第137話 人間五十年の夢の後。

 桶狭間古戦場おけはざまこせんじょう公園を取材し終わった俺たちは、集合場所の織田信長おだのぶなが今川義元いまがわよしもとの銅像もとに集まってから、じいやの待つキャンピングカーへと向かう。


 俺たちの後ろには、コロちゃんの撮影会を眺めていた野次馬がゾロゾロとついてくる。そしてなにやら騒がしい。


「なんだなんだ? アイドルグループだったのかよ!?」

「俺は、あの優しそうなおねーさんがいいなぁ」

「ぼくは、断然メガネの小学生!」

「白髪のパンクファッションの娘もいいなぁ」

「え? あの娘もアイドルなの? てっきりカメラマンかと」

「俺は、パッツンツインテの娘!」

「そういや、あの娘も写真撮ってたな」

「ひょっとして、カメラがテーマのアイドル??」

「俺はやっぱり、セーラー帽をかぶったショートの娘が推しだなあ」

「俺も俺も! やっぱり正統派が一番推せる!」


 うん。なんだかトンデモなくややこしいことになっている。

 でも、無理もない。とんでもない美少女集団がゾロゾロと列をなして歩いているんだもの。


 まさかこの集団が、マンガの取材旅行の集団だとは誰も思わないだろう。

 だって、ぱっと見、


 黒髪ショートな正統派美少女(実は恥ずかしがり屋な男の娘)と、

 おっとり癒しオーラのおねーさん(実は500万部の大ヒット漫画家)と、

 ボクっ子メガネ小学生(実は20代の堅物敏腕マネージャー)と、

 白髪パンクファッション美女(実は職人かたぎな3Dデザイナー)と、

 黒髪地雷系ファッション美女(実はオジサマ大好きモーションデザイナー)なんだもの。


 ジャージ姿で、寝ぐせのくせっ毛が散らかり放題の十津川とつがわさんは、残念ながらアイドルグループにカウントされていなかった。

十津川とつがわさんの名誉のために言っとくけど、十津川とつがわさんは身だしなみが絶望的に残念なだけで、めっちゃ美人なおねーさんだ)


「おかえりなさいませ」


 アイドルグループ並の美人軍団(と、謎のジャージ女とお偉いさんのドラ息子)を、じいやが迎えてくれる。


 六都美むつみさんは、かわいいシースルーリュックからスマホをとりだすと、


「じゃ、次は、清州きよす城に向かってください! その前にココでランチ!! 予約を取っていますから!」


 と、言いながらキャンピングカーの後部座席に乗り込んだ。 


 俺たちも六都美むつみさんの後につづいて乗り込んでいく。

 そして最後に、オジサマ大好きな七瀬ななせさんが、じいやにうやうやしくエスコートされながら助手席に搭乗した。

七瀬ななせさん、完全に目がハートになっている)


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 昼食の名古屋名物ひつまぶしを食べた後、俺たちは、史跡観光……じゃない取材をつづけた。

 清州きよす城に、名古屋城、熱田あつた神宮を足早に回った俺たちは、今、滋賀県まで足を延ばして信長の最後の居城、安土あづち城の跡地に向かっている。


 安土あづち城が完成したのは、信長が本能寺の変で自刃する三年前だから、当然、桶狭間おけはざまの戦いを描く『信長のおねーさん』には登場しない。

 でも、一乃いちのさんたっての希望で、取材コースに組み込まれていた。


 キャンピングカーから降りると、俺たちは、天守閣に向かって復元された石段を登っていく。


「学生時代にきたっきりだから……五年ぶりかなー」


 一乃いちのさんは、長々と続く石段に、軽く息を弾ませながら、でもとても楽しそうだ。


「うわー!」

「めっちゃキレ―だし!!」

「この景色、プライスレス」

「んきゃ! 早速スケッチスケッチ!」


 小高い天守閣の跡地からは、一面の水田がひろがっていた。そしてその遥か遠くに、夕日がゆらゆらとゆらめいている。

 一乃いちのさんは、無言のまま、水田に沈む夕日を眺めていた。


 きっと一乃いちのさんの目には、きらびやかな安土城と、城下町の景色がひろがっているんだろうな……。

 俺は、夕日の逆光の中にたたずむ一乃いちのさんの後姿を、ただただ無言で見守っていた。

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