第143話 日の出ジャストの露天風呂。

 俺は、夢を見ていた。でも、目の前は真っ暗だ。なんだこれ?

 あ、これ、顔の前に布がかかっているからか……。


 俺は陰陽術師だった。俺はつとめて冷静に、目の前に垂れ下がっている黒い布をめくる。


 そこは、城の天守閣だった。俺は、夕刻の安土あづち城の天守閣にいた。

 眼下には城下町が広がっている。


「あ、スーちゃんだー。スーちゃんがいるー!」


 頭上から、のんびりとした癒しオーラ全開の声が聞こえてくる。一乃いちのさんだ。俺は、ふと頭上を見上げた。


「い、一乃いちのさん!?」


 一乃いちのさんは、ハッソウザムライだった。つまりブラもパンツもはいてない、羽衣一枚のいでたちだった。しかも、装備しているのは〝ぬえの羽衣〟だ。

 一乃いちのさんの豊かな低反発おっぱいと、ここには書いてはよろしくない所が、周期的に丸見えのモロ見えになっている。


「ハッソウザムライ、初めて使ってみたけど、とっても便利なのー」


 一乃いちのさんが羽衣でひらひらと舞いながら、ゆっくりと安土あづち城に向かってきて、俺がいる天守閣へと着陸した。


「そ、そうですか、良かったですね」


 俺は、はいてないスケスケの一乃いちのさんと目があうのは恥ずかしくって、あさっての方向をみあげる。


 ん? なんだあれ??


 夕日の中に、気球がフワフワと浮いている。そしてその気球には、きらびやかなマタドールの衣装に身を包んだ田戸倉たどくらさんが乗っていた。なんで??

 田戸倉たどくらさんは、うやうやしく両手をあげると、パンパンと手を叩き「おーレイ!」と叫ぶ。


 すると、一乃いちのさんは、突然、催眠術にかかったようにウトウトとしはじめて、とんでもないことを言った。


「……プロ……ポ……ズ……うれしいです……」


 え? どういうこと??


 一乃いちのさんは、そのままウトウトとしながら、でもかなりしっかりした足取りで天守閣の手すりによじ登ると、マタドールの田戸倉たどくらさんが待つ気球へとジャンプした。


 え? え? どういうこと? どういうこと??

 もしかして、一乃いちのさんと田戸倉たどくらさん……付き合ってるの!?


 一乃いちのさんは、〝ぬえの羽衣〟を巧みに操作して、紫のバラをくわえた田戸倉たどくらさんのもとへと向かっている。


 なんてこった! 本当になんてこった!!


 俺、まだ一乃いちのさんに想いを伝えてないのに!

 好きだって告白すらしてないのに!!

 俺の初恋、こんな中途半端な形で終わっちゃうの??


「ま、まってください、一乃いちのさん!」


 俺は、一乃いちのさんを追いかけて天守閣からジャンプした。 

 でも、俺は陰陽導師だ。陰陽導師には、空を飛ぶスキルなんてない。

 スキルがきっかり60個もあるってのに、一乃いちのさんを追いかけるスキルなんて、1個たりとも持っていない。


 俺は、安土あづち城の天守閣から真っ逆さまに落っこちた。


 ・

 ・

 ・


「ほげぇ!」


 俺は、なんともマヌケな叫び声をあげながら目が覚めた。

 どうやらベッドの上から落っこちたようだ。

 俺は、したたか強打した鼻をさすりながら、スマホで時刻を確認する。


 4時33分。


 そろそろ、日が昇る時刻だ。

 俺は、あたりを見回した。ゲルの中にはコロちゃんとじいやが眠っていて、静かな寝息が聞こえるだけだ。


 一乃いちのさん、酔いがさめて、女子のゲルに行ったのかな?

 そういえば、俺、ちゃんとベッドで寝ていたな……コロちゃんとじいやが運んでくれたのかな? あとでお礼言わなきゃ……。


 俺は、色んなことを考えながら、無意識に額の汗をぬぐった。ものすごい量の寝汗をかいている。

 なんだか良くは思い出せないけど、すんごいヘビーな夢を見た気がする。


 そうだ!


 ここには露天風呂があるじゃないか。今ならちょうど日の出を見ながらお風呂に入れるはずだ。

 俺は、いそいそと身支度を整えて、ゲルを出た。


 空は少しずつ白んできているけど、まだまだ薄暗い。俺は足元に気を付けながら露天風呂へと続く石段を下りていると、突然、頭の上から声がした。


「んきゃ! 少年よ! おはよう!!」

「おはようございます。十津川とつがわさん……ってか、なんで木の上にのぼっているんですか?」

「んきゃ! 日の出を待っているのだよ。今日は雲海が拝めるはずだ。これは是非ともスケッチしないとねえ」


 なるほど。十津川とつがわさんは、木の枝にまたがって、スケッチブックを構えている。


「いやはや楽しみだよ。きっと天女が舞い降りるがごとく、スバラシイ景色になるに違いない。ま、天女伝説の地は丹後……つまり京都だから、ここじゃないんだけどね」

「天女か……十津川とつがわさん、天女に詳しいなんて結構ロマンティックなんですね」

「んきゃ! なになに? 私が天女みたいに美人だって?」

「言ってません!」


 十津川とつがわさんは、確かに美人だけど、天女というより、どちらかというと仙人だ。作務衣さむえが似合いすぎている。雲海にできた霞を食べて生きていそうだ。


 天女ってのは……もっと、こう、お上品で……あっ!!


 俺は、羽衣をまとった、全裸の一乃いちのさんを想像してしまった。たちまち顔があかくなる。


「んきゃ! まあ、私に惚れるのも構わんが、君にはもっとふさわしい人がいると思うよ。君の事を必要とする人がね」


 え? どういうこと??


「さあさあ。もう行った行った。これ以上無駄なおしゃべりをしていると、せっかくの絶景を描き損ねてしまう。

 君も、せっかくなら湯舟で日の出を拝んだ方がいいだろう」


「確かにそうですね。それじゃ、十津川とつがわさん、俺、ひとっぷろ浴びてきます」


「んきゃ! 少年よ大志をいだけ!

 最高の『BOYS BE…』なシチュエーションなのだよ!」


 は? なんのこっちゃ??

 十津川とつがわさんの言うことって、たまに本当に訳がわからない時がある。

(そもそも、何歳なんだろう)


 俺は、足早に石段を下りると、脱衣所に入って、さっさと作務衣を脱ぎ去って露天風呂へとつづく扉をあけた。


 そして、眼前に映る光景に絶句した。


「あ、スーちゃーん。スーちゃんも朝風呂入りに来たんだー」


 そこには、天女がいた。

 雲海の中から、朝日がゆっくりと昇っていく絶景の中、うっすらと透けているタオルを身体にあてて、温泉のふちにこしかけた天女がいた。


 その人の名前は、荻奈雨おぎなう一乃いちの

 俺がもう、1年半もの間、ずっと片思いしている……初恋の人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る