第145話 ゼロ距離のいきづかい。

「だって俺、好きな人がいるんで。もう一年以上、ずっと片思いです」

「え?」


「俺の好きな人は、一乃いちのさんです」

「…………」


 湯舟のフチから「ぱちゃぱちゃ」とあふれていく、さざなみのような音が、とても、とても、大きく聞こえる。

 朝日は、もうずいぶんと昇ってきていて、湯舟をキラキラと輝かせている。


「文化祭のいざこざがあって、学校をやめようとしたときに、保健室登校を進めてくれたときから。もう、ずっと一乃いちのさんが好きです!」

「…………」

一乃いちのさんが居なかったら、俺、学校をやめて、今頃どうなってるかわかんない。一乃いちのさんは俺の恩人なんです!」


「……それが、わたしを好きな理由?」


 さっきからずっとだまっていた、一乃いちのさんがポツリとつぶやいた。

 え? なんだろう、なに、この表情……ちょっと、さみしそう。なんで??


「わたしが、スーちゃんの事を助けたから……わたしを好きになったの?」

「そ、それだけじゃないです! 一乃いちのさんは、やさしいし、すっごく美人だし、料理が上手だし、そ、それに……」


 一乃いちのさんの水風船みたいなおっぱいが、ぷかぷかと、湯舟のさざなみを受けてゆらめいている。


「それに?」

「それに……おっぱいがおっきいから」


 !!


 終わった。俺、なんてアホなこと言ってるんだ。

 せっかくの告白が、一世一代の告白が台無しだ!!

 カッコ悪い! カッコ悪い! このまま消えてしまいたい!!


 でも、一乃いちのさんのリアクションは、俺の予想だにしないものだった。笑っている。一乃いちのさんは、まるでいたずらっ子のように微笑んだ。


「うふふー。スーちゃん、わたしのおっぱいが好きなんだー」


「お、おっぱいだけじゃないです。そ、その、一見しっかりしているようで、かなり天然の所とか、めっちゃカワイイです。そ、その、守ってあげたいって思うって言うか……お、俺、高校を卒業したら、就職して、一乃いちのさんに釣り合う男になるから、そ、その……高校を卒業したら、付き合ってください!!」


 ああ、なんて、めちゃくちゃな告白なんだろう。

 脳内で何度も何度も何度も何度も、イケてる告白を練習していたってのに……からっきしだ。


 一乃いちのさんのおっぱいが好きだとか、天然だとか、なんだか余計なコトばっかり言ってしまった。


 告白は失敗だ。大失敗だ。そう思った。でも……。


「わたしもー、スーちゃんのこと、好きだよ」

「ほ、本当に? 『家族として』って意味じゃなくて!?」

「もちろん、家族として、弟としてのスーちゃんは大好き。でもー、一人の男の子としても、スーちゃんのこと好きだよ。わたしは、やさしいスーちゃんが大好き。

 わたしは、人を見た目で判断しない、みんなに分け隔てなく優しいスーちゃんが大好きだよー」

「じゃ、じゃあ!!」

「うん。でもー、高校を卒業したら、もう一回告白してほしいな。それまでは……」


 そう言うと、一乃いちのさんは、いきなり顔を近づけてきた。唇と唇がふれあう。


「う……ん」


 一乃いちのさんの舌が、俺の口の中にすべりこんできた。俺と一乃いちのさんの舌がゆっくりとからみあう。

 舌と舌がからみあう音と、一乃いちのさんのいきづかいが、耳元にダイレクトに伝わってくる。


 俺の部屋で、寝ぼけた一乃いちのさんと初めてしたキスともちがう、三月みつきに告白された時にしたキスともちがう。


 これが、大人のキス……?


 一乃いちのさんの腕が、俺の背中にからみついてくる。俺も一乃いちのさんの背中を抱きしめた。


 一乃いちのさんの低反発なおっぱいが、俺の胸でおしつぶされているのがわかる。そして、俺のここには書いてはよろしくないカチンコチンな所が、一乃いちのさんの、やわらかなところに当たっているのがわかる。


 俺は一乃いちのさんと唇をかさねて、夢中になって身体を密着させて、とても、とても、濃厚なキスをした。


 一乃いちのさんが、そっと重ねた唇をはずすと、ふたりの溶け合った唾液がうっすらと糸を引いた。


 どれくらい時間がたったんだろう。あたりはスッカリと明るくなっていて、朝靄あさもやの雲海もきれいさっぱりなくなっていて、眼下には一面の新緑がひろがっている。


「今はキスまででおあずけ。高校を卒業するまで、スーちゃんは我慢できるかなー?」


 一乃いちのさんは、少しだけ目線を落とすと、いたずらっぽく笑った。


「も、もちろんだよ!!」


 俺が、力強く返事をすると、


「じゃ、わたしはそろそろ、あがるね。せっかく早起きしたんだしー。おいしー朝ごはんをつくりたいのー」


と、ざぶざぶと露天風呂をあがって、脱衣所へと入っていった。


 俺は、一乃いちのさんがチラ見したところを見た。、ちょっと考えられないくらいテンパって、恥ずかしげもなく真っ赤になっていた。

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