第136話 十人十色の取材スタイル。

 一乃いちのさんたちの華やかなガールズトークと、キングボンビーのおどろおどろしいBGMに乗って、じいやの運転するキャンピングカーは目的地の桶狭間古戦場おけはざまこせんじょう公園へとたどり着いた。


 今は午前十一時ちょっと前。日没までに、主だった取材地をめぐる予定だから結構忙しい。


「いってらっしゃいませ」


 キャンピングカーで待機するじいやに見送られて、俺たちは桶狭間古戦場おけはざまこせんじょう公園の散策をはじめた。


「わー、この説明文おもしろーい」


 一乃いちのさんはゴキゲンで、公園のいたるところに設置されている説明文を食い入るように読んでいる。


「お、歴史オタクの血が騒いでるネ!」


 六都美むつみさんはそう言いながら、手際よく、一乃いちのさんの目に留まった施設や説明文をスマホで撮影している。


 この公園は、今川義元いまがわよしもとを織田軍の服部小平太はっとりこへいた毛利新介もうりしんすけが打ち取ったと言われている場所らしい。

 公園の中央には、戦場のジオラマがしつらえてあって、周辺の地形や、城を精巧に再現している。


「これ、モデリングでおこしてみるし!」


 本職は、ゲーム会社の背景デザイナーの九条くじょうさんが、ごっついカメラのシャッターをおしまくっている。

 俺も、役に立つかはわかんないけど、とにかく色んな場所でスマホのシャッターを押しまくった。そして、三月みつきに依頼された写真も撮影する。


「コロちゃん、はい、ポーズ!!」


 義元よしもとの首を洗ったという物騒な泉の前で、コロちゃんがちょっと緊張しながらはにかんでいる。


『コロちゃんを、たっくさん撮影してきて!』


 ゴールデンウイークは、ネームに集中するために、キャンプに行くのを断念した三月みつきの代わりに、コロちゃんを誘ったことをLINEで伝えたら、秒の速さで三月みつきから返事が返ってきた。


 なんだろう? 今書いているネームの参考にでもするのかな?

 俺は、三月みつきのリクエスト通り、パシャパシャとコロちゃんを撮影していると、ジオラマを撮り終えた九条くじょうさんが声をかけてきた。


「なになに、コロちゃんの撮影会? ウチも参加するし!」


 コロちゃんは、帽子を手に当てたり、しゃがんだり、振り向いたりと、あざとカワイイポーズで決めまくって、それをすかさず九条くじょうさんが激写する。


「なに? あの子、めちゃくちゃ可愛いくない?」

「うわー。足細ーい」

「肌白ーい」

「顔もちっちゃーい」

「アイドルかな、それとも女優さん?」

「そりゃそうだろ、あんなカワイイ娘が一般人のわけがない!」


 気がつくと、俺と九条くじょうさんの後ろには、黒山の人だかりができている。


「ところで……カメラマンのとなりでスマホで撮影してるのだれだろう?」

「どーせ、コネか何かで撮影にくっついてきた、お偉いさんのお坊ちゃんだろ」

「いるんだよなー、あーいった、空気が読めない苦労知らずのボンボン!」


 うん。気まずすぎる。


 俺はスマホを胸ポケットにしまうと、すごすごと黒山の中にまぎれこんで、そのまま、逃げるように他の場所の撮影を始めた。

 三月みつきに頼まれたコロちゃんの写真は、あとで九条くじょうさんにデータをもらおう。


 俺は、義元よしもとの墓や、義元よしもとの馬をつないでいた木(触ると高熱にうなされるらしい)とかをパシャパシャ撮っていると、ものすごい望遠レンズで、写真を撮りまくってる七瀬ななせさんに気がついた。


「うほ、いいオジサマ!」


 七瀬ななせさんは、望遠レンズで公園を道行くオジサンばかりを撮影している。俺は、思ったことを聞いてみた。


「あの、なんでオジサンばかり撮っているんですか?」

七瀬ななせはモブ係。だからオジサマを撮影している」


 俺は、もう一度、思ったことを聞いてみた。


「あの、なんでオジサンばかり撮っているんですか?」


桶狭間おけはざまの戦いは乱戦。人をたくさん描く必要がある。七瀬ななせの仕事は、背景に溶け込む脇役を書くこと。これはとても大切な資料」

「だから、なんでオジサンばかり撮るんですか?」

「お前は何もわかっていない。殿方の顔に刻まれたシワがドラマをつくる。そこから若かりし姿を想像して描けば、深みのある人物が描ける。お前のようなお子ちゃまには解るまい」

「な……なるほど……」


 うん。なんだか言いくるめられた気がするけど、わからなくもない。


「うほ、いいオジサマ!!」


 俺は、オジサンを激写する七瀬ななせさんからそっと離れると、七瀬ななせさんよりも、不可思議な行動をしている人に気がついた。十津川とつがわさんだ。


 みんながカメラやスマホを持ってパシャパシャやってるなか、十津川とつがわさんだけが、カメラを持たずにスケッチブックを持って、鉛筆でシャカシャカとやっている。


十津川とつがわさん、なんで、写真じゃなくてスケッチなんですか?」


 俺は思ったことを聞いてみた。すると十津川とつがわさんの答えは、予想のななめ上をいくものだった。


「んきゃ! 私はスマホをもっていないのだよ。無論ガラケーもね。あるのは家の固定電話だけだからねぇ。だから、こうやってカメラの代わりにスケッチをしているのだよ!」


 今時、携帯を持ってない人がいるんだ……でもまあ、なんとなく納得できている俺がいる。

 白昼堂々、〝十津川とつがわ〟と、胸におっきく名前が書かれたジャージ姿で平気でいられる人なんだ。

 俺は、十津川とつがわさんにかなり失礼な感想を抱きながら、描いているスケッチブックをのぞき見た。そして、思わず声をあげた。


「なにこれ!!」


 めちゃくちゃうまい! うまいなんてもんじゃない。

 鉛筆で描かれたその絵は、当然、モノクロなんだけれども、めちゃくちゃリアルで、まるで色がついていると錯覚するほどだった。

 でも……なんだかおかしい。十津川とつがわさんは、ビックリするくらい正確に写生しているのに、スケッチと目の前にある景色は雰囲気がまるで違う。なんでだろう……。


「んきゃ! 写真はみんなが撮ってるから、私は〝空気と匂い〟を持ち帰るのだよ」

「空気と……匂い?」

「そう、匂い! 実際の桶狭間おけはざまの戦いは、今日みたいな晴れじゃなくて、雨上がりみたいだったからねえ。むせかえるような湿気と雨の匂いを加えているのだよ。こればっかりは、事実を切り取る写真で持ち帰るのはむずかしいからねぇ!」


 そう言うと、十津川とつがわさんはものすごい速度で、桶狭間おけはざまのジオラマや、今川義元いまがわよしもとの墓や、首を洗った泉を写生しまくっていた。


 十津川とつがわさんの画力、前々からとんでもないと思っていたけど、ちょっとこのスケッチは常識のレベルを超えてしまっている。写真以上にリアルだなんて、もはや超人の域だ。


 十津川とつがわさん、こんなに絵がうまいのに、なんでマンガのプロアシをやってるんだろう……。

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