第138話 一組限定のグランピング施設。

 安土あづち城の城跡をあとにしたころ、あたりはすっかり暗くなっていた。

 じいやの運転するキャンピングカーは、街灯もない細い山道を登っていく。


 プワーン! キキキキィーーー!!


 キャンピングカーは、大音量のクラクションを鳴らして急ブレーキをかけた。


「きゃ」

「な、なに??」

「めっちゃ驚いたし!」


 みんな、突然の出来事に大慌てだ。


「うわわわワ……」


 身体がちっちゃな六都美むつみさんなんて、ソファの上をころころと転がっている。


「どうしたの、じいや?」


 コロちゃんが、運転席のじいやに質問をすると、


「これを観ろ」


 と、代わりに助手席に座っている七瀬ななせさんが振り向いてスマホを差し出した。

 スマホには、急ブレーキの原因が映りこんでいる。


「あ、イノシシの親子」

「ホントだ! カワイイ」

「お母さんの後にくっついて走ってくウリ坊がたまらないし!」

「事故にならなくてよかったー」


「ここから、さらに山道となりますので……もうしばらくご辛抱ください」


 そう言って、じいやは再びキャンピングカーを走らせる。

 それにしても、野生のイノシシが出没するなんて、キャンプ場ってどんだけ山の中にあるんだろう。


 俺は、ちょっと、いやかなり心配になっていた。

 もう完全に日が暮れているのに、今からキャンプをするなんて。

 テントを張ったりとか、いろいろと準備があるはずだ。

 みんなもう一日中歩き回って、ヘトヘトになっているのに……。


 第一、みんなの服装がキャンプとは縁遠いいでたちだ。


 自然派ナチュラルなワンピースに、レギンスをはいた一乃いちのさんや、どう考えても遠足の小学生みたいないでたちの六都美むつみさんは、まだいいほうで、九条くじょうさんは攻撃力が高そうな厚底ブーツをはいているし、七瀬ななせさんに至っては超厚底エナメルのパンプスだ。(安土あづち城跡地の石段をのぼるのめっちゃ大変そうだった)


 でも、そんな俺の心配は、キャンプ場についたら吹き飛んでしまった。

 まっくらな山の中に、まるでUFOみたいにぼんやりと光を放っている家? が、切り開かれた山の中に、ふたつたたずんている。


「じゃじゃーん! すごいでショ?」

「すごーい。遊牧民のゲルに泊まれるなんてー。わたし、一度泊まってみたかったのー」

「うわぁー。素敵だね。じいや」

「なるほど、これが流行りのグランピング施設ですか」

「これ、もうホテルだし」

「うん。悪くないだろう」

「んきゃ! オルド! オルド!!」


 最後の十津川とつがわさんの言葉だけちょっと何言ってるかわかんないけど、とにかく、はちゃめちゃに豪華な宿泊施設だ。

 いわゆる普通のキャンプを想像していた俺は、その想像とのギャップに衝撃をうけていた。


 グランピング……恐ろしい子。


 俺たちは、キャンピングカーから荷物を持って降りる。全員がキャンピングカーから降りて、最後にじいやが運転席から降りるのを見計らうと、六都美むつみさんが、実はトランジスタグラマーな胸を張りながら言った。


「そーゆーわけで、2つのゲルに男女で別れる感じデ。

 女子はベットが一つ足りないケド、ボクが一乃いちのと一緒のベッドで寝るカラ」


 俺は、六都美むつみさんが泊りがけで一乃いちのさんのマンガ原稿を手伝っていた時を思い出した。

 六都美むつみさん、そういえば、あの時は一乃いちのさんのおっぱいに抱きつきて眠っていたっけ。うん……うらやましい。


 それに比べて俺たち男子は……ん? 男子??


 一乃いちのさんたちが荷物をもってゲルの中に入っていく中、俺はとんでもないことに気が付いた。


「じゃ、かぞえセンパイ。ぼくたちもゲルに入りましょう」


 ひょっとして、いやひょっとしないでも、俺、コロちゃんと相部屋??

(まあ、じいやもいるけど)


 なんだかどきまぎしてしまう。そしてさらに追い討ちをかけるように、六都美むつみさんが、聞き捨てならないことを言ってきた。


「ここ、お風呂は露天風呂なんだけど、あいにく1個しかないんだよね。だから先にすすむさんがパパっと入っちゃっテ!」


 すすむさん……? え、えっと、つまり……うん、と、とりあえず、ゲルに入ろう。そうしよう。


 ゲルの中は、円筒状の外観そのままの円形の部屋だった。

 かなり広い。部屋の壁を囲むようにぐるりと4つのダブルサイズのベッドがらくらく配置できる大きさだ。

 

 俺たちは靴をぬぐと、ベッドの上に荷物を降ろす。

 コロちゃんは、バッグからいそいそとタオルと洗面用具を取り出しながら、じいやと話している。


「えへへ、じいやとお風呂ひさしぶりだなぁ。

 今日は一日運転で疲れたでしょ? ぼくが、背中をながしてあげる」


「これは、これは、五郎ごろう坊ちゃま。痛み入ります」


 じいやは、目をほそめて喜んでいる。

 露天風呂に行く準備をすましたコロちゃんは、かわいくってあどけない顔を俺に向けると、小首をかしげながら、とんでもない、でも、ある意味予想どうりの言葉を言い放った。


かぞえセンパイもお風呂、はいりましょ♪」

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