第134話 ゼロ距離のひそひそ話。

「ほらほら、シャキッとあるいてヨ!」


 一乃いちのさんの旅行カバンを肩にかけた六都美むつみさんが、もさっとした髪型で、自然はナチュラルなワンピースとレギンスを合わせたアウトドア仕様の服を着こんだ一乃いちのさんの手をひっぱっている。


「おはよーー。スーーちゃん。あ、師太しださんもーー」


「おはようございます」

「おはようございます」


 一乃いちのさんは、トレードマークの癒し口調が、さらにのんびり、のほほんとなっている。まだ半分夢の中の住人だ。


「さあ、さあ、早く靴をはいて乗り込んで!!」


 六都美むつみさんは、素早くスニーカーをはいて外に出ると、コロちゃんの家のキャンピングカーを指さした。


 一乃いちのさんは、うつらうつらしながらスニーカーをはいて、


「わーーすごーーい。まるでお家みたいーー」


 と、のほほん口調でうつらうつらとキャンピングカーの中に入っていく。俺とコロちゃんも、一乃いちのさんの後につづいて乗り込んだ。

 そして最後に、六都美むつみさんが、スマホでグループラインにコメントを入れながら、運転席で左ハンドルをにぎるじいやに、


「次は、十津川とつがわセンパイのマンションにお願いしマス。この住所に向かってくだサイ」


 と、話しかけながらそのまま右の助手席に乗り込んだ。


「かしこまりました。六都美むつみ様」


 じいやの声とともに、キャンピングカーは静かに音を立てて発進する。俺は周囲を見渡して、思ったことをそもまま口にした。


「確かに、ほとんどリビングだね……」


 ソファがぐるりと囲んだ後部座席は、十人くらいなら余裕で座ることができそうだ。そして、小さいながらもキッチンが備え付けられて、壁掛けのテレビまで置いてある。

 うん。これ、下手をしたら俺が去年まで住んでいた築45年のエレベータがついていないマンションよりも快適なんじゃなかろうか。


荻奈雨おぎなう先生。もしまだ眠かったら、言ってくださいね。ちょっとせまいですけど、上にベッドスペースありますから」


「ありがとーー。でもーーわたしよりーー、もっと必要な人がいるとおもうのーー」


 コロちゃんの申し出に、一乃いちのさんが、うつらうつらしながら返事をしたタイミングで、キャンピングカーが静かに停車した。そして、


 ガラッ!


「いっせーので……うりゃぁあ!!」

「……………………それ………!!」


 コロちゃんがキャンピングカーのスライドするドアを開くと、九条くじょうさんの威勢の良い掛け声と、マイペースな七瀬ななせさんの声が聞こえて、ジャージ姿でおでこに頭に冷えピタをはった十津川とつがわさんが、ゴロゴロと転がり込んできた。


「やっぱりーー、出かける前にパソコンを確認したら、WEB版のフルカラー原稿が完成していたのーー。キャンプ中は、『んきゃ! 仕事を忘れて思いっきり遊ぶんだ!』ってはりきっていたからーー、昨日は一睡もしてないと思うのーー」


「まったく、世話の焼けるセンパイだし!」

七瀬ななせ、おだちんにセンパイの肉もいただく……」


 ぶつぶつと、文句をいいながら、ちょっとキャンピには不釣り合いなモノトーンのパンクロックなスタイルと九条くじょうさんと、同じくキャンプにはちょっとふつりあいのモノトーンな地雷系ファッションの七瀬ななせさんがキャンピングカーに乗り込んでくる、


 ふたりとも文句をいっているけど、わざわざ十津川とつがわさんの家まで迎えに行って、ここまで運び出しているんだ。十津川とつがわさんが、九条さんと七瀬ななせさんに、いかに慕われているかがよーくわかる。


すすむさん、センパイをおんぶして、上のベッドに寝かせるカラ!」


 助手席から、後部座席へとやってきた六都美むつみさんは、手際よくベッドスペースへのハシゴを降ろすと、靴をぬいでハシゴを昇りながら俺に指示を出した。


「わかりました」


 俺は、死んだように眠る十津川とつがわさんをおんぶすると、コロちゃんにハシゴを押さえてもらいながら慎重に昇っていく。

 ベッドルームは、コロちゃんが言った通りせまかった。二、三人は寝れるスペースがあるんだけど……高さは50センチくらいしかない。全面にマットレスが敷かれた、かなーりせまいロフトといった感じだ。


 これ、十津川とつがわさんをおぶったままだと上まで昇れないかも。俺がどうしようか考えていると、


「あちゃちゃちゃちゃちゃ、うわっちゃー!」


 六都美むつみさんが、俺の上に覆いかぶさっている十津川とつがわさんを両足でゲシゲシと蹴っ飛ばして仰向けにひっくり返すと、そのままシーツをかけて寝かしつけた。

 あんなに蹴っ飛ばされたのに、十津川とつがわさんは死んだようにピクリとも動かない。九条さんと七瀬さんといい、六都美むつみさんといい、結構、いやかなり雑に十津川とつがわさんを扱っているのに、十津川とつがわさんは一向に起きる気配がない。完全な爆睡状態だ。


「ふう……。アリガトすすむさん」


 六都美むつみさんは汗をぬぐうと、「スチャ!」っとメガネを手にやった。そして俺の耳元で、


「その……二帆ふたほの件、すみませんでした」


 と、アニメ声じゃない、仕事モードの武蔵むさしさんの声でささやいた。


すすむさんが誘えば、ひょっとしたら……と思ったのですが、私があさはかでした」

「そ、そんな……」

「お二人の関係が悪くなっていませんか」

「それは大丈夫です。キャンプは誘えなかったけど、そのあと一緒に〝ネイビーキング〟をトリプルオーバーキルでぬっ殺しましたから」

「そうですか……安心しました……」


 そう言うと、武蔵むさしさんは、せまいベッドルームからちっちゃな身体をすべらせて器用にベッドの上から飛び降りる。


「よーし、そんじゃキャンプを思いっっっっっっっっきり楽しんじゃうヨ!」


 と、カワイイ、アニメ声の六都美むつみさんに戻って、一乃いちのさんたちの会話の輪に入っていった。


 俺は、なんだかもやもやした気持ちでハシゴを降りた。二帆ふたほさんのことと、一乃いちのさんの寝言のこと……なんとも煮え切らない。

 くすぶった俺の気持ちとは対照的に、窓から見える景色には、雲ひとつない青空が広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る