第124話 心配ゼロです。似合ってます。

「ありがとうございましたー」


 俺たちは、ちょっと信じられないくらいのV I Pなお見送りを背中に受けながら、ファストファッションブランドの旗艦店を出た。

 俺の両腕には、コロちゃんが〝松煙しょうえん古代墨こだいぼく〟のごとく黒光りするカードでお買い物をした大量の服が、左右の手に3袋ずつ、ぶら下がっている。


 お店を出たコロちゃんは、ちょっと、いや、かなり緊張しているようだ。

 道ゆく人をキョロキョロと見渡しながら、白いワンピースの裾を、両手でギュっと握って、肩が震えている。


「あの……勢いで買った服を着たまま出ちゃったけど、ぼく、やっぱり変じゃないですか?」


「何言ってるの! メチャクチャカワイイよ! コロちゃん」


 三月みつきは、コロちゃんのきゃしゃな背中をパシンと叩いて太鼓判を押す。

 俺もすかさずフォローを入れる。


「うん。とっても似合ってるよ」

「そう……ですか……? 」


 そう言うと、コロちゃんは顔を耳まで真っ赤に染める。


「なんだか、ぼく、めちゃくちゃまわりから見られているんですけど」


 うん。確かに道ゆく人が、もれなくコロちゃんを見ている。

 白のワンピースと淡いピンクのカーディガンがお似合いの、清楚カワイイコロちゃんをもれなく見ている。


「……見られてるのって、ぼくが……ヘンだから……じゃないですか? 男の子なのに、女の子の服を着ているからじゃないですか??」


 三月みつきは、「はあ!」とため息をつくと、コロちゃんにピシャリと言い放った。


「みんながコロちゃんを見ているのは、コロちゃんがカワイイから! コロちゃんは自分の可愛らしさに、もうちょっと自信をもちなよ!

 白のワンピースなんて清楚の塊みたいな服が似合う子なんて、滅多にいないんだから!」


「そう……なんですか?」


 三月みつきは、コロちゃんの両肩に両手をガシリと置くと、めちゃくちゃ真面目な目をしてコロちゃんを見つめた。


「アタシ、ちっちゃいころからウソだけはつけないタイプなの。

 今日試着した服は、全部コロちゃんに似合ってるよ。

 お願いコロちゃん、自分に自信を持って!」


「自信……?」


「そう。自信!!

 アタシもなんかしょっちゅう周りの人に見られてるけど、気にしてないよ!

 アタシみたいなどこにでもいるよーなフツーの女の子でも、ジロジロ見てくる人がいるんだもん。コロちゃんみたいなカワイイ子、みんなが見るに決まってるよ。思わず二度見したくなるにきまってるよ」


「え? 三月みつきセンパイは、めちゃくちゃカワイイですよ。フツーの女の子だなんてとんでもない!」

「ホント!? やったー! うれしい!! ……ってアタシが言いたいのはそこじゃなくて!」


 三月みつきは、さっきよりももっと真面目な顔をした。そして、


「他人の目なんか、気にしたってしょーがないよ! 自分の「やりたいこと」を、思いっきりたのしまなきゃ!」


 と、まるで自分に言い聞かせるように言い切った。コロちゃんを見つめるその眼には強い強い力がこもっている。


 うん。メチャクチャ説得力がある。三月みつきの言葉にはとっても重みがある。


 実際に「やりたいこと」をやって、一乃いちのさん……いや『信長のおねーさん』の雨野あめのうずめ先生のアシスタントをして、漫画家デビューをした三月みつきの言葉には、とてもとても説得力があった。


「コロちゃんは、女の子のカワイイ服が好きなんでしょ?

 じゃ、それを思い切りたのしまなきゃ!」


 そう言うと、三月みつきはニッコリと笑った。

 そして、その言葉に、コロちゃんはポロポロと涙をこぼした。


「あ……ごめん、またアタシちょーしにのっちゃった?」

「はい。ぼく、うれしいと泣いちゃうみたいです」


 そう言って、コロちゃんは涙をボロボロ流しながら、めちゃくちゃカワイイ笑顔でほほえんだ。


「よかった……それじゃ、もう1時まわっちゃってるし、お昼食べよっか!」

「……はい!」


 コロちゃんは、ボロボロとあふれ出る涙を、小さなサコッシュから白いハンカチをとりだして、お上品にぬぐった。うん。育ちの良さがみにじでている。


 コロちゃんが白いハンカチをサコッシュにおさめると、三月みつきはすかさずコロちゃんの手を「ぎゅっ」とにぎって歩き出した。

 コロちゃんは、カワイクはにかみながら、三月みつきの手を「ぎゅっ」と握り返して一緒に歩いていく。


 俺は、なかよく肩をならべて歩く、三月みつきとコロちゃんのあとを、ガーリーな服がぎっしりと入ったずっしりと重いビニール袋をもって、ふたりの後をついていった。


 俺は、さっきの三月みつきの言葉が、手に食い込んでいるビニール袋よりもずっしりと、重く、重く心にのしかかっていた。


 ……俺の「やりたいこと」って……なんなんだろう?

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