第129話 ゼロ距離のお出かけ準備。

 俺は、駅前で三月みつきを見送ると、徒歩で家に帰る。

 陽が落ちてきて、急に気温が下がったみたいだ。出かける時には暑くって仕方がなかった厚手の上着がちょうどいい。


 俺は、信号待ちのあいだに、スマホを取り出すと、バッジがついたM・M・Oメリーメントオンラインにログインして、お出かけシステムで、干支モンスターの〝ジュンイチロウ〟が持ち帰ったアイテムを確認した。


 やった、〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟の素材、〝古代の松〟と、〝ハリネズミの毛皮〟を大量に持ち帰っている!

 これで、しばらくは〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟を作りたい放題だ。

(コロちゃんの漆黒のカードみたいに『利用制限無限』とはいかないけれど……)


 帰ったら、早速〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟を作ろう。そして二帆ふたほさんと一緒に、新ボス、〝グリーンエース〟をぬっ殺そう。


 俺は軽い足取りで、家路についた。


「ただいまー」


「おかえり」

「おかえり」

「おかえり」

「おかえり」

「おかえりー」


 2階から、父さん、母さん、パパ、ママ、そして一乃いちのさんの声が聞こえてくる。


 ……あれ? 二帆ふたほさんが降りてこない……。


 いつもなら、真っ先に階段から降りてきてM・M・Oメリーメントオンラインにさそってくるのに……どうしたんだろう?


 俺は首をひねりながら、階段をトントンと登って2階のリビングに行く。

 そこには父さんとパパが、Switchでなんだかレトロなアクションゲームを遊んでいて、母さんとママ、そして一乃いちのさんはその様子をながめていた。


「ちょ、仁科にしなさん、アンドレを持って歩き回らないでください!」

「はっはっは」


「ドラム缶から出てきたバーベキュー、仁科にしなさんが食べてください!」

「大会が近いから遠慮しておくよ。今はササミ以外は口にできないんだ」

「ゲームなんだから、関係ないでしょ!」


 うん。なんだかわかんないけど面白そうだ。今度一緒に遊んでみよう。

 でも、今はそんなことよりも、一乃いちのさんに伝えないといけないことがある。


一乃いちのさん、三月みつきなんだけど、突然アイデアが降ってきたからゴールデンウィークはネームに集中したいって」

「え? じゃあ、明日からの取材旅行も……」

「うん、いけなくなったってこと」


 一乃いちのさんは、明日からアシスタントの十津川とつがわさん、九条くじょうさん、七瀬ななせさん、それからマネージャーの武蔵むさしさんと一緒に、『信長のおねーさん』の取材旅行で、愛知と静岡に行く予定だ。


 なんでも宿泊にはグランピング施設を利用するらしい。

 8人までは料金が一緒ってことで、俺と三月みつきもつれて行ってもらう予定だった。


「そっかー。残念。でもー十六夜いざよいさんのネーム、楽しみだなぁ」

「かわりに誰か誘います? 例えば……田戸蔵たどくらさんとか」

「え!? た、たたたたたたたた田戸蔵たどくらさん!?」


 一乃いちのさんは、たちまち顔を赤らめた。なんで?


「た、田戸蔵たどくらさんはー、『はなちる』の副編集長になったばかりだし、きっと忙しいと思うのー。お誘いするのは悪いかなーって……私や、十六夜いざよいさんの他にも、漫画家さんをたくさん担当してるし、アニメ会社とのやりとりもあるからー」


「そうなんですね。ゴールデンウィークなのに、大変ですね」


「そ、そうだ! 代わりに師太しださんを誘ってみたらどうかなー?」


「わかりました。ゴールデンウィークは、ずっとゲームって言ってたんで、せっかくなんで誘ってみます」


 俺はスマホから携帯を取り出すと、コロちゃんに電話をかけた。


 プルルル……プルルル……プルルル……。


「あ、コロちゃん? 今帰ってきたとこ? 俺も今帰ってきたところ。急なんだけどさ、明日からキャンプ行かない? 一乃いちの……じゃない荻奈雨おぎなう先生と、荻奈雨おぎなう先生の大学の友達の人たちと一緒にいくんだけど……うん。うん。わかった! じゃあ、ちょっと早いけど、あした7時前に車で迎えに行くよ」


 ピッ!


 俺は電話を切ると、一乃いちのさんに向かって親指を立てた!


「オッケーだそうです。楽しみだって!」

「そっかー、良かったー。師太しださん、スーちゃんと出会ってからホントにイキイキしてるねー」

「俺じゃなくって、三月みつきのおかげですよ。だって俺はコロちゃんとM・M・Oメリーメントオンラインの話しかしてないし」

「そこがいいと思うのー。スーちゃんは、師太しださんと、すっごく普通に接してくれるから……やっぱりスーちゃんは、わたしの自慢の弟君だよー」

「ちょ、やめてください……」

「ふふふ、謙遜しちゃってー」


 俺は、一乃いちのさんに、〝弟〟と呼ばれすることを、全力で拒否しながら、これはチャンスなんじゃないかなと思った。

 コロちゃんとM・M・Oメリーメントオンライン以外の話をするチャンスなんじゃないかなと思った。


 コロちゃんに、俺と三月みつきがただの幼馴染だときっちり説明して、俺はコロちゃんの恋を応援するんだ。


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