第126話 ぺろぺろゼロ距離密着攻撃と、経験ゼロのお洋服。

「でも、いーなーコロちゃんは、指が長くて細くって」

「そ、そんな……」


 三月みつきは、ハンバーガー店のテーブルの中央に置いた山盛りのナゲットをぱくぱくと食べながら、コロちゃんの白くて細い指をまじまじと見つめている。

 おかげでコロちゃんはずっと頬をそめたままだ。


 三月みつきは、ナゲットを三個ほどパクパクと食べた後、油のついた右手の指をなめなめして、紙ナプキンでふきふきすると、おもむろに手のひらを差し出した。


「コロちゃん、手、だして!」

「え? こ、こう……ですか?」


 コロちゃんは、言われるまま右の手のひらを差し出すと、三月みつきは、コロちゃんの右手に自分の手のひらを押し付けた。


「わあ、やっぱり指ながーい。そしてほそーい。いーなー」

「…………」


 コロちゃんは、言葉が出せないまま、うつむいてしまっている。


 わかる! わかるよコロちゃん!


 だって、今まさにふれあっているその手は、直前に、三月みつきが舌でなめなめしていたんだもの。

 三月みつきは小悪魔だ。ぺろぺろした手を、ゼロ距離密着させてくる、無自覚系天然小悪魔だ。


 三月みつき……なんて鈍感なんだろう。目の前に自分のことが大好きな子がいるのに、ちっとも気が付かないなんて。


 俺は、無防備なスキンシップの連続攻撃でHPが一桁になっているコロちゃんを見ながら、そのウブで甘酸っぱいリアクションで胸がいっぱいになってしまい、フライドポテトを半分近く、三月みつきにおすそ分けをした。



 有名なハンバーガーチェーンから出た後も、コロちゃんと三月みつきのショッピングはつづいた。今来ているのは、三月みつきも愛用しているプチプラブランドの雑貨屋さんだ。


 ふたりは、おそろいのお魚ヘアピンを、ピンクと水色の色違いでそろえて、お互いにプレゼントしあっている。


 コロちゃんはもちろん〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟のごとく黒光りするカードでお会計だ。(黒光りするカードで三桁の商品を買うさまはなんというか、かなりシュールだ)


「あと、おすすめの店はー」


 雑貨屋さんを出た三月みつきが、次に行く店を思案していると、


「あ、あの……ぼく、行ってみたいお店があるんです」


 と、コロちゃんが口をはさんだ。


「え? どこどこ?」

「そ、その……洋服屋さんなんですけど……どうしても買いたい服があって……そ、その三月みつきセンパイも似合うと思うから……い、一緒にいきませんか?」


 そう言って、コロちゃんが案内してくれたお店は、ロリータ服の専門店だった。



「わー! おふたりとも、とっっっっっっっても、お似合いですぅ!」


 店員さんが、いかにもわざとらしい、やたらとテンションとオクターブの高い裏声で、三月みつきとコロちゃんをほめたたえる。


 三月みつきは、淡い水色で、コロちゃんは淡いピンク色。ふりっふりであまっあまのロリータ服だ。


 コロちゃんは、顔を真っ赤にしてテレテレとはにかんでいる。まんざらでもなさそうだ。でも三月みつきは、


「た、確かにコロちゃんにはすっごく似合ってるけど、アタシには似合わなくない??」


 って、ガチで恥ずかしそうだ。


「そんなことないです!! とっても似合っていますよ!」


 コロちゃんは、うっとりした顔で、まるでお人形さんみたいな恰好をした三月みつきに見とれている。

 うん。ハンバーガーチェーンにいた時とは、完全に立場が逆転している。


「そ、そう? ……アタシ、この手の服のことは全然詳しくないから、ちょっとわかんないよ。ガラじゃないって言うか……」


 確かに三月みつきの私服は、どっちかって言うとスポーティーな、ボーイッシュないでたちだ。

 制服以外でスカートなんかめったにはかない。こんなフリルいっぱいのお洋服を着ているところなんて、文化祭のメイドコスプレの時しか見たことがない。


「そんなぁ……とっても似合っていますよ、三月みつきセンパイ! かぞえセンパイもそう思うでしょう?」


「え……? ええっと……う、うん。まあ、悪くないんじゃないかな?」


 俺はいきなりコロちゃんに感想をふられて、返答にとまどった。そこに目ざとく気が付いた三月みつきが、俺のことをジト目でにらむ。


「ホントにぃ? すすむ、心の中では似合ってないとおもってんじゃない?」

 

「ほ、ホントに似合ってるよ!! た、ただ……」


「ただ?」


 三月みつきがジト目でみらみつづけるなか、俺は思わずつぶやいた。


「か、可愛すぎて、おどろいただけだよ」


「え?」

「え?」



 ……しまった。うっかり本音がでた。


三月みつきセンパイ! 聞きました? かぞえセンパイ、三月みつきセンパイのことカワイイって!!

 すみませーん! 店員さん! この服、どっちも買います!!」


 コロちゃんは、喜び勇んで小さなサコッシュから伝家の宝刀、〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟のごとく黒光りするカードを天にかかげた!

 コロちゃんが大喜びする中、三月みつきの顔が瞬く間に青ざめていく。


「ええ! コ、コロちゃん、こんな高い服、買ってもらうなんて気まずすぎるよ!」


 慌てる三月みつきをよそに、店員さんは待ってましたとばかりに、光の速さで〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟のごとく黒光りするカードをコロちゃんから受け取ると、あっという間に会計をすませてしまった。


「あ、この服、着て帰りますね?」

「ええ? ちょ、ちょっとコロちゃん??」

「かしこまりましたー!」


 戸惑う三月みつきをよそに、店員さんはてきぱきと更衣室に置いてあった三月みつきとコロちゃんの服をていねいに折りたたむと、ブランドのロゴがバッチリ入ったとっても紙質のいい紙袋の中に入れた。


「ありがとうございましたー!」


 俺たちは、店員さんの、ほがらかな挨拶を背中に受けて店を出た。


「う、やっぱり、ちょっと、いやかなり恥ずかしいかも……」


 気慣れない、水色のふわっふわの甘めロリータ服を着た三月みつきは、やっぱり、気恥ずかしそうだ。無理もない、こんなふりっふりの衣装、文化祭のメイドコスプレのとき以来、見たことないもの。


「大丈夫です……三月みつきセンパイ。『自信』を持ってください」



 そう言うと、ピンクのふわっふわの甘目ロリータ服を着たコロちゃんは、そっと手をさしだした。


かぞえセンパイも、三月みつきセンパイのこと、カワイイって言ってくれたんですよ!」

「そ、そうだね! すすむはともかくとして、コロちゃんのお墨付きだもんね!」


 そう言うと、三月みつきは、差し出されたコロちゃんの手を、「ギュ」っとにぎり返して、ショッピングモールを歩き出した。


 ふわっふわのあまっあまのロリータ服を着た、まるでお人形さんのような三月みつきとコロちゃんは、ショッピングモールを手を繋いで歩いていく。


 非日常、浮世離れした圧倒的な存在感の三月みつきとコロちゃんは、完全にショッピングモールの視線を独占していた。


 そして、合計8袋に増加した洋服がパンパンにはいった袋を持ってヘコヘコとついてくる、俺の存在感は完全にゼロになっていた。

  



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