第132話 ローカロリーな海老しんじょと、ヘビーなひきこもり。

――――― なんで、そこまでして外に出たくないんですか? ―――――


 俺は、喉元まで出かかりそうになったその言葉をぐっと飲みこんだ。そして、


「わかりました。じゃあ、いつものように、〝砂中金さちゅうきんの砂時計〟と、〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟の材料の素材集めをお願いします」


「りょーかいのすけ!」


「いつも、ありがとうございます。めっちゃ助かります。あの2つのアイテム素材は、どうしても不足気味になっちゃうんで……」


 ウソだ。素材はどっちも十二分に足りている。


「まっかせなさーい! フーちゃんは、スーちゃんの頼れるおねーさんなのだ」


 でも、無邪気なドヤ顔をみせる二帆ふたほさんの顔を見たら、ウソをついた罪悪感なんてふきとんでしまう。


「本当、いつも助かります。俺ももっと二帆ふたほさんに頼ってもらえる弟をめざします」


「そんなことないよ? スーちゃんは、とっても頼りになる弟君なのだ。今日は、スーちゃんの陰陽導師がいなかったから、トカゲのぬっ殺しはダブルオーバーキルどまりだったもん。

 フーちゃん、スーちゃんがいないとトリプルオーバーキルでぬっ殺せないもん。

 だからとっても頼りにしてるのだ! スーちゃんは、フーちゃんの自慢の弟君なのだ!!」


「そ、そうですか……うれしいです」


 ウソだ。俺は悔しかった。

 俺は二帆ふたほさんのお役に立てていない。


 確かに俺はゲームの中の陰陽導師の〝ロンリー〟として、つまり、カリスマゲームプレイヤー〝フーター〟のお役になら立てていると思う。

 そして、六都美むつみさん直伝の催眠術で二帆ふたほさんの別人格を呼び出す、つまりカリスマモデル〝FUTAHO〟のマネージャー(見習い)としてなら、少しはお役に立てていると思う。


 でも、結局のところ、二帆ふたほさんのお役には立てていない。


 M・M・Oメリーメントオンラインという、ゲームの世界の中の〝フーター〟ではない、テレビやSNSのような、きらびやかな芸能界の〝FUTAHO〟じゃない、現実の世界の荻奈雨おぎなう二帆ふたほさんの力にはなれていない。

 それが、とんでもなく悔しくって切なかった。


 リビングから、母さんの声が聞こえてくる。


すすむー、二帆ふたほちゃん、ご飯よー」


 あれ? もうそんな時間?

 母さんの後に、一乃いちのさんの声が聞こえてくる。


「今日は海老しんじょを作ってみたのー。田戸倉たどくらさんにごちそうしてもらった和食レストランの味を再現したくってー」


 父さんの声も聞こえてくる。


「へえー、おいしそうだねぇ。でも、これ仁科にしなさんと二帆ふたほちゃん、食べても大丈夫?」


 父さんの質問に、パパが答える。


「はっはっは。揚げているならともかく、蒸した海老しんじょなら平気だよ」


 そしてふたたび、一乃いちのさんの声が聞こえてくる。


「そーなのー。これなら、フーちゃんも気兼ねなく、たくさん食べられるかなっと思ってー」


 最後に、我が家のカーストの最上位に君臨する、ママのひときわ大きな声が聞こえてくる。


二帆ふたほすすむ君! ゲームはやめて降りてきなさい!

 せっかくのお料理が覚めちゃうでしょう!!」


「りょーかいのすけ!」

「りょーかいのすけ!」


 俺と二帆ふたほさんは元気よく返事をすると、ドヤドヤと二帆ふたほさんの部屋を出て、2階のリビングへと向かっていった。


「海老しんじょ♪ 海老しんじょ♪ 海老海老スリスリ海老しんじょ♪」


 二帆ふたほさんは、ゴキゲンに、ヘンテコな歌を歌いながら、2階のリビングに向かって、トントンと階段をリズミカルに下りていく。


 俺は、そんな二帆ふたほさんの背中を見ながら、ぼんやりと考えていた。


 ぼっちの引きこもり属性の俺が言うのもなんだけど、二帆ふたほさんの引きこもりっぷりはただ事じゃない。

 FUTAHOという、別人格にならないと、家から一歩も出られないなんて、ちょっと、いやとんでもなく異常だ。


 ヘビー級のひきこもりだ。


 六都美むつみさんが、二帆ふたほさんは、昔イジメられていたって言っていたけど、いったい、どれほどヘビーなイジメを受けたんだろう……。

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