第144話 ゼログラビティの水風船。

「あ、スーちゃーん。スーちゃんも朝風呂入りに来たんだー」


 一乃いちのさんの肌は、ほんのりと桜色に紅潮している。

 ついさっきまで、湯舟につかっていたんだろう。


「なんだか目がさえちゃって……」


 俺は、かけ湯をすませると、一乃いちのさんがいる、対角線上の湯舟のすみっこに、しずしずと腰をしずめる。

 近づいてしまうといろいろとヤバイ。一乃いちのさんの豊かな低反発おっぱいにピッタリとはりついたスケスケタオルの破壊力は抜群だ。うかつに近づこうものなら、オーバーキルされてしまう。


「わたしもー。いつもより早く寝たから目がさめちゃってー。

 わたしがお風呂でのぼせちゃったとき、ベッドまで運んでくれたのスーちゃんでしょう? ありがとー。石段を登るの大変だったと思うのー。重かったでしょー?」

「そんな! 全然平気だよ!」


 一乃いちのさんは重くなかった。でも、全然平気じゃなかった。


「ベットの横でねむっていたでしょー? ふふふ、疲れてた証拠だよー」

「そ、それは……」


 俺は口ごもった。本当の事なんて言えない。


 石段を登るときにこれでもかと背中にあたる、一乃いちのさんのおっぱいの感触が気持ち良すぎたなんて言えない。

 階段を昇るたびに「ぽよよん」と、背中に心地よくあたる低反発なノーブラおっぱい攻撃に、平常心を失って、完全にMPを吸い取られてしまったんだ。


「うふふー、スーちゃんの寝顔、可愛かったのー」

「ちょ! やめてください!」

「眠っているスーちゃんを師太しださんが、お姫様だっこしてベッドに運ぶところなんて、きゅんきゅんしちゃったー」


 あ、ベッドに運んでくれたの、コロちゃんだったんだ。やっぱりコロちゃんは力持ちだ。


「ねえ……スーちゃん、そんな端っこじゃなくて、もっとこっちにおいでよー」


 え? どういうこと!?


「雲海、そこからだと、良く見えないでしょ? こっちに来てみてー。すっごくキレイだからー」


 あ……そういうこと……。


 俺は、勤めて冷静に、一乃いちのさんの魅惑のボディを見ないように見ないように、細心の注意をはらいながら、ざぶざぶと露天風呂のフチまで進んでいった。


「すごい……」


 それは、まさに絶景だった。


 朝日が雲を照らして、紫色にゆらめいている。でもその色は、日が昇っていくにつれて、少しずつ濃い赤い茜色になって、やがてオレンジがかった曙色へと移り変わっていった。

 俺は、その景色に圧倒されて、まるで吸い込まれるように、ただ、ひたすらに雲海をながめていた。


「うっとりするねー」


 俺の耳元に吐息がかかる。

 横を向くと、目の前に一乃いちのさんがいた。一乃いちのさんの低反発なおっぱいは、まるで夜店の水風船みたいに、湯舟にぷかぷかと浮かんでいる。


 俺は、大慌てで水風船から目線を外した。(見ていたのきずかれてないよね……)


「うふふー。せっかくの露天風呂だし、十六夜いざよいさんと一緒に入りたかった?」

「そ、そんな……」


 一乃いちのさんは、もう一年近く俺の事を誤解している。

 三月みつきのことが好きだって誤解をしている。付き合っているって誤解をしつづけている。

 だから、当然、俺が一乃いちのさんが好きなコトなんて気が付いていない。


 でも……。

 でも…………。

 その誤解も今日で終わりだ。終わりにしよう!


 だって、俺が三月みつきと付き合っている誤解されたままだと、俺と一乃いちのさんが付き合える可能性は、永遠にゼロなんだから!

 チャンスは今だ。今しかない!

 俺も三月みつきみたいに、チャンスの女神の前髪をつかむために勇気を出して行動するんだ!


「俺と三月みつきは、ただの幼馴染です」


 俺は、もはや常套句じょうとうくになってしまった感のある言葉を口にする。

 でも、それだけじゃない! 今日はこれだけじゃない!!


「だって俺、好きな人がいるんで。もう一年以上、ずっと片思いです」

「え?」


 一乃いちのさんは、キョトンとしている。予想だにしなかった言葉なんだろう。


 でも、構わない。

 俺は、覚悟を決めた。言う。言ってやる。当たって砕けろだ!

 俺は、今日、この場所で、一乃いちのさんに告白するんだ!

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