第133話 ゼロ距離の寝言。

 今は5時45分。キャンプの朝は早い。

 とはいえ、三月みつきにつきあって、毎朝6時にジョギングの待ち合わせをしている俺にとっては、いたって普通の起床時間だった。


 そろそろ、六都美むつみさんが迎えに来るはずだ。


 コンコン。


 俺は、一乃いちのさんの部屋兼仕事部屋をノックした。


『…………………………』


 返事がない。


 コンコン。


一乃いちのさん? そろそろ六都美むつみさんが迎えに来ますよ」

『…………………………』


 返事がない。


 一乃いちのさんは、普段はとっても段取り上手なしっかり屋さんだけど、実のところ、朝は大の苦手だ。

 めっちゃ低血圧らしいし、加えてとんでもない夜更かしさんだ。

(まあ、漫画家として毎晩遅くまで仕事をしているってことなんだけど)


一乃いちのさん!! 一乃いちのさん!!

『…………………………』


 プロアシの十津川とつがわさんや、三月みつき九条くじょうさん、七瀬ななせさんがヘルプで原稿を手伝ってくれているといっても、基本的に主要キャラは一乃いちのさんが描いてるし、なにより、肝心かなめのネーム作業は一乃いちのさんにしか絶対に出来ない。


「いーちーのーさん!!」

『…………………………』


 うん、ダメだ。これは完全に爆睡状態だ。夢の中の住人だ。

 無理もない。だって『信長のおねーさん・桶狭間編』の、ネーム作業はかなり骨が折れる仕事のはずだ。

 だって、斎藤道三の娘、帰蝶きちょうとの結婚から、桶狭間の信長の12年の歴史をたった上下巻で描き切るんだもの。


一乃いちのさん! はいりますよ!!」


 ガチャリ。


 俺は、無断で一乃いちのさんの部屋のドアを開けた。

 ドアのすぐ横に、旅行カバンと今日着ていく自然派ナチュラルブランドの服が丁寧に置かれている。


 そして、一乃いちのさんは、ベットに横向きになって、すやすやと静かな寝息をたてながら眠っていた。


 さすが、しっかり者の一乃いちのさんだ。寝相が壊滅的に悪い二帆ふたほさんとはえらい違いだ。でも、さすがは姉妹。寝起きの悪さはそっくりだ。


 俺は、ベッドの横に立つと、一乃いちのさんに声をかける。


一乃いちのさん。一乃いちのさん」

「すー……すー……」


 ダメだ。一乃いちのさんは、一向に起きる様子がない。

 俺はベットに腰かけると、すやすやと眠っている一乃いちのさんの肩を強めにゆすった。


一乃いちのさん! 一乃いちのさん!! キャンプ、置いてっちゃいますよ!!」


 すると一乃いちのさんは「ぴくん」と身体をふるわせて、もにょもにょと寝言をつぶやいた。


「ご、ごめんなさい……たどくら……さん……もう少し……まってください……」


 田戸倉たどくらさん? 『信長のおねーさん』の締め切りに追われる夢とかみているのかな?


 それにしても一乃いちのさん、本当に起きないな……。


 なんだか申し訳ない気がするけど、俺は心を鬼にして一乃いちのさんの布団をひっぺす。

 すると横向きになっていた眠っていた一乃いちのさんが寝返りをうった。


「う……ん……」


 仰向けになった一乃いちのさんのおっぱいが「たゆん」とゆれる。

 自然派ナチュラルなパジャマの上からでも、その豊かさが一目でわかる一乃いちのさんのノーブラおっぱいは、その存在感を無防備に主張する。


 一乃いちのさんは、けっこうな寝汗をかいていて、肌触りのよさそうな自然派ナチュラルなパジャマが、ピッタリと身体にはりついている。

 そしてそして、低反発でなだらかな流線形なおっぱいと、その先端に鎮座する突起をくっきりはっきりと浮かび上がらせていた。


 や……やばい……とんでもない背徳感だ。

 って、そうじゃなくて!


 俺は、今度こそ本当に心を鬼にして、一乃いちのさんの両肩をむんずとつかんで、ゆっさゆっさとゆさぶった。

 すると一乃いちのさんは、とても小さな声で寝言をつぶやいた。


「……プロ……ポ……ズ……うれしいです……」


 え? ……い、一乃いちのさん、今、なんて……??

 

「……でも、もう少し待って……」

 ピンポーン!


 俺の頭がフリーズ状態になっていると、唐突にインタホンが鳴った。六都美むつみさんだ。

 俺は一乃いちのさんの魅惑の寝姿と爆弾発言に、脳みそと下半身がカチンコチンのフリーズ状態のまま、ぬき足さし足と極力音を立てないように一乃いちのさんの部屋を抜け出る。

 そして、そのまま大急ぎで玄関まで行ってドアを開けた。


 玄関には、プライベートモードの六都美むつみさんがいた。とってもパステルなピンクとブルーのトップスにデニムのミニスカート。同じくパステルなカラータイツ。めっちゃカラフルないでたちだ。


 その姿はまるで中学生……いやおませな小学生だ。


 こんな格好で車を運転して大丈夫か?

 そんなことを考えながら、俺は六都美むつみさんが乗ってきた車を見た。俺の家に横付けされたその車は、見慣れた黒塗りのアルファードではなく、それよりもはるかに大きいトラック? だった。


「あの……なんですか、その車??」


 俺の質問に答えたのは、車の助手席から降りてきたコロちゃんだった。


「せっかくだから、じいやにキャンピングカーを出してもらったんです」


 そう言って、可愛くはにかむコロちゃんは、白のセーラー服と、キュロットスカートに、セーラー帽でカワイクおめかししている。紺のハイソックスがコロちゃんのすらりと細い足を強調している。(三月みつき渾身のコーデだ)


 キャンピングカーの中から、左ハンドルをにぎったじいやが、うやうやしくお辞儀をする。


 コロちゃんの家、キャンピングカーまで持ってるんだ!

 まあ、マイクロバスも持ってるんだから、さすがにもう、少々の事では驚かない。


「そういえば、一乃いちのの姿が見えないケド?」

「そ、その、昨日ネームで根詰めたみたいでまだ眠ってて……」

「もー、姉妹そろってだらしないなー! ボクがたたき起こしてくるヨ!! おジャましまーす♪」


 そう言って、六都美むつみさんはドカドカと家の中に入ると「バタン」と派手な音を立ててドアを開けた。


「いーちーのー!! おーきーロー!!」


 六都美むつみさんのアニメボイスが響き渡る中、俺はさっき、一乃いちのさんがつぶやいた寝言を思い出していた。


「……プロ……ポ……ズ……うれしいです……」


そのあとも、なんだか寝言をつぶやいていたみたいだけど……その声は、インタホンにかき消されて、ちょっと何言ってるかわからなかった。

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