第141話 ゼロ距離の勘違い。
「そ、その、コロちゃんって、好きな人……いる?」
「え……?」
俺の質問に、コロちゃんは黙り込んだ。温泉で桜色に染まった頬が、さらに赤く色鮮やかに染まっていく。
湯舟のフチから「ぱちゃぱちゃ」とあふれていく、さざなみのような音が、とても、とても、大きく聞こえる。
「……………」
「……………」
どれくらい時間がたっただろう。沈黙に耐えられなくなった俺は、口を開いた。
「あ……えっと、ゴメン。答えなくなかったら、答えなくてもいいから」
「います! 好きな人います!!」
「そ、そうなんだ。その人って、俺の知っている人?」
「は、はい。そうです……でも、その人には付き合っている人がいるから……」
そう言うと、コロちゃんは恥ずかしそうに湯舟に顔をうずめていく。
やっぱりそうだ。俺は答え合わせをするように、質問に答えていく。
「付き合っては無いよ。ただの幼馴染」
「ホントに? ホントにホントですか??
だってとっても仲がいいから、ぼく、完全に付き合ってるって思ってました」
「生まれたときから、お隣さんどおしだったから、めちゃくちゃ仲がいいのは事実だけど、付き合ってはいないよ」
「じゃあ、好きな人も……」
「うん。今はいない……と思う」
「本当ですか!?」
俺は、コロちゃんに俺と
小学校の時は、足が速い田中のことが好きだったし、中学の時はしゃべりが得意な鈴木が好きだった。高校の時は……気が付かなかったけど、それは、ほら、まさかぼっちの俺なんかを好きになるなんて思わなかったし……。
と、とにかく!
俺は、自信を持ってコロちゃんに言い放った。
「ああ、
「…………………………………………え?」
どうしたんだろう。コロちゃんの顔が突然くもった。
「あ、あの、
「うん、つきあっていないよ!」
どうしたんだろう。コロちゃんの顔が、ますますくもっていく。さっきまでは、あんなにうれしそうだったのに……。
「あ、あの……えっと、じゃ、じゃあ、
「え? お、俺!?」
予想だにしなかった質問だった。でも、そりゃそうだ。コロちゃんにだけ好きな人を告白させて、俺は言わないってのは、フェアじゃない気がする。
「い、いるよ……好きな人」
「そ、そうなんですね? その人ってひょっとして……」
「恥ずかしいから、誰にも内緒だよ」
「もちろんです! 誰にも言いません! じいやにだってヒミツです!!」
「わかった。じゃ、じゃあ、言うね」
「は、はい!!」
コロちゃんは、顔をこれ以上ないくらい紅潮させて、まっすぐ、じっと俺の事を見つめてくる。なんだかちょっと気恥ずかしい。
「お、俺が好きなのは……」
「センパイが好きなのは……!?」
「
「……え……?」
「俺、一年の時に、イジメにあってさ、高校を辞めるつもりだったんだけど、
「……そう……なんですね……」
「
「……そう……なんですね……」
「だからコロちゃん、コロちゃんもさ、卒業式までに、
「……そう……見えますか……」
「え? どうしたのコロちゃん」
コロちゃんは、突然くるりと振り向いた。そして、なんにもない、真っ暗な湯舟の先を見つめている。
「コロちゃん??」
「そっか、センパイ、もうずっと好きな人がいたんだ……なのに、ぼく……勝手に期待しちゃって……」
え? どういうこと??
も、もしかして、コロちゃんが好きだったのって……
・
・
・
俺?
・
・
・
ピコン!
俺の頭の中で、ダイアログ画面が開いた。
—————————————————
シークレットレアルート
〝
▷はい いいえ
制限時間あと20秒
—————————————————
「あ、あのコロちゃん!?」
なんてこった!
なんてこった!!
そうとは知らず、俺はとんでもない空気が読めない発言をしてしまった。なんてこった! 俺はコロちゃんの気持ちを……。
—————————————————
シークレットレアルート
〝
▷はい いいえ
制限時間あと10秒
—————————————————
俺は……頭の中のダイアログを選択できないままでいた。
—————————————————
10……9……8……7……6……5……4……3……2……1……0
時間切れです。
引き続き、難易度エキストラハード
〝
—————————————————
コロちゃんは、しばらく俺に背をむけたまま、バシャバシャと湯舟で顔を洗った。そして「ざぶん」と湯舟の中にもぐりこんで、めっちゃ元気な笑顔でいきなり俺の前にとびだしてきた。
「わかりました!
「え?」
「ぼくは、センパイたちの卒業までまつなんてイヤです! だって、そんなに待てないもん。どっちが先に告白できるか勝負しましょ!!」
そう言って、コロちゃんは笑顔で手をさし出してきた。
鈍感な、本当にもうどうしようもない鈍感な俺に手をさし出してきた。
「わ、わかった」
俺が恐る恐る手を差し出すと、コロちゃんは、強く、強く強く、俺の手を握り返してきた。砕けるんじゃないかって思うくらい強く握りしめてきた。
「ぼく、負けませんから!!」
「う、うん」
俺は、ミシミシと悲鳴を上げる手に冷や汗をかきながら、息も絶え絶えにうなずいた。
俺は、ずるい人間だ。
だって俺は、コロちゃんの想いを、まったく気が付いていないフリをすることを選んでしまったんだから。
・
・
・
脱衣所の向こうから、じいやと
「
「みんなすごい食欲だから、早くしないとお肉がなくなっちゃうのー」
「わぁ! 大変!
コロちゃんは湯舟から「ざぶん」と立ち上がると、はや足で脱衣所へと向かっていく。俺は、ずんずんと進んでいくコロちゃんを急いで追いかけた。
気のせいだろうか……俺には、コロちゃんのその白くて細い背中が、さっきよりずっと大人っぽく、たくましく見えていた。
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