第127話 ゼロ距離の『普通』。

 ショッピングモールに降臨した、天使のようなかわいらしさの甘めロリータの三月みつきとコロちゃんは、街ゆく人の視線を一身に浴びながら、ショッピングを楽しんだ。


 コロちゃんと三月みつきは、両手にお買い物袋をいっぱい持っている。

 そしてふたりともとってもゴキゲンだ。特にコロちゃんはことさらにゴキゲンだ。


 無理もない。だってコロちゃんは、きっと今まで、女の子とショッピングを楽しむことなんて、なかったんだと思う。


 良かった。本当に良かった。

 だって、生来のぼっち属性の俺と違って、コロちゃんはあくまでボッチだったんだもの。

 本当の自分を打ち明けることができなくて、ぼっちにならざるを得なかっただけなんだもの。


 うん。コロちゃんには笑顔が似合う。そしてふりっふりっのお洋服が似合う。うっかり油断してしまうと、俺の性癖がぐちゃぐちゃになっちゃいそうなくらい似合う。魔性のロリータ男の娘だ。


 魔性のロリータ男の娘は、小さなサコッシュからスマホをとりだした。そして、



「あ、もうこんな時間。もうバスが迎えにきてるかも……」


 と、なごり惜しそうにつぶやいて、


三月みつきセンパイ、かぞえセンパイ、今日はありがとうございました」


 と、可愛くペコリとお辞儀をして、俺が両手にぶら下げている、大量のファストファッションブランドの服と、コロちゃんが着ていた制服が入ったロリータブランドのロゴの入った紙袋を受け取ろうとする。


「ちょ、ちょっとコロちゃん、さすがに、ひとりで持ちきれなくない?」


 三月みつきは、俺が持っている大荷物を指さして、慌ててコロちゃんをとめる。

 俺も、三月みつきの意見に賛同した。


「バスで来たんでしょ? 俺たちもバスに乗って、家まで運んでいくよ」


 正直言って、俺の腕は、結構前から限界にきている。三月みつきとコロちゃんの手前、やせ我慢をしていたけど、ぶっちゃけ手の感覚がほとんどない。筋肉痛になるのは確実だ。

 でも、コロちゃんは俺たちの心配をよそに「ひょい」と涼しい顔して俺から洋服の入った袋を取り上げると、


「大丈夫ですよ。バスは家の敷地まで入りますし、それにがいますから!」


「じいや?」

「じいや?」


「はい。ぼくが毎日使っているバスは、じいやが運転してるんです。

 ほら、あそこ! じいや、おまたせー!」


 コロちゃんは、大量の洋服の入った袋を軽々と持って両手を振りながら、小走りでマイクロバスに向かっていく。そしてそのマイクロバスのかたわらには、シャキンと背筋を伸ばして、パリッとしたスーツと白い手袋をした、ロマンスグレーの老紳士がたっている。


 うん。色々追いつかない。順を追って整理しよう。


 まず1つめ。コロちゃんは意外と力持ち。そういえば、最初に出会ったときからそうだった。俺の家から帰ろうとするコロちゃんのパワーは、とんでもなかったもの。男の子とバレて、逃げ帰ろうとするコロちゃんを必死でひきとめる俺を、おかまいなしにズルズルと引きずるくらいのパワーだったもの。


 そして2つめ。コロちゃんの家って、がいるんだ!! すごい!!

 それにしても、いかにもって感じのじいやだ。まるで絵にかいたような老紳士の執事さんだ。


 そして3つめ。コロちゃんの言うバスって、自家用のマイクロバスの事だったんだ。

 マイクロバスには、すでに何人もの人が乗っている。

 つまりは、この人たちはこれからコロちゃんの家に働きに行く、要するにお手伝いさんってことだ。


 つまりコロちゃんの家は、お手伝いさんの通勤をサポートする専用の自家用マイクロバスが走っていて、コロちゃんは、今日、このマイクロバスを使って駅まで来たってことだ!


 なんてこったい! どんだけのお金持ちなんだ!!


「コロちゃん……ひょ、ひょっとして、学校までのバスの本数が少ないって、このマイクロバスのこと?」


「はい! じいやが、朝昼晩で、家を往復してくれているんです。

 じいやは、ぼくの通学用にもバスをだしてくれるって言ってるけど、断ってるんです。甘えちゃだめですもんね。そんなの贅沢すぎだもん」


 うん。すごい。頭がくらくらする。


 確かおととしの夏休み、ゲーミングPCが買いたくって食品工場でバイトしたときに、専用のマイクロバスが走ってたっけ……たしかあそこは、有名コンビニチェーンが関東エリアに出店するお弁当をつくる工場だったはずだ。


 コロちゃんは、に、洋服がたくさん詰まった袋を渡すと、じいやは、流れるようにマイクロバスの後部にあるトランクスペースを開けて、ものすごくていねいにビニール袋6つと、ゴスロリブランドの紙袋、それからカワイイ雑貨やコスメの入った買い物袋を置いて、流れるように後部座席を閉めた。そうして、そのまま背筋を伸ばしてスタスタ歩いて、流れるように乗車口のドアを開けた。


「お待たせしました。五郎ごろうぼっちゃま」

「ふふ。ありがとう、じいや」


 コロちゃんが、優雅にお辞儀をしてマイクロバスの助手席に乗り込んでいく。

は、コロちゃんがバスに乗り込むのを目を細めて見届けると、背筋をのばしたまま、くるりと回れ右をした。


かぞえ様、そして十六夜いざよい様。今日は五郎ごろうぼっちゃまのお買い物につきあっていただき、誠にありがとうございました。

 おふたかたのことは、五郎ごろうぼっちゃまから、毎日のように聞かされております。

 とてもおやさしい先輩方だと。自分らしく生きていく勇気をくださった恩人だと」 


「そ、そそそそんな! 恩人だなんて!」

「そうですよ! 俺なんて、普通にゲームして遊んでるだけです」


 なんだか、話が大きくなってない? 

 俺たちが必死に否定をすると、じいやは、「つぅ」と一筋の涙をながした。


。そうです。なんです。

 ありがとうございます!」


 じいやは、頭を下げた。


「おふたかたは、五郎ぼっちゃまに、ごくごく自然に、に接してくださる。それが……そのことこそが……五郎ぼっちゃまにとって……かけがえのないことなのです……」


 じいやは、頭をさげたまま話し続けた。途中から、なんだか言葉がつまっている。


「……これからも、五郎ごろうぼっちゃまの事を……よろしくおねがいします!」


 俺と三月みつきは、普通に答えた。そんなの当たり前の事だから、普通に答えた。


「もちろんです!」

「もちろんです!」


 マイクロバスの中から、コロちゃんの声が聞こえてくる。


「ねぇ……じいや、早く出発しないと、みんな遅刻になっちゃうよ!

 急いで、急いで!」


 じいやは、頭をさげたまま、真っ白な手袋で顔をほんの少しだけおおって、ちょっとだけ目をぬぐうと、にこやかな笑顔でコロちゃんにふりむいた。


「かしこまりました……五郎ぼっちゃま」


 じいやは、流れるように運転席に座ると、そのまま静かにマイクロバスを走らせた。

 ゆっくりと発進するマイクロバスの助手席で、コロちゃんは笑顔で手を振っている。


 俺と三月みつきは、笑顔で応えてコロちゃんに手を振った。

 そして、マイクロバスが見えなくなるまで、ずっと見送りづづけた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る