第135話 知名度ゼロのプロフェッショナル。

 俺の町から、目的地の桶狭間おけはざまがある愛知県名古屋市までは車で4時間とちょっと。

 かなりの長丁場だ。


 一乃いちのさんたちは、足柄あしがらインターチェンジのサービスエリアで購入した朝ごはんを食べながら、ガールズトークをくりひろげている。


「あ、この金太郎カレーパン、おいしー」

「ところで……九条くじょう……」

「なになに? 六都美むつみん?」

「彼氏と別れたってホント?」

「先月別れたし。一乃いちのんのアシスタントをするようになってから、なんだかすれ違いが多くなって……」


「そうなんだ……ゴメン、九条くじょう

「ごめんねクーちゃん……」


「いやいや! 六都美むつみんと一乃いちのんが謝る必要ないし!!」

九条くじょうは男を見る目がない。その点、七瀬ななせは若い男はアウトオブ眼中。男は還暦を過ぎてからが旬。じいやは、七瀬ななせのドストライク。あとで、LINE交換する」


 なんだか、色んな大人の事情が錯綜して要るっぽいけど、今の俺は、正直それどころじゃない。

 大人の女性のガールズトークに入れない俺とコロちゃんは、旅のお供の大定番ボードゲーム『桃太郎電鉄』に熱中していた。

 今は10年目、ロンリー社長とコロコロ社長は、コンピュータのあかおに社長を置いてきぼりにして、激しい首位争いを繰り広げている。


「そういえば、このゲーム、貧乏神がでてくるのはわかるんですけど、なんで〝桃太郎電鉄〟ってタイトルなんでしょう?

 それに、略称がどうして〝桃鉄ももてつ〟なんでしょう。〝桃電ももでん〟じゃなくって?」


「このゲームの前に、〝桃太郎伝説〟っていう、ロールプレイングがあったみたいなんだ。それの略称が〝桃伝ももでん〟だったから、まぎらわしいからって〝桃鉄ももてつ〟になったらしいよ」


 俺は、家族で桃鉄を遊んでいるときに、父さんが得意げに話したことを、そのまんまコロちゃんに説明した。


「へー、そうなんですね。さすがかぞえセンパイ。物知りです♪」


「いやーそれほどでも?」


 俺が調子に乗っていると、不意にBGMが鳴りやんだ。


『おや?

 貧乏神の様子が変だぞ??』


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今変身されるとやばい!!」


『キーーーング! ボンビーーーーーーーーーーー!!』


 おどろおどろしいBGMとともに、ゲーム画面が赤紫色に変色した。


「ぎゃああああ! え? そんな……いきなりサイコロ攻撃!!!

 あああ……せっかく買い占めた〝いずもそば屋〟が……」


 俺がなんともなさけない悲鳴をあげていると、


「ああ、かぞえセンパイ……かわいそう……」


 と、コロちゃんがとっても切なげな声をあげる。でもその口角はにやりと上につりあがっていた。


『うんちがぷりりりーん』


 おまぬけな効果音とともに、線路の上にウンチがおちてくる。俺の電車は、袋小路に閉じ込められて身動きが取れない状態だ。


「ちょ!? コロちゃん、イジワルしないでよ」

「ご、ごめんなさい。でも……センパイの困った顔をみていたら、なんだかイジワルしたくなっちゃって♪」


 そう言うとコロちゃんは、ウインクしながら舌をかわいくペロリンと出した。鬼だ! コロちゃんは桃鉄ももてつの鬼だ!!


 ・

 ・

 ・


 そっからは、散々だった。

 俺は今、キングボンビーの攻撃を喰らいまくって、完全な無一文になって、遥か彼方の〝ボンビラス星〟に拉致監禁されている。


 俺がサイコロをふると、汽車はマグマが沸き立つおどろおどろしいボンビラス星の線路をゆっくりと進行し、止まったマスで数億円をうばわれる。


 もう、こうなったら、借金が1億でも100億でも変わらない。いくら借金が増えたところで、〝徳政令カード〟があれば一発で返済できるんだから。


 俺はまるで、大海原の凪のようなおだやかなこころで、コロちゃんが目的地の名古屋に到着するのを見届ける。


 人間、心がおだやかになると、余裕が生まれるものだ。そして余裕が生まれると、周囲の物事が良く見える。


 俺は、さっきまではちっとも耳に入らなかった、一乃いちのさんたちの、ガールズトークが耳に入ってきていた。


「ハッソウザムライのキャラクターデザイン、クーちゃんだったんだー!」

「あれは、会心のデザインだったし!」

「ウエポンコレクターは七瀬ななせのデザイン。ちなみに前回の境界術師と二回連続採用」


「えええ! そ、そうなんですか?」


 俺は思わず叫んだ。


 だって、ハッソウザムライとウエポンコレクターのキャラクターデザインは、〝雨野あめのうずめ先生〟だって、いろんなメディアで大々的に告知されているんだもの。俺が混乱していると、


「ボクがプロデューサーさんにお願いしたの」


 と、六都美むつみさんが、足柄あしがらインターチェンジで買ったホットドックにかぶりつきながら説明をつづける。 


「『雨野あめのは忙しいから、デザインアイデアを出してもらって、その中から決めさせてくださいッて』

 一乃いちのは凝り性だから、こだわりすぎて『信長のおねーさん』の進行に影響が出そうだったんだもん……」


 六都美むつみさんのあとに、一乃いちのさんが話をつづける。


「デザイン案を出してもらって本当に良かったのー。ウエポンコレクターも、ハッソウザムライもどっちも即決だったしー。特にクーちゃんのハッソウザムライは一目ぼれしちゃった! クーちゃん天才!」


「キャラコンセプトを見たとき、これ絶対二帆ふたほちゃんが好きなクラスだって思ったし。そしたら、稲妻に打たれるみたいに〝はいてない〟デザインが降りてきたし!」


 キャンプにはちょっと不釣り合いな、パンクスタイルの服装をした九条くじょうさんは、得意げにスレンダーな胸をはると、一乃いちのさんは犬のような黒目がちな瞳をらんらんと輝かせている。


「そうなんだー。それを知ったらフーちゃん喜ぶと思うのー」


 そしてそのやりとりを、ずっと冷ややかな目で見つめていた七瀬ななせさんが話に割り込んできた。


七瀬ななせは、ハッソウザムライ、キライ! 大事なところを隠すのが大変。モーションつけるの地獄を見た」

「恩に着るし! さすが、七瀬ななせは天才3Dデザイナーだし!」

「おだてにはのらない。報酬として、今日のキャンプの肉をよこせ!」

「それは、お断りだし!」


 なごやかな? ガールズトークがつづくなか、俺は、ちょっと、いや、どうしても気になったことを聞いてみた。


「……あの、九条くじょうさんも七瀬ななせさんも、デザインを考えたのが自分だってのが世に出ないことに不満はないんですか?」


 こう言ってしまってはなんだけど、自分だったら「ズルい」って感じてしまう。

 だって本来なら自分が考えたアイデアなのに、それが一乃いちのさんの……雨野あめのうずめの手柄になるだなんて。


「別に、へーきだし。てゆーか、雨野あめのうずめがキャラデザって言った方がインパクトあるし」


「そう。それに七瀬ななせたちはあくまで原案。細かいデザインは一乃いちののアレンジが加えてあった」


十津川とつがわセンパイのカラーリングセンスも影響強いし! 〝ぬえの羽衣〟のアイデアは、開発陣がざわついたし!!」


「そ、そうなんですね……」


 俺がおもわずあいずちをうつと、キャンプにはちょっと不釣り合いな、フリルいっぱいの地雷系ファッションに身を包んだ七瀬ななせさんが手で輪っかをつくって、豊満な胸をはる。


「名声より報酬。今年の賞与がたのしみ」


 そんなもんなんだ……。


「んー……ナナちゃんはちょっと割り切りすぎかもだけどー。ゲームとかアニメって、たくさんの人の力でできているの。

 わたしはたまたま、〝雨野うずめ〟っていう、目立つポジションのお仕事だけどー。

 漫画だってそう。みんなや、十六夜いざよいさんや、田戸蔵たどくらさん、それにスーちゃんたち家族が応援してくれるから、『信長のおねーさん』がここまで人気がでたと思うのー」


「んきゃ! 一乃いちのんはちょっといい人がすぎるな!」


「あ、十津川とつがわセンパイ、おはよーございますー」


 天井にあるベッドスペースで爆睡していた十津川とつがわさんが、にょっきりと頭を出した。そしてそのままリビングスペースへ真っ逆さまに転がりおちてくる。俺は慌てて、落下してくる十津川とつがわさんを抱きしめた。十津川とつがわさんは、俺の腕の中で、にやりとしながら話を続ける。


「ま、そーゆーわけだ、少年!

 プロフェッショナルとはそーゆーことなのだよ。

 君は高校三年生だろう? 進学するのか就職するのかはわからんが、夢に向かって頑張りたまえ!」


「は、はい!」


 って……あれ? 十津川とつがわさんの勢いに押されて、うっかり返事をしちゃったけど……なんで俺の将来の話になってるんだ??


 俺が混乱をしているなか、十津川とつがわさんの加わったガールズトークはさらに賑やかになり、〝桃鉄ももてつ〟での俺とコロちゃんの資産総額に一千億円の差がついたころ、キャンピングカーは愛知県へと入っていった。

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