第128話 100パーセントのオリジナル。

 コロちゃんを乗せたマイクロバスが見えなくなったあと、俺は三月みつきに声をかけた。


「じゃ、俺たちも帰ろっか」


 返事がない。三月みつきは、バスが走り去った方向をずっと見つめている。なんだか考え事をしているみたいだ。


「……三月みつき?」

「……え? あ、ゴメンゴメン! そんじゃ、アタシたちも帰ろっか!」

「帰り、俺んち寄るだろ? 二帆ふたほさんも、三月みつきと一緒にM・M・Oメリーメントオンラインを遊びたいだろうし」

「え、えーと……ゴメン! 今日はそのまま帰るよ。ゴールデンウィーク明けに、田戸倉たどくらさんにネームを提出したいし!」

「『ちょ、やめるでござる!』のネーム?」

「ううん、新作! なんだか面白そうなストーリーが降ってきたの。だからね、すぐにでもネームにとりかかりたいの!」


 俺は、興味津々で聞いてみた。


「へえ、どんな話?」

「そ、それは……その……ヒミツ!」


 そう言うと、三月みつきは、顔を赤らめて、うつむいてしまった。


「…………」

「…………」


 なんだか、会話が続かない。


 俺は、無言のまま、三月みつきが両手に持った買い物袋を半分受け取ると、三月みつきが自転車を停めている駅前の地下にある駐輪場へと向かった。

 俺が、三月みつきの自転車のカゴにぎゅうぎゅうと荷物を押し込んでいるあいだに、三月みつきは料金所に百円をチャリンと入れる。


「アリガトウゴザイマシタ」


 料金所の無機質なアナウンスとともに、三月みつきの自転車のロックがガチャンと鳴った。

 三月みつきは、自転車をスロープから降ろすと、俺たちは、地上へと向かっていった。


 三月みつきは、自転車を押しながら、ぽつりぽつりと会話を再開する。


「やっぱり、やっぱり……さ、『信長のおねーさん』のスピンオフじゃない、『はなちる別冊』じゃない、100パーセント、アタシのオリジナルな作品で『はなちる』の本誌掲載ねらいたいんだよね!」


 三月みつきは、地上からの光が差し込む地下駐輪場から、自転車をおしてのぼりながら、話をつづける。


「だって、アタシはまだ半人前だもん。荻奈雨おぎなう先生にも、田戸倉たどくらさんにも、自分のオリジナルは、バンバン描いた方がいいって言われているし!」

「そっか、がんばれよ」

「うん」


 俺たちは地上に出た。もうずいぶんと傾いた太陽がまぶしい。


 三月みつきは、ふわっふわの水色のロリータ服を着て、自電車にまたがる。駅前からだと、帰り道は三月みつきと反対方向だ。家に帰るのに、三月みつきと違う方向に進むのは、いまだにちょっと奇妙な違和感がある。


「じゃあね。すすむ! ゴールデンウィーク中は、ネームに集中したいから、また学校でね」

「ああ……」


 三月みつきは、軽く手を振ると、自転車にまたがって、あまっあまのフリルいっぱいのロリータ服をはためかせながら、傾いた太陽の逆光の中を、さっそうと走り去っていった。


 俺は三月みつきを見送りながら、三月みつきの姿がとても、とてもまぶしく見えた。

 逆光のなか、大急ぎで家に帰る三月みつきがとってもまぶしく見えた。


 チャンスの女神は前髪しかない。


 どこで聞いたか忘れちゃったけど、そんな珍妙な髪型の女神が登場するヘンテコりんなことわざが、俺の頭をよぎっていた。

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