俺は、思ったことをそのまま言った。


「あれ? 一乃いちのさんは?」

「編集部との打ち合わせに時間がかかったみたい」


 言ったのはママだった。ママは椅子をひいて座りながら話をつづける。


「さっき駅についたって連絡があったから、そろそろ帰ってくるはずよ」

「ただいまー」


 玄関から、一乃いちのさんの声が聞こえてくる。たてつづけにトントンとリズミカルに階段を昇ってくる音が聞こえて、ノースリーブの自然派ワンピースに身を包んだ一乃いちのさんがリビングにあらわれた。うっすらと汗をかいている。なんてったって、今日は今年初の真夏日だ。日が落ちたといっても、まだまだ外は暑いみたいだ。


「ごめんなさいー。お母さん。お夕飯の支度お手伝いできなくってー」

「平気、平気、今日は暑いし、やる気でないから、そうめんと炊き込みご飯で手抜きしちゃったの」

「そんなー、手抜きだなんて、わたしお母さんの炊き込みご飯、大好きですー」


 そう言うと、一乃いちのさんは手を洗って食卓につく。


「お父さん! いつまでゲームやっているの!!」

「わ、わかったよ……すぐいく……」


 最後に、ぴしゃりとママにしかりつけられた父さんがswitchをスリープモードにしてあわててテーブルについた。


「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」


 みんな、いっせいにそうめんへと箸をのばす。


「やっぱり、おそうめんにはミョウガが合うのー」

「いやー、夏って感じだねー」

「まだ5月なのに先が思いやられるわ……」

「まだまだ、たくさんあるから、どんどん食べてね」


 一乃いちのさんと、父さんとママがそうめんにしたつづみをうつなか、猛スピードでそうめんが減っていく。二帆ふたほさんだ。二帆ふたほさんはまるでわんこそばでも食べるみたいに、そうめんを猛スピードで胃袋にながしこんでいく。


 ぱっちぃーーーーーーーーん! ……カラン。


「ァうち(>_<)」


 二帆ふたほさんが箸を落とす。その手首が真っ赤にはれている。


「おっと! 二帆ふたほはそこでストップだ!」


 パパの必殺技、目にもとまらぬ音速しっぺだ。

 パパは、お皿に山盛りになった赤紫色の野菜を冷蔵庫から取り出すと、


二帆ふたほは、私が刻んだこのミョウガをおあがりなさい」


 と、自慢の胸筋をピクピクとヒクつかせながらニッコリと微笑んだ。


「フーちゃん苦いのキライ! ごちそうさまでした!!」


 二帆ふたほさんは、思いっきりほっぺたをぷっくりさせると、逃げるように3階の自分の部屋へと駆け上っていった。


「もう、本当に二帆ふたほは子供なんだから……」


 ママがため息交じりにつぶやくと、パパがアゴをさすりながらつぶやいた。


「ふうむ……誰に似たんだろうね」

「あなた以外に考えられないでしょ!!」


 うん。今はこけしヘアーのマッチョだから見る影もないけど、パパって若いころは二帆ふたほさんそっくりの美少年だったんだよな……。


「というかパパ、なんで大皿一杯にミョウガを刻んでるのよ。薬味の量じゃないでしょう?」

「はっはっは、お母さんに手伝いを頼まれてね、張り切って刻みすぎてしまったのだよ」

「……アナタっていつもそう。無計画にも程があるわよ!」

「なんだとぅ」

「なによ!」


 一発触発のパパとママがにらみ合うなか、


「わぁ。今日はパパがお母さんを手伝ってくれたんだー。ありがとー」


 と、一乃いちのさんが癒しオーラ全開の、のんびり口調で割って入る。


 一乃いちのさんは、パパが刻んだ大量のミョウガをたっぷりとそうめんのとり皿に入れると、そうめんといっしょにすすった。


「美味しいー。こんな贅沢、滅多にあじわえないのー。パパのおかげだよー」


「はっはっは、一乃いちのに喜んでもらって嬉しいよ」


 パパがたくましすぎる胸を張る。


「あとー、ミョウガはバターソテーにすると美味しいって、朝の番組で言ってたのー。明日のお弁当にピッタリじゃないかなー」


「あら、そんな食べ方あるの? さすが一乃いちのちゃん、ハイカラなお料理を知ってるのねー」


 母さんのほがらかな笑顔に、一乃いちのさんがおっきな低反発な胸を張る。


「いやあー、それほどでもー?」


 一乃いちのさんが、父さん(と俺の)口癖を真似すると、食卓に笑いの花が咲いた。

 さすが一乃いちのさんだ。一発触発の殺気だった食卓を、たちどころに一家団欒の楽しい食卓に切り替えた。


 そう、今まで通りの一家団欒だ。俺と一乃いちのさんは、付き合っていることを秘密にしていた。


 学校で秘密にするのはモチロン、家族に知られてしまうのも、なんというか気まずかった。

 とりあえず、俺が高校卒業するまでは、そうしたほうがいい。俺と一乃いちのさんは、そう考えていた。

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