第146話 面識ゼロの陰陽術師。

 一乃いちのさんがさった露天風呂の中、俺は、湯舟の中に、ゆるゆると力なくへ垂れ込んだ。


 夢じゃない……よね。


 俺は、つい今さっき起こった、パラダイスな出来事を、念入りに念入りに思いおこしていた。俺、一乃いちのさんとキスしてたんだ。しかも、裸で抱き合って……。


 酔っぱらって、寝ぼけて俺の部屋で裸で寝てる一乃いちのさんや、パンツをはいたら負けの二帆ふたほさんのおかげで、女の人の裸には慣れているつもりだったけど……なんというか、全然違った。


 俺は、一乃いちのさんのいたずらっぽい微笑みを思い出した。


『今はキスまででおあずけ。高校を卒業するまで、スーちゃんは我慢できるかなー?』


 我慢も何も、キスだけで頭が爆発してしまいそうだ。ついでにここには書いてはいけない所も爆発寸前だ。

 このまま風呂を上がってしまうのは危険過ぎる。


 俺は眼前に広がる、みずみずしい若葉が広がる絶景を見ながら大きく大きく深呼吸をした。

 新鮮な空気をいっぱいすって、ほてった心と、ここには書いてはよろしくない所の鎮静化に努める。


 脱衣所は、露天風呂と同じ男女共用だ。

 今湯舟から出て、ふたたび一乃いちのさんの裸を目撃しようものなら、ここには書いてはよろしくない所が暴発事故を起こしかねない。


 すって、はいて、すってぇはいてぇー。


 俺は湯舟の中で座禅を組むと、全神経を集中し、強制的に賢者モードに移行した。


「ねー、スーちゃん」


 一乃いちのさんが、再び露天風呂にやってきた。

 大丈夫だ問題ない。

 しっかりと、グランピング備え付けのピンク色のムームーを着こんでいる。

 とっても安全だ。


「朝ごはん、フレンチトーストにしようと思うのー。

 師太しださんのキャンピングカーにレンジがあったから、そこで下ごしらえをして、焚火で焼こうかなーって。スーちゃんもてつだってくれる?」


「もちろん!」

「ほんとー? 助かるー。

 じゃ、わたしは下ごしらえをするから、スーちゃんは火起こしおねがいねー」


 そう言って、一乃いちのさんは脱衣所へと戻っていく。


「りょーかいのすけ!」


 俺は、二帆ふたほさんお得意の、謎の業界用語で元気よく返事をすると、ザブンと音を立てて露天風呂をあとにした。


 ・

 ・

 ・


「なにこれ? めちゃうまだし!」

「これは、お店でだせるレベル。さすがは一乃いちの


 フレンチトーストを食べた九条くじょうさんと七瀬ななせさんが、驚きの声をあげる。

 良かった。焚火だと焼き加減がどうなるか心配だったんだけど、上手にできたらしい。


「ちがうよー、このフレンチトーストはー、スーちゃんと十六夜いざよいさんが考えたレシピなのー」


 一乃いちのさんが、俺と三月みつきに花をもたせてくれる。


「なんと、かぞえ様と十六夜いざよい様がお考えのレシピでございましたか!」


 驚くじいやの言葉に、コロちゃんがつづく。


「これ、お母様につくってあげたい! あ、でも……ぼくにもできるかな……」

「大丈夫! 文化祭用に考えた絶対に失敗しないレシピだから」

「そうなんですね! じゃあ、文化祭では大好評だったんじゃないですか?

 ひょっとして、大行列ができてたりして」

「あ、いや……ちょっと事情があって、結局文化祭では出さなかったんだ」

「えー、残念。じゃあ、今年は出店しましょ! 保健室で! ぼく、ホールスタッフやりたいです!」

「わーそれ、ステキなアイデアだと思うのー」


 コロちゃんの提案に、一乃いちのさんも、ガッテンとこぶしを打つ。

 そっか……確かに、無理にクラスの出し物としてやる必要はない。今年は、俺とコロちゃんで、文化祭に出店するのも悪くないかもしれない。


「んきゃ! そのときは、トッピングにマシュマロも用意してくれたまえ!

 この暴力的までの甘さが絶品なのだよ!!」


 そう言いながら、十津川とつがわさんが、フレンチトーストに焼いたマシュマロとチョコレートクリームを乗っけて食べている。

 なんて暴力的な食べ物なんだ。まさにカロリー爆弾だ。

 これ、絶対に二帆ふたほさんが好きなやつだ。

 (5人前はぺろりといってしまいそうだ)


 ……そういえば、二帆ふたほさん、どうしてるかな。

 俺は、ふと気になって、スマホで、M・M・Oメリーメントオンラインにログインした。


 やってるやってる。まだ朝6時過ぎなのに、しっかりプレイしている。

(徹夜かな?)


 俺は、ギャラリーモードで、『五色の古代獣』の一匹、〝クリムゾンジョーカー〟と戦っている〝フーター〟のプレイを見た。


「な、なんじゃこりゃ」


 そこには、〝フーター〟と共闘している陰陽導師がいた。

 名前は〝Forceフォース〟ってある。


 ……誰?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る