第130話 仕事はゼロのオフモード。

 コロちゃんに電話をかけた後、俺は、アイスコーヒーを飲みながら、父さんとパパがSwitchで遊んでいるレトロゲームを、一乃いちのさんたちと一緒にながめていた。


 有名なメーカーのそのゲームは、今から30年以上前にゲームセンターで稼働していたらしい。犯罪組織にさらわれた娘を助けるために、父親と幼馴染、そして謎の東洋人がバッタバッタと雑魚敵を殴り倒していく爽快感のあるゲームだ。


 ゲームが得意な父さんの手解きを受けながら、パパがおぼつかない操作で一緒にプレイをしている。そして、


「ところで……なんで、ドラム缶に、お肉や日本刀のムラマサが入ってるんですか?」

「この電車の吊り革、なんであんな高いところに設置されているんですか?」

「わ、汚い! かぞえさんが警官が吐き捨てたガムを食べた!!」


 と、レトロゲームにありがちな不可思議な設定にいちいちツッコミを入れている。

 俺は、アイスコーヒーを飲み干すと、後ろ髪をひかれつつも、3階の二帆ふたほさんの部屋に行くことにした。


 パパたちがこんなに賑やかにゲームを遊んでいるのに、降りてこないってことは、きっと二帆ふたほさんもゲームを遊んでいるはずだ。M・M・Oメリーメントオンラインを遊んでいるはずだ。


 俺は、トントンと階段を昇って3階の二帆ふたほさんの部屋の前まで行くと、コンコンと、二帆ふたほさんの部屋のドアをノックした。


「はいはいー。開いてマッスル」


 おとぼけた声と共に、ゲームのBGMがながれてくる。やっぱり。絶賛M・M・Oメリーメントオンラインをプレイ中だ。


 ガチャリ。

二帆ふたほさん、入りますよー」


 俺は声をかけて、二帆ふたほさんの部屋に入る。いつものように、ゲーミングチェアに、お行儀悪くあぐらをかいて座っている二帆ふたほさんは、VRゴーグルをかぶって、コントローラーを巧みにあやつっている。

 今日は、シノビスナイパーを使っている。


 戦っている相手は、長い髭をたくわえた巨大なトカゲ男。左手にショートソード、右手に円型のスモールシールドを装備したボス、『五色の古代獣』シリーズの一匹、〝グリーンエース〟だ。


 M・M・Oメリーメントオンラインの初期クラスのひとつ、片手剣をあやつるクラス、〝ライトフェンサー〟と、三国志の有名な武将、関羽をモデルにしているモンスターだ。


「にゃはは、髭が剣にからまってるのだ!!」

『コジローさん、チャンスですよ!』

『りょーかいのすけ!!』


 二帆ふたほさんの声とともに、テレビのモニターから、ダンディな声と、可愛らしい声が聞こえてきる。


 田戸蔵たどくらさんあやつる、流しのアルコこと〝アルコダット〟のマタドールと、六都美むつみさんあやつる〝コジロー〟のインファイターと共闘しているんだ。


『うーわちゃーーーー!』


 六都美むつみさんあやつる〝コジロー〟は、「ダンッ」と足を踏み鳴らすと、〝グリーンエース〟の足を引っ掛けて背中で思い切り体当たりをぶちかます。

 打撃と投げをミックスした〝テツザンコー〟だ。


 攻撃をモロにくらったグリーンエースは、天をあおぎつつ、膝からゆっくりと崩れ落ちる。


「はっ!」


 そこにすかさず、田戸蔵たどくらさんあやつる〝アルコダット〟が、グリーンエースの喉元に細長い剣を突き刺した。


二帆ふたほさん、そこがグリーンエースの弱点の〝逆鱗〟です!!』

「りょーかいのすけ!」


 二帆ふたほさんは、あぐらをかいたゲーミングチェアから「スチャリ!」と飛びおりると、コントローラーをはげしく前後に動かした。


「あーちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ……」


 するとゲームモニターの中の〝フーター〟は、イエロージャックの喉元に、装備した爪の高速突きをお見舞いする。


「ちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ……」


 そして、二帆ふたほさんのだるんだるんのパーカーは、肩からずりずりとずり落ちて、二帆ふたほさんの形の良いおっぱいが丸見えのモロ見えになっていく。


「ちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃうわっちゃーーーーー!!」


 仕上げに腕にからまったパーカーがずりずりとずりあがって、二帆ふたほさんのここには書いてはよろしくないところが完全に丸見えのモロ見えになった。


二帆ふたほ灼熱九十九しゃくねつつくも拳!」

『さすが二帆ふたほさん。HPギリギリですね!!』

『よーし! これなら〝ショウテンボタル〟をぶっ放せばイケるカモ!!』


 六都美むつみさんあやつる〝コジロー〟は、スキルポイントを回復する〝練乳キャンディ〟をぺろりんと可愛くなめると、〝グリーンエース〟の長い首にからみついて、逆鱗に両手を当てて、ビクんと震えながら、ピンクの衝撃波をぶっ放す。


 Finish!

 OverKill!

 OverKill!!


『ふう……』

『ふう……』

『ふう……』

『これは……エロい!!』

『ふう……』

『ふう……』

『ふう……』

『ごちそうさまでした』


 グリーンエースの長い首の上に、なまめかしく、ぐったりとうつぶせになる〝コジロー〟に、観客モードのギャラリーは大盛り上がりだ。


『ザンネン、ダブルオーバーキル止まりカー』

『やはり、陰陽導師の限界突破スキル回復魔法を使わないとトリプルオーバーキルは難しいですね……』

「しかたがないのだ。今日はスーちゃんは、ミーちゃんとデートだったのだ!」

『そうなんだ……青春してるね……イイナァ』

『正直、うらやましいですよ』


「ちがいます! 三月みつきはただの幼馴染です」


 俺が素早く否定をすると、二帆ふたほさんが、ニヨニヨしながらVRゴーグルを外した。


「スーちゃんが戻ってきたから、もう一回挑戦する?」

『んー、ボクは、明日早いし、今日はもう遠慮するヨ。大学の友達とキャンプなんだよネー』

『へえ、いいですね。このゴールデンウィーク、私はひとり寂しくゲーム三昧ですよ』


 六都美むつみさんの〝コジロー〟と、田戸蔵たどくらさんの〝アルコダット〟は、もう何度も共闘している顔馴染みだ。

 有名プレイヤーのふたりは、俺や二帆ふたほさんなんかより、はるか昔から一緒にパーティーを組んでいる。


 田戸蔵たどくらさん……〝コジロー〟の正体が、カリスマモデルFUTAHOと、人気漫画家の雨野うずめ先生のマネージャーを務めている、生真面目を絵に描いたようなあの武蔵むさしさんだと知ったら、めちゃくちゃビックリするんだろうな……。


 そう言えば、田戸蔵たどくらさん、ゴールデンウィークヒマなんだ……結構カッコイイのに彼女とかいないんだ。意外だ。

 でも、だとしたら、一乃いちのさん、なんで田戸蔵たどくらさんを取材旅行に誘わなかったんだろう……。


 あ。そっか!


 田戸蔵たどくらさんが、〝コジロー〟の正体を知らないからか。

 オンとオフをきっちりと分ける六都美むつみさんは、田戸蔵たどくらさんに、自分のプライベートを明かしていない。

 取材旅行とはいえ、せっかくの学生時代の友達との旅行なのに、六都美むつみさんだけ仕事モードなのはかわいそうだ。


 なんだか、社会人って大変だな。

 そんな社会人(公務員)に、俺も一年後にはなっているのか……。


 俺は、そんな一年後の姿が、全く想像できないでいた。 

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